『日々無心~映画「PERFECT DAYS」』 

1384/10000  月暦3月17日 太陽暦4/25(木)

今日見てきた映画『PERFECT DAYS』、
やるもんだ、と深く静かな感動を胸に帰って来ました。
もう見ましたか?帯広は今日が最終日、結構入ってました。

主人公の平山さんは、ひとり暮らしの男性で公衆便所の掃除が仕事です。
毎日のルーティン・ワークが決まっていて、それを毎日淡々とこなし、
仕事のトイレの掃除は丁寧、
好きな音楽のカセット・テープの取り扱いも丁寧、
口数は極端に少なく、必要最小限のことしか口に出しません。

朝外に出るとまず空を見上げてかすかな笑みが浮かびます。
仕事の途中、植栽された木から落ちた実生の今年芽を出した木を
目ざとく見つけてかねて用意した折り紙の箱にそっと移して
家に帰ると湯呑みの植木鉢にそっと移植します。毎日霧吹きを欠かしません。
プラスチックのポットではない陶器の器に小さな木が、いくつも育てられています。

銭湯で汗を流してリラックス、
行きつけの気の置けない店が数件、
なじみの古本屋で幸田文さんの『木』を買う

複雑でややこしい人間関係はナシ
ピンと来ない、消耗させられる人からは離れる

平山さんの暮らしは、民間禅寺、民間修道院のようです。
しかし住んでいるのは
東京の繁栄からは程遠い古い木造アパート です。

シンプルです。
カウンセラーもコーチも不要。
ああ、これだな、と何か蘇ってくるものがあります。
頭を使った過剰な言葉がない、
ほっとしました。
どうということない日々の暮らし
その一コマ一コマを丁寧に坦々と暮らす、
無心であることが返って多くを物語っている。
溢れかえる情報の洪水に足を取られ 知らず知らずのうちに、
思い、期待、意欲が
過剰になっていたのではないか、複雑にしていたのではないかと
わが身をふり返りました。



⤵ かわいいスコップ。100円ショップでゲット。
このピンク、息子の嫁さんのお気に入りです。

『観光しました~早春の旅・山形篇④』

1373/10000  月暦3月1日 太陽暦4/7(日)

今日は観光レポートをいたします。
まずは、なんといっても食べ物です。
蕎麦、日本中でブームなのでしょうか?
⤵量も十分、てんぷらもおいしい、
全員、大満足でした。
 

大繁盛のだんごやさん。
創意工夫、アップデートしております、
(上は一本で十分かな)

山形といえば山寺、弘明君が有休をとってきめ細かく案内してくれました。

「立石寺(りっしゃくじ)は天台宗の高僧慈覚大師が860年に開山し、松尾芭蕉が詠んだ「せみの句」~「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」~でも知られる東北を代表する古刹で通称山寺(やまでら)と呼ばれています。

大仏殿のある奥の院まで1,015段ある石階段。「一段一段踏みしめていくごとに一つずつ煩悩が消え悪縁を払うことが出来る」と云われるその石階段を上りきった頂上で芭蕉が見た景色と同じ景観を楽しみませんか」(検索)

その景観は向かい側から望みました。階段は早春とトシのため割愛しました。
しかし、昔の人の体力、生命力はどうなっているのだ、と感嘆の他ないです。
どうやって建てたのでしょうか?

松尾芭蕉記念館では、雛人形と、紅花栽培から流通までの日本画が展示されておりました。
非常に素晴らしいものでした、しかし撮影禁止でした。
雛人形は江戸後期~明治の初めのもの、その衣装、そして表情の品の良さに
江戸250年の平和が偲ばれ、歴史心をそそられました。
生まれ故郷の大石田町の最上川とその歴史ももっと知りたいと故郷力が喚起されたことでした。

山寺からの帰りに東根の大ケヤキに寄ってくれました。
このように古い樹齢の木は初めてです。まさに百聞は一見に如かずです。

あいもかわらずきょうだい親族のみなさんのお世話になりっぱなしの
四女の私、77歳になってようやく気が引けてご恩返しせねば、この思いを胸に刻んで
帰途につきました。
のり子姉さん、卓さん、弘明君一家、ゑい子姉ちゃん一家、利明くん・由美子さん
お元気でいて下さいね。このたびもありがとうございました。

『いい人はワルイ人』

1352/10000  月暦1月14日 太陽暦2/23(金) 2024年


気を使い過ぎて進めなくなることってありませんか?
この人のここはおかしいと思っても
口に出さないでおこう、私さえ我慢すれば
私がここよりも一段広い視点でみてるし、とかなんとか
相手に気を使ってあげてるつもりで、実は
今の自分を守ろうとしているだけでないの。
風通しわるいし、次のものが生まれない。


子曰く、郷原は徳の賊なり
「『郷原』は『八方美人』という意味です。要するに、
嫌われるのを極端に恐れる人ですね。そのため、
誰にでもいい顔をする、言うまでもありませんが、
そういう人間が一番ダメです!」
  高橋源一郎さん現代語訳『一億三千万人のための『論語』教室』



相手を傷つけないよう+自分が傷つかないように、とそればかりだと
ウソになってしまう、
でも、モノには言い方があって、口に出して言えばいいものではなくて
礼儀がある。
人格を否定してはダメ、YES、まず受け入れて、BUT、でもここは違うと
なるべく穏やかに伝える。心理的安全性も、これですよね。


私の師匠は、ご自分の師匠の、しかも追悼でこんなことまで、とびっくりするくらい
ハッキリと批判を言葉にする方でした。それは、仕えていたのが
真理だったからです。舌を巻き胸のすく思いをしました。これだ!と感じ入りました。
あんまりひどい人間の場合、これもアリですわ。政治の場面では事欠きません。

コミュニケーションは、その場その場で使い分けが必要で
イヤなことはいや、困ることは困る、別の方がいい、こうしてほしいと
伝えることで活気が出るし、次のものが生まれる、などなど
源一郎さん現代語訳の『論語』読みながら、ズキッとして
あれこれ去来しました。シーンごとのあんばいのさじ加減は一生かかっても
不完全かもしれません。


⤵しばらく前の十勝晴れ、雪はだいぶ融けています。

『あわてんぼ、体幹を養う』

1351/10000  月暦1月13日 太陽暦2/22(木) 2024年

どのようにしたらあわてんぼがなおるのか?
アタマと口がつんのめっている、身に覚え、あります?

間に合わなかったらどうしようといつもドキドキセカセカ、
人の話の終わりが待てず口が先に出てしまう、
なんとかしなくちゃ。これ、私です。

もし、身に覚えがあったら、
中丹田、およそ みぞおちを開放する、
このことを意識してみませんか?

腕を下におろすと、
縮こまっていたみぞおちがひろがります。
背筋を伸ばします。
パソコンに向かっていると胸が狭くなりますよね。
肩をまわすときもみぞおちを意識します。
ダンベルを持って丁寧に上げ下げもグッド、
ほおっておくと腕も肩もどんどん固くなりますし。

胃は、消化吸収だけでなく、この位置には
人の身体の「気の中心」があるんですって。


となると気になるのが、体幹です。
先日 Youtube で見た、ナンバ歩きの 動画によりますと
体幹は意識しずらいので
ナンバ歩きで、右半身、次は左半身と意識すると
体幹をわざわざ意識しなくていいそうです。
ナンバ歩きは、右手と右足を、左手と左足を同時に出す
歩き方です。
明治維新政府の軍隊用の歩き方が指導される前は
ナンバ歩きだったんですって。
この方がムリがない自然な歩き方とのことで
この歩き方にかえています。
ステップ昇降運動もナンバ歩き式でやると
体幹が整いますよ。
https://www.youtube.com/watch?v=VHRfkUCDrqw


中丹田、みぞおちと、体幹をイラストにしました。
行住坐臥、意識してみませんか?
スピード、スピードでついセカセカしてしまう、
「急いては事を仕損じる」 「急がばまわれ」
「あせったら負けだ」八光流武術と針灸指圧の
神業名人だった木村師の言葉が聞こえます。


みぞおちをやわらかく、体幹を養う、
修養してみませんか?いつのまにか、
あわてんぼでなくなっているかもしれません。

『ウフフな「論語」』

1336/10000  月歴12月28日 太陽暦2/7(水)2024年

今朝は、今読んでいる
高橋源一郎さん❝現代語訳❞の
『一億三千万人のための『論語』教室』
から
いくつか抜き書きしてみます。

とてもおもしろい。付箋紙が次々と挟まれています。
人生業の答えをゲットしようとして読んでいると
「君はどう思うかね?」と問い返されたり
キマラナイ言葉が返ってきて、孔子さんも
思案途中だったのか、と知ったり
そうそう、もう言ってくれてたんですね、とほっとうなずいたり
美味いこと言うなあ、流石古典!と舌を巻いたり
そうこうするうちに
おお、この世にあることのなんと不可解、豊かであることよ
とじわ~っと来る、やめられません。
500ページ以上197ページ迄来ました。

76 子曰く、君子の天下におけるや、適なきなり、莫なきなり、義をこれ
与に比す。

⤵ 源一郎さんの現代語訳です。一部省略 ない漢字はかなで。
「わたしたち人間というのは社会的存在なんです。学んでいることも、『社会的な真理』であり、『社会的正義』なのです」(「修養」「礼節」ということばから想像される、古めかしい倫理の世界ではなくそこにはもっと別の世界が存在しているように思えてくる。・・・なにしろ、センセイ(孔子)の学校は、現実を変革する政治家を養成することを目的とした場所だったんですから)

⤵私の感想
<そうだったんですね。精神修養のための書、にとどまるものではなかったのですね。
徳、仁、修養、礼節などの古い言葉が突然生き返ります。現政権の椅子に座っている方々が読んでいるとは思えない、蛇足ではなくて。>
 

88 子曰く、古は、之を言わんとして出ださず。みずからのおよばざるをはずればなり。
(ことばでいくら言っても、実際に何もやらなかったら、恥ずかしい。わたしたちがやってるのは、政治学・経済学・歴史学、それらすべてを総合して、現実を変えてゆくための学問なんです。なにか、この世に役立つことをしてください。)

<言えてます。言うだけ、思うだけで人生終わりたくない。政治の場でもね。
政治がダメだと庶民の暮らし全体に影響がある。税率60%以上、うちらの金で中古人殺し機械を爆買いさせられるとか。>

89 子曰く、約を以て之を失う者はすくなし
「不思議なことに、人間っていうものは、絶対絶命のところまで追いつめられると、意外に失敗しないんですね。冷静になる、っていうより、アドレナリンが出て、脳がフル回転するからじゃないでしょうか。あなたたちも、たまには、そういう境遇になった方がいいかもしれませんね。フフフっ」

<2月24日、初自分主催ZOOM講座、がんばるぞ!ファイティン、自分!>

90 子曰く、君子は言にとつにして訥にして、行いに敏ならんことを欲す。
「君子というものの条件は、なんだか知ってますか・まず、おしゃべりでないこと。もう一つが大切、それは、誰よりも先に『動く』ことです。・・・『君子』たるもの、実は、なにかことが起これば、本能的に体が動いちゃうようじゃなきゃいけない。この世界が発する微弱な電波をキャッチするアンテナを持持ってなくちゃ・・・

<インテリだけでなく、生物的な生命カンもスルドク、だな>

91 子曰く、徳は孤ならず、必ず隣あり
「ひとりでなにかをするということはたいへんです。・・・けれどもそれが本質的なことであるなら・・・どこかに、同じように、孤独に真理を探究している人間が、孤独に戦っている人間が、孤独になにかを作りつづけている人間がいて、あなたたちは、かれらと出会うことになるのです」

<沁みる。本気で何かやろうとすると、必ず、絶対にひとりでやるほかないシーンがあるもんな。励まされるなあ>


やっぱり古典はいいですね。
トキのチカラ、人間が選んできた、このこともパワーとしてくわわって、なんとも言えない
豊かさに、得をした気分になります。勇気づけられます。こうしなければダメなことも全然、ヒステリックじゃなくて、納得できます。孔子先生も間違ったりします。音楽大好きな孔子先生、弟子さん一人一人がよく見えてきをつかう先生。隣の『論語』、なんか、村の中にある近所の学習所にゆきかう生徒さん方の姿が見えるような気になってます。ああ、このままでいいんだ、またがんばろ、そんな気になります。政治のことも暮らしなんだと自然に入ってきます。現代語訳で出ているものから古典を紐解いていく楽しみを実行します。源一郎さんに感謝です。

≪ 付記 ≫
私の『人生の基礎打ち講座』もこんな感じでできたらな、と肩のあたりがやわらかくなるのを感じています。①答えを自分で見つけるチカラの基礎を打つ ②これだけはどうしても、は言葉として伝えてわかちあう この二つをまじえてやろうとしています。




『よくわからないのが面白かった』

1291/10000  12月24日(日) 2023
今日は日曜日、
早くも一か月たちました。
帯広児童劇団さんのミュージカル
如月町三丁目のリストランテ』が面白かった、
そのレポートです。

友達のマリコさんとこのお姫さまが団員で出演しているのですが
ザンネン、バッチリメイクしているので
探したけれどもわからずじまいでした。

何がおもしろかったかというと、
起承転結とかの筋がよくわからなかったことが、です。
途中ちょっと寝てしまったこともぁりますけど。
パンフレットに目をやると、

『しかし、そもそも演劇の話の筋はなくてもいい
と思っているところがありそうな作者は
「あらすじ」を正確に考えたことが』なくて
『そうなのです。舞台は
役者たちの美しい動きや、若さや、純真さ、や、優しさや、微笑みや
大笑いや、悲しさや、やるせなさを拾いに来るところ
です。』
『つまりそれはあなたの中にある「誰も知らない物語」です。』

とあります。そうなんだ、ムリにわかろうとしなくていいんだな、と
ほっとのびのびした気持ちになりました。
上の太字部分、その通りだったんです。

子どもたちが、チームで芸術を創りあげる経験って
一生の原体験、支え、生きる力になる可能性は
大きいんじゃないかな、あった、となかった、では
かなり違うのではなかろうか。

それと、こういう、
ふだんの暮らしの中にはない異空間を創ろうと
一生懸命な人たちが、
地元にいる!
帯広の街に、一年がかりで生えて成長して
花咲き実をつけた舞台、
舞台装置、振付、音楽、作曲、脚本、監督
衣装はきっと気分は各家庭総出、メイクもバッチリ。
帯広の街がなんか違って見えてくる思いがしました。

大きな著名な劇団とはまた別の
豊かさと喜びを感じて会場を後にしました。


お気に入りのマフラーと帽子。帽子は私の手編みです。

『書くために腕立て伏せ』

1288/10000   11/24記  2023
今日は、久しぶりに「書くこと」についてです。
このところパソコンの前に座って書くことが多くなって
将棋、囲碁の棋士の方々、チェスのプロの方、
どうやって体力と脳力を保っているのだろうか?
お若い 将棋の全8タイトル独占を果たした藤井聡太八冠なら
若さでいけるのだろうか、
とかつらつら思われることでした。
チェスの世界的プロはランニングしたりして
体力を管理していると何かで読んだことがあります。

『書くことは体力勝負』と人気作家の山本一力さん
筋トレを欠かしません。
そういえば、村上春樹さんもランニングを欠かさず
確かサロマ湖100㌔マラソンにも出場したことがあった
と記憶しています。

私の場合
① ストレッチとスロー・ジョギングを一日おきに
脳と筋肉はあい補っていると知って継続もラクラク。

② 全く興味のなかったスキンケアが大好きになったのも
皮膚の衰えは脳に直結すると聞いたからでもありました。
趣味 スキンケア、朝晩せっせと継続が習慣になっています。

◆『脳と筋肉の関係』 です。健康院クリニック様のHPより。
https://www.kenkoin.jp/2023/09/15/1084/#:~:text=

こちらは、皮膚と脳はルーツが同じというお話。
◆ 肌ケアと脳ケアとの密接な関係  mondaymoonさんのHPより
https://www.rakuten.ne.jp/gold/mmoon/note/8856/



パソコンに向かって一仕事終ると
脳が貧血状態になって栄養補給を要求してきます。
それで最近、加わったのが、腕立て伏せです。
床ではすでに一回もできないので
パソコン仕事の合間に
台所の長しの縁で、55回を目標にやってます。
自分のチカラ以上のことにちょこっと挑戦です。



『書くことは体力勝負』に加えて
読むにも体力いりますね。
若いときのように勢い、成り行きでできなくなっているので
ストレッチに腕立て伏せ、それにスキンケア
習慣になってます。
そうそう、大谷翔平選手の身体の管理もよく知られていますよね。
尊敬しています。ご自分の一番やりたいことに一点集中、
見習わねば。九時就寝は同じです。 (10/28分)





⤵ 29日 満月の翌朝の月です。

『手で書き写さずにいられない』

1270/10000  10月9日(月)分 2023 10/19記
今日は、◆読む・聴く・見る・書く・話す
この25年書き続けてきたノートが出てきました。


過去の日記帳、ノートなど保存していますか?
断捨離流行りで迷いますよね。

出てきました、10年日誌に、毎日のスケジュール帳、それに
筆写帖が何冊も。この25年の自分の作業の跡です。


25年前のどん底のとき、出会った
『7つの習慣』のプログラムをきっかけに
自分の人生を転換させる作業が本格的に始まり、
更に続いてのどん底の数年間も
自分の意思とは無関係な自分自身がこの作業を続けてきていました。
❝なんとしても人生を変えよう!❞という思いが
そうさせ続けてきました。

時は過ぎ 読んだ数百冊の本のほとんどは資源ごみに出し
手もとに残った10数冊の本が私を支え続けてくれました。
何回も何回も同じ個所を書き写した手書きのノートが何冊も
捨てずに残してありました。


それから更に13年め、
最近、またまた新たに書き写しを始めました。そのために
とっておきのノートを2冊おろしました。
いちばん古い友達の確かおととしの年越しプレゼントです。
この勇気の言葉集は去年から今年にかけて作りました。
25年分のエッセンスが凝縮されていてなかなかよくできているんですよ。

手で書き写す』に加えて
『声に出して読む』
と、
読む自分と聴いてしみこませようとする自分と、自分が二人になって
元気が出てきます。勇気の言葉集はそれ用にちょうどです。
あとはコツコツ続けること、というよりも
自分の意思とは無関係な自分自身がこの作業を続けているんです。
そうせずにはいられないんですね。

今日はちょっと地味なお話でした。
25年もかからないで、1日目からワクワクする
そんなプログラムを準備中です。



⤵ 秋の夕日が日高山脈に沈みます。旧長崎屋3階駐車場より

『シリーズ・書いたら人生3倍に』

1252/10000  9月21日(木)2023
毎週木曜日は、◆読む・見る・聴く・書く・話す
きょうは、書くことについてです。



書くことがありますか?
書くことは面倒ではありませんか?
書くことは好きですか?
日記をつけていますか?

毎日、ちょっと書いてみませんか?
最初にタイマーを5分にセットします。
・左側に 今日気になったこと3~5つ書き出します。
    その時の気持ちも一行書きます
⇒右側に、そのことで学んだこと
     次はこうしよう  を書きます
例えば、ある日は、

1 夜寝る前に食べてしまった  ← このパターンは? お昼ご飯まではいいのだけれど
                 夕方から疲れが出て判断力が鈍くなる
⇒ 食べ過ぎを抑えるセレモニーを導入する
                  短期目標のポスターを音読する
  ✖ 食べ過ぎは退化のもと頭も体も鈍くなる

2 家の中が 片付かない    ⇒ 大片付けは一週間のスケジュールに組み込んでしまう
                  手に持ったものはイチイチ定位置に戻す
 ✖ 今いる場所は住んでいる人のマインドの現れ
  これではいかん

3 Aさんとの行き違い     ⇒ 同じ土俵には登らない 個人間の問題にしない
                  一段高い視点から鳥瞰する
                  Aさんの顔を潰さない
                  エンパシーの絶好のトレーニング
                  図にして書く
  ✖ 全人格を否定された気分


1,2,3とも大きな問題です。今も全部、完全には片付いていないとはいえ
毎日方向を確かめるだけでも違ってきます。


この夏毎朝これをやっていました。
古川武士さんの『書く瞑想』で学んだのです。


これを続けていると、
自身の中からのアイディア、思いつき、ヒラメキが次々と湧いてくるようになります。
身の内から自分でも驚くことがあります。『これが生きているっていうことなんだな』と感動の思いが沸き上がってきます。この感動は、深くて静かなものです。心が落ち着きます。
今日ななにかわからないことがあってもやっていこうと思うようになります。
『書く瞑想』が朝イチの楽しみになっていました。
秋になって、今は、悩み解決ノートから、アイディアノートに変化しています。

そうなんです。
ただ流していたらもったいない。時間はただ流れて行ってしまいます。
書くことでその時間を再体験します。更に気づけなかったことに気づいたり、思いがけない新たな意味が見えてくることもあります。次にはこの体験をこう生かそうとか思案したりします。
書くことで、最低3倍~何倍も生きることになるのです。





⤵ 輝くマリーゴールド  春は花見の名所の御宅前、チューリップの後。




『ムニュムニュモヤモヤを言葉にする』

1245/10000  9月14日(木)2023
今日は毎週木曜日のテーマ
◆読む・見る・聴く・話す・書く に戻ります。



なんとなくふわっともやっと胸の中に湧いてきたものを言葉にする、
これ、意外と難しい!と思いませんか?
❝すごかったのよ、よかったわあ❞だけでなく、それをもっと言葉にできたら!
美術、音楽の評論家さんってスゴイ、とため息しきりです。

さて今日は、この本から
❝ムニュムニュムニュ、なんかヘン、これっておかしい、だったらどうすればいいの❞を
内田樹さんと白井聡さんが、ちゃんと言葉になさっている箇所をいくつか抜き書きします。
いくつかにしようと思いましたが、長くなるのでひとつだけにします。




⤵ ❝こんなことあり!?なんかヘン、目に余る❞、今この国に跋扈するあれやこれや、
何でそうなってしまっているのか?だったらまともな生き方とは?やり方とは?
そのヒント満載。すぐ読めますよ。

白井さん:「人物」とか「器量」といったものは数値化できないものです。・・・
内田さん: 人間の器量を測れなくなったのは、時間意識が縮減しているせいだと思います。人間の度量や能力を長いタイムスパンの中で考量する習慣がなくなった。昔は、何を考えているのかよくわからないけれども、茫洋とした子どものことは「大器晩成」といって肯定的な評価が下されたものです。・・・僕が子どもの頃、1950年代の日本の基幹産業は農業でした。まだ人口の40%が農業従事者だった。だから、社会そのものが農事歴的な時間意識の中で動いていた。学校教育がそうでした。・・・子供たちは植物のようなものとして眺められていた。・・・春に蒔いた種子が秋にどんな収穫物に化けるかよくわからない。とりあえず何か実ればればそれでいい。そういう穏やかな植物的な時間意識の中で学校教育も営まれていた。

白井さん:・・・点数よりも「この人を採りたい』というふうに採用した方が成功する・・・
内田さん:人事の15%ぐらいは「バカ枠」で採ってもいいんじゃないかと思うんです。「査定不能」という枠で採る・・・


≪私の反応 思いつくまま≫
1960年わが家は県庁所在地に引っ越した。私たちは、高度経済成長以前の世の中を知る最後の世代になる。 私の企画、『ばばぢからクラブ』では、次の世代に伝えるべきことをまとめて、高度経済成長以前の時代のいいとこどりをしようとしている。
そうか!時間意識が縮減しているのか!なるほど。

大工だった父と兄たちは夏の暑いときには、太陽の照り具合で昼休み時間を身体で決めていた。それにイラついていた生意気な私、今となっては恥ずかしい。けっこう高度経済成長の時代の空気を吸っていたわけだ。
大切な思い出の品について、私と息子たちとの時間感覚は大きく違っていて婆は防戦に必死だ。
今では学校に行かない子供たちは珍しくない。身体の感覚と求められるものとの乖離が,ここまで来てるんだな。

私はまさに大器晩成型(自分でいうか)、今の自信といえば、ずっとわけのわからなかったことを、言葉にならなかったことを全然あきらめることなく言葉にしてカタチにしようとしてきたことだ。それを言葉にするという難題に取り組んでいる。
結果と成果は欲しいけれど、さておいて一歩一歩スキップしないで、愚直にやろうとしている。



という具合に、ムニュムニュもやもやを言葉にしてもらうと、
自分のことでよみがってくるものあり、あらたな意味の発見あり、
さらに次のステップへの導きも、とまことにありがたい限りなのです。

自分でできないときには本を読む、
それとリアルで師匠、なかまと語り合う、学びあう、助かりますよね。
人と人の間で生きていて無数の人と情報、数人の大切な人と、いくつかの大切な情報の寄せ集まりが自分ですもん。
内田さんと白井さんがこの本の中で語り合っています。

内田さん:「自分探し」は資本主義的には消費駆動を爆発的に拡大する大変結構なイデオロギーだった。修行なんて、全然消費行動を刺激しませんからね。

白井さん:大学時代に学んだ重要なことのひとつは「何と言っても人間関係が大事である」ということです。・・・今の学生たちは、・・・みんな個人で抱え込んでしまうわけです。
内田さん:どうして相互扶助のネットワークを作らないんだろう。・・・友だちを作って一緒に勉強することができる能力だって「学ぶ力」の一つだと思いますよ。



ばばぢからクラブではそんな場つくりを目指します。ばばぢからクラブの願いを
私自身の言葉で表現できるようにに師匠と、なかまといっしょにがんばります。


他人とのお付き合いの中で、自分の考え、感じ方を言葉にして、相手を傷つけないで
表現する力は大切ですよね。この本の中には、このコミュ三ケーションのやり方の作法についてもお話がありますよ。気になったら読んでみませんか?きっとほっとしますよ。




⤵ 遅いアジサイの一種。アジサイも多種多様ですね。キミドリLOVEです。