1171~1177/10000 2022 7/28~10/20 今日は、このブログのメイン・テーマ、『自分史』の内 『死』について考えます。 ◆『自分の死』をまじめに考えたことがありますか? 『自分の死』の準備をしていますか? こればかりは誰も疑わない真実であり現実である 『「一人残らず最後は死」を前提として生きる 』、 このことについて考えてみませんか? 一時注目されて流行った『終活ノート』、 殆どの人が白紙なんですって。 実は私もそうなんです。2冊持っています。
この18日に『死生学』がご専門の、篠原健治さん とZOOMでお話しました。 篠原さんは、『日本死生学研究所』所長、日本バプテスト連盟(プロテスタント)の牧師さん でいらっしゃいます。社会人として様々なご経験を踏まれ、コーチング、認知行動心理学、さらに大学に続いて大学院でも神学を修められた後『死生学』を専攻、講師、牧師として多方面の現場で活躍なさっておられます。なお故中村哲医師、奥田知志牧師も 日本バプテスト連盟の信者さんです。
◆ 篠原さんのお話から
『 日本はすでに超高齢化社会に突入しているにも拘らず、医療従事者も、葬儀業、弁護士、会計士、司法書士の専門家も、専門家でない 多くの人々も死について学び、人生観・死生観を確立しないまま、人生を終えてしまっている。 ひとり残らず迎える死を体系化した『死生学』 がもっと多くの人々に知られるようになって、「死の視点から今を見つめ直す」ことによって「残りの人生が豊かになるように」 と願って、 笑いあり、涙あり、親しみやすい充実した講座を各所で実施しています。』 篠原さんのお話は、親しみやすく楽しくて、とびとび触れて何気に知っていることを総括的に示して頂きました。 お話におおいに刺激を受け触発されました。 ◆『死を前提として生きる』 このことについて、つらつら思われていることを、私なりにざっとまとめてみましょう。 残された限りある時間を 超高齢化社会の中で どう精いっぱい生きるか? 三年ほど前、どっと体力がダウンして老化に直面せざるを得ないかったころから思案が続いていました。 ① 自分の残された限りある時間 ② 超高齢化社会の只中で ③ 胸が痛む若い人、子供たちの自殺 この3点について簡単に書いておきます。 ① 去年あたりから、胸の中から湧いてきた思いがあります。 それは、『残された限りある時間』 、この事実です。 100歳までまずまず健康でいられるとして 残された時間は24年半、9000日を切っている。 24年前私は51歳、息子は21と15だった、ぼやぼやしていたらあっという間に過ぎてしまう。
「これまで生かされてきたことにご恩返しせねば」もうひとつは、「限りある時間を密度アップして精いっぱいを尽くそう」 この二つの思いが身の内からこみあげてきています。 前提として身体の健康にはこれまでよりもいっそう気をつける。 それも迷惑かけてはいけないから、ではなくて、自分の本領を発揮することで人の、世の役に立ちたい から。こんなことちょっと前までは、気恥ずかしくてとても人前では言えませんでした。トシを取ることのメリット、時の恵みですね。 ⓶ 超高齢化社会の只中で縮こまって遠慮して生きていたくない。 体力、能力は当然、IT力では絶対に若い人たちにかなわない。 そこは年季と年の功で、カバーして、 ❝いること❞で、現役世代を支えて、お子達をまもりたい。 この趣旨で、『ばばぢからクラブ』 と銘打ってシニア同士で励まし合い笑い合い扶けあおうという魂胆です。 これは、生物のオヤとしての本能でもあり、私たちがもっとしっかりしていたらこんな世の中にはならなかったかもしれないという責任感からくるものでもあります。 ③ こんな世の中、というのは、この国では、若者の死因のトップが自殺、中高生の自殺も2019,2020年と過去最高を更新、この現実に、ばあちゃんとしてものすごく胸が痛む 。孫たちがこんな空気を吸いながら生きて行かなくてはならないなんて耐えられない からです。 明治維新から150年、太平洋戦争迄の77年は戦争に次ぐ戦争、 太平洋敗戦から77年、戦争とまずまず無縁と思えた70年、高度経済成長時代から約60年、この間にこの国が失ったもの をアップデイトした表現で取り戻していきたい。 ないがしろにして捨てられてきたもののツケが噴出している有様を、私たちは今見せつけられています。 巨大な瘡蓋のように世を覆うかに見えるネガティブ情報は抑えつつ、大量のそれらに揺らぐことなく生き抜いてほしい、若い人たちのために秘かに陰ながら祈り願っています。『あくまで希望にフォーカス』が私の役割と心得てポジティヴ情報にアンテナを張っています。 これらの願いは、私の仕事、『自分史よりそいサポーター』の志でもあります。近未来、子供たちのための音読教室をやろうと計画しています。 ◆若い時は、生きることをありがたいとも何とも思わず、 底が抜けていることに気づけず、知ろうともせず、若気の至りとはいえいい気なものでした。 今は超高齢化社会の只中の75歳のビギナー・ババ、 死はかなり身近になっています。 疲れたときには片足天国に入ってると感じます。ゴールに死が灰色のベールを広げて待っているのを感じます。
『死を前提として逆算して生きる』としたら どんな風景が見えてくるでしょうか? 不安と恐怖におびえることになるでしょうか? 不安と恐怖だけでしょうか? どんなふうに生きる様相が変わるでしょうか? 戦争に次ぐ戦争の時代、衛生観念も防備策もほとんどなく病気がどうしようもなかった時代、 死とともに死を前提として生きていた時代劇の剣豪、私の4人の師匠が亡くなられた時の様子・・・、 小学一年のころ囲炉裏の前で「死にたくない」とべそをかいていた小さな私、二十歳のころ友達が白血病とわかって半月で亡くなったとき、上の息子が生後一か月で90%ダメと診断されて助けて頂いたこと、葬式要らず墓要らずが遺言だった息子たちの父親・・・ まだ十分に言葉にならないことがいくつもあります。 誰も疑わない真実であり現実である こればかりは『「一人残らず最後は死」を前提として生きる 』、 このことについて考えてみませんか? 私の『自分史探検』でもワークショップを準備しますね。 『死生学』のご専門家、篠原さんとはまたFACEBOOK LIVEかYouTubeでご一緒お願いできないかしら、と願っております。
とても姿の美しいクレオメ、霜が来るまで精いっぱいとかつい考えすぎてしまいます。