『とっても素敵な女性の大先輩方の名言集』

648/1000 2021 02 14
毎週日曜日は、◆素敵にエイジング
今日は、“VOUGE JAPAN” の記事から,
とっても素敵な 女性の大先輩方の、グッと来た名言をコレクションします。

VOUGE JAPAN 2020 年7月3日 の記事より

★ セツコ・クロソフスカ・ド・ローラさん  アーティスト
『緊張感がある状態は好きです。それをいかに乗り越えるかと、チャレンジする気持ちをストレスとは感じません。』
『老いること、死ぬことを自然に任せて受け入れたいと思います。子どものような好奇心、思春期の夢を持つ心持を大切にし、年月を経て多くの経験などすべてを混ぜ合わせることができるのが今の年齢にいたった自分です。』

★ 島田順子さん デザイナー
『何でもいいので学んだほうが良い。うわべの美しさより必要なことだと思います。私は今、死ぬことよりも、勉強不足であることのほうが怖いです。』
『笑う門には福来る。笑いのある暮らしが、私のおしゃれのインスピレーション源でもあります。』

★ 我妻マリさん モデル
 70歳になって心境の変化もあった。『赤い口紅が似合うと思えるようになりました。80大になったらシャネルのスーツを着たいです。』

◆ VOUGE JAPAN 2,017年 8月17日
『生涯現役!キャリアを積み重ね続ける、エイジレス・ウーマン7人の格言Part1 』より

★カルメン・デロリフィチェさん86歳  モデル
“ 私は80歳のワーキング・ウーマンで、どんなイメージを伝え投影できるかを模索しているところ。何をもって人々に伝えられるか。おそらく尊厳ね”
“人生はチャレンジング。だけど、私はポジティブな面を見つめる勇気と強さと十分な健康を持ち合わせているわ”

★ 島田順子さん 76歳 デザイナー
“ 努力して働き一生懸命やっていると、何か光っている物が見えてくる”
“ 自由でいられるための努力は惜しまない ”

★ アイリス・アプフェル 95歳 インテリア・デザイナー
“シワのどこが悪いのかわからない。だって勇気の証のようなものじゃない”

★ ベネデッタ・バルジーニ 73歳  モデル・女優
“年をとるのは素晴らしいこと。時間の尊さが分かり、本当に必要なものがなにかという感覚が研磨されるから”
“答えが見つからない場合はこう考えるの。明日は新たな一日の始まり。何が起こるかわからない”

★ ザンドラ・ローズ  76歳 デザイナー
“転機は過去のものではないの。毎日が転機よ”
“間違いこそ人生最大の教訓。失敗を恐れずに、学ぶことをやめないで”


★笹本恒子さん  102歳 フォトジャーナリスト
“好奇心の赴くまま、自分のやりたいことを貫き、わがままでも自分に正直に生きる”
“辛い、悲しいという気持ちは引きずらず、一生懸命に忘れること。いつもニコニコを心がけて”
“いくつになっても現在進行形”

★ ヴァレリー・フォン・ソベル  76歳 アーティスト
“なにかの形で寛大さを示すこと人に与える人になること。新しい帽子よりもずっと高い位置まで、あなたの気分を高揚させてくれるから”
“自分を憐れむのはやめて、人生の新しいページをめくるのよ”


すでに経験と実績を積まれた大先輩の言葉には、呼吸が深くなって、勇気がもらえますね。
そして一番の何よりの勇気は、自己達成、これに勝るものはありません。それでがんばって三日遅れでこのブログを書いています。えらいぞ、自分!

今日着きました、45年ぶりに手にしています。

おまけです。『女と刀』の最後の五行です。
『-春、夏、秋、冬と四季のおりめごとに、私の住むあたりの山々は、樹木が年輪をふくらませながら多様に変わる。
だが、私の血は、まだ容易にこの自然に浸って余生を過ごそうなどどいう気になれない。
ーこの私の八十の血は、まだ依然として独立(ひとりだち)の楽しみを欲して、さわぎやまぬのである。』

『静かに深まってゆくようだ』

628/10000 2021 01 24
毎週日曜日は、◆素敵にエイジング、
今日は、ビギナー・ババの今のエイジングへの思いです。

 去年の今ごろは、どっと疲れが状態、歩くと胸がぎゅっと狭くなって息が苦しい。でも週5日のパートは大丈夫、パートのプロ、というか。
 疲れに加えて、トシをとることの実感があった。
 あれから一年近く、新しい力がしみだしてくるのを感じている。でももう勢い込んではやらないよ、できないから。

 2015年夏国会に この国が戦争ができる国になる法律が上程されると知り始まった反対行動から5年が経っていた。無我夢中でできることをやった。週一のほぼ一人街宣、立憲野党と市民とが一つになるための行動、国政選挙には支持政党のポスティング、一人で何百枚入れただろうか、フライヤーを1枚でも残してなるものか、新得でも頑張ってるし。振り返るとけっこうてんぱっていたな。コロナでペースダウンできると知った時にはほっとした。
 ここ一年は、思案が続いた。いったい私たちに何が足りないのかと。もう先頭は若い人たちの役割となるだろうしそう望んでいる。そのとき自身なりの軸を持っていたい。私ができる役割はあるだろうか?

 70過ぎてパート、ちょっと前までは平気だったのに。もう無理はできないな。体力と時間と課題のバランスを取らなければならない。

 鶴見俊輔さんが70歳ころからご自分のことを “もうろく” なさっていると仰っていて、え、それはないでしょう、と感じていたけれど、そうかあとうなずくことが一つ二つと増えてきている。(鶴見先生と比べるのはどうかと思うけれど)

まあ、私は遅いのよね、歩みが。あと30年とは言わないけれど10年早かったらな、と思わないこともないけれど、このままやっていくしかないし、急ぎたいけれど急げないので、毎日ひとつづつ片付けてぼちぼちやっていくしかないな、と思っている。

 一番の進歩だと思えるのは、『エイジングは素敵に』だけれど、100%素敵でなくてもいいじゃないの、と心に開き直りというか、余裕というか、悟りというか、ありのままがすっと入って来ざるを得なくなったというか、そんな感じになってきたことかな。

 習慣になっているストレッチ励行、できそうな新しい身体の動かし方を先日からひとつ新しく加えた。フレッシュな刺激も意識して触れるようにしていこう。
 警戒しているのは、生きることをわかってしまわないことだ。幸い、触れる本、習っていることのすべてが知らないことばっかりで、脳の血流不足を感じながらも課題をリスト・アップしている。

 これから冬か、と思うと長いなあとため息が出ていたのは11月の末ころ、寒は寒なりに楽しみも喜びもある、寒干し、漬物、越冬野菜の管理、などなど。その時その場になってみると気づくことがたくさんある。冬は静かに力をためるときと心得て焦りを抑えよう。焦り、なんてなにかもう合わなくなってるし。

正月の昆布巻きがうまくできたので、また作りました。


 



『ビギナー・ババは家付き猫』

621/10000 2021 01 17
毎週日曜日は、◆素敵にエイジング

 今日は日曜日、夕方台所に立って、キャベツを刻み始めました。このキャベツは新得の友達の農場産で、うまみと甘みが抜群なのです。二階のMy Littte Garden Indoorから、セロリを一本、パセリを少々頂いて混ぜてコールスローができました。キャラウエイ・シードが切れていてディル・シードを入れました。どうかな?

続いて、気になっていたニンジンです。新聞紙を濡らして上にのせて、しなびてしまったのを選りました。ニンジンは越冬が難しい。こちらも細かく刻みました、秋に“Hotel NUPKA”さんで頂いた、おいしかったニンジンの千切りの?とかという料理を思い浮かべつつトントントン。

千切りに混ぜたのは、炒りこんで油を除いた鶏肉の皮にハーブソルトを振ったものです。

ここで、お話ししたいことが二つあります。
その① 
トントントンと細かく手を動かして仕事をするとき、生体が整えられて電気がたくさん発生するんですって。元気は電気、ボルテージが高い、といいいますよね(ちょっと古いか)。ふっとアイディアがヒラメイたりすることもあります。編み物もそうですよね。
トシとともに休み休みになっています。もう勢い一本やりではできませんからね。でもこの心地よさは、たまりません。パソコン仕事が、台所仕事の合間になってしまうのも無理はありません。

その② 
上のニンジンの写真の右側をご覧くださいませ。しわしわのニンジンです。これをどうやって食べようか?俄然アタマが働き出すんです。皮を厚く剥いてジュースにするか、ニンジン・グラッセにするか・・・

広い土地があったら堆肥に入れてもいいのですけど、街場暮らしで頂いたり買ったりしているので大切に頂きたいと願われます。
 この願いをどう実現するか、これがけっこう乙なのです。

日々のどうってことない暮らしの一コマ一コマにうっとりばかりもしていられないのですけど、とても捨てがたい、なので私は基本、根が地味な家付き猫です。トシとともに、少しはキーキーせんと慌てないでできるようになったかな?

 こちらは、業務用スーパーで先日ゲットしてきたラトビアのオートミールにポーランドのローズヒップ・ティー、ラトビアにポーランド、これ、つつましい喜びでしょうか?

 




ここでちょっと引用します。
『COVID-19によって、社会の流れが大幅にスピードダウンしました。それまでものすごいスピードで動いていた流れがいったん止まりましたね。私はあらためてケ(日常)を感じました。それまで、昔で言うところの「ハレの日」みたいなテンションでみんなが暮らしていたでしょう。かつては外食することさえハレの日の行為でしたから、今までの日常は、日常というより「ハレの常態化」だった人も多かったのではないでしょうか。ハレが常態化すると日常がやせ細ります。
 しかし、流れがゆっくりになったことで、日常が再び輝くといった現象が起こるのではないかと思われます』(釈徹宗「ディレンマの知性」内田樹編『ポストコロナ期を生きるきみたちへ』)

 キャベツとニンジンを刻みながら、日常がいとおしく、ありがたいと感じている自分がいます。この続きはまたいつか書きますね。日常がWonderfulであることは、私のメイン・テーマの一つなのです。

『南正人さん、ナミさんの思い出』

614/10000 2021 01 10
毎週日曜日は、◆ステキにエイジング
今日は、7日の夜にステージの上で急逝したナミさん、南正人さんのことを書きます。今しか書けないだろうから。



 ナミさんが突然あの世へ旅立った、LIVEの最中、ステージの上で。本望だったのでは、と思う。

1974年夏、ナミさんがバンドで山形に来た。夏の白い光に全員生成りの白い衣装だった気がする。登場して数十分、30分くらいに思えた、ナミさんは延々とワンパターンのリズムを繰り返した、ざわついていた会場が一つになるまで。
 これで一発でハマった。アルバム『回帰線』を抱きしめた。中身の記憶はおぼろだけれど、一つの原体験として変わらずに胸のどこかから動かない。
 演歌のような曲、フォークのような曲、プロテスト・ソングのような曲、民族音楽のような曲、どれもこれも全部、ナミさんの歌だ。

 北海道に来て何年目か、1980年代の末か、ナミさんから連絡があり、道内の心当たりの何か所かに声をかけて、ツアーのスケジュールを組んだ。帯広のロック友達への情宣に、大築さんの『人間家族』から『南正人音楽活動30周年記念コンサート』のインタビュー記事をコピーして配った。
 芦別駅前の『ロックハウス・ディラン』(コロナの後北海道にお越しの節はどうぞ!)の忠さん(伊藤忠司さん)に電話すると、願ってもないことです!と喜んでくれた。
3回=3年くらいやったと思う。そのうち一回は、なんとナミさんが帯広駅に現れたのは一日後だった。私の連絡不足のミスである。そのあと火の車操業の自営業が多忙で若い人に役割を譲った。帯広には来なくなっても、芦別では忠さんとこでくつろいでいたみたいだ。風の便りに、隣の釧路で、浅川マキのステージに飛び入りで出た、と聞いた。行きたかったな。
 『俺は気持ちよく歌えれそれでばいいから』と言っていて、今回はあそこはもういいよ、と言うこともあった。

 私はNATIVE JAPONECIANの “祭り” は、1982年の夏の松本での『オール・スピーシーズ・デー』が最後でとんとご無沙汰で、でも飛び飛びにナミさんのことは風に乗って届いていた。最近ではFACEBOOKで地球屋さんでのLIVEの模様が流れてきて、おお、ナミさんもトシ取ったな、(自分はどうなんだ?)気取ってなくて相変わらずでキメてなくてもこんなナミさんもいいよね、と年の功で獲得できた寛容さを発揮して友達とうなづきあっていたところだった。ミック・ジャガーやスティングのようにトレーナーをつけてトレーニングにいそしむナミさんってイメージ湧かないし。(トットさんがメンテナンスを担当なさっていたと知りました)頑丈だったナミさん、突然の動脈破裂、やっぱり放射能ではないかと思ってしまう。私の山形の甥も二年前突然の頸動脈破裂で亡くなった。仕事の建築現場が宮城の海端にもあり救援活動もしていた。

 ナミさん、顔大きいね、というと、うん、そうだよと言った。横顔の眼差しがなんとも優しかったな。(今、書きながら思い出した)ナミさんといえば、最初に浮かぶのは。でかい馬面と、それに額も広い、本で読んだりいやでも入ってくるそのあほらしさだ。国分寺のほら貝でえらく落ち込んでいるナミさんに会ったことがある。確か何回目かのレインボー・ショーのトリとしてぞろぞろと出てきて、クリアにハイになる出し物ではなくて演歌まがいの恨み節っぽいのを長々とかまして、一部の顰蹙を買ったりしたこともあったな。
 いいじゃないの、水濁っていれば魚も棲むという。(ま、私は当事者じゃないし)
愛しているよ、ナミさん。

ご遺族さまのご配慮とSNSのおかげで天国に向かうナミさんの見送りをみんなと(と言っても会ったことないけど)いっしょにできるのはありがたいことです。
やっぱり、私も鼻歌でまず出てくるのは、題名も歌詞も覚えていなかったけれど、“あたしのブギウギ” だ。和気あいあいのセッションにオンラインで参加しながら涙が出てくる。
 
ナミさんにとってこの世もあの世も大して変わらないんじゃないかな。あの世では、ナミさんをお出迎えの連中が河原に密に集まってさぞかし賑やかなことだろう。それぞれ楽器を手に首を長くして、意外と早かったね、なんてさんざめいているに違いない。
 トットさんがナミさんを送りたい人を受け付けて下さるとのことで、東京在住の友達に私の分もお願いと今朝頼みました、

https://www.youtube.com/watch?v=HtmaUtvA5vU

『こんなにまったりした年末年始、あったかな』

607/10000 2021 01 03
毎週日曜日は、◆素敵にエイジング
今日は、まったり年末年始の最終日です。

 29,30,31,1,2,3とパート勤務がないだけだけれども気分がまったり、私の人生変えよう、と気張らなくても、変わるんだな、そんな予感に包まれています。ま、揉まれているわけです。


 この10年以上、年末年始全部パート休みの年末年始はなかったし、その前自営で八百屋をしていた時は31日まで配達して年越し料理、大掃除、どうやったか覚えていません。やらなかったのだろうか、まだ若かったから勢いでできたのだったか?
こんなにのんびり気分な年末年始は北海道にきて初めてだと思います。

 子供のころは、高度経済成長以前の世の中で、母は今でいう専業主婦だったし実際今よりずっと時代がのんびりしていました。
うちは大工だったから豪雪地のの大石田では当時は冬は仕事がなくて長いこと正月休みしていました。その代わり夏は土日休みもなく働いていたけれど、盆休みは一週間か10日はあったような気がする、半月だったろうか?
 母は年中行事を執り行い漬物を漬けて畑をつくり餅つきの準備をしました。餅つきは男手で母は返し役でした。
 金は常にギリギリだったから買うものは必要最小限に限られていました。
暮らしは月歴と季節に従っていたのです。

 そんな暮らしに戻りたいと身の内から声がしています。働いて作業をするのは嫌いではないし、そのノウハウを学び続けてもいます。もうそろそろ潮時、本来の自分自身に戻ろう、という声に従いましょう、残りの時間、限られているし、
 そんなこんなつらつら思われながらのまったり正月です。ありがたいことです。

あらま、お飾りに出し忘れてました。

『真冬日の日曜日』

600/10000 2020 12 27
毎週日曜日は、◆素敵にエイジング
今日は、今日の日曜日のレポートです。

 今日は、南の方に住む友達Mさんの“ミニミニ・チャリティ・マーケット”の日です。自宅の中を整理したあれこれを並べるとのことでした。私もアロエの千代田の錦のこっこを持参しました。
バスから降りて会場に着くと、ちょうど絵本を読んでいるところでした。南側のテラスにお店がつくられていてこまごまと並んでいます。衣類、おもちゃ、Mさんのお父さんの手作りの陶器のアクセサリーに、幕別の駒畠にあるというパン屋さんのパンも並んでいます。お子の手書きの案内板(段ボール)もなごみます。

 私が手に入れたものその①
 アンティーク調の素敵なスカーフ。私は、スカーフ、ストールが大好き!なのです。
 

いいでしょう?

その② 帽子とレッグウオーマーになる靴下です。帽子は沢山ありますけどちょっと新しいのが欲しかった、膝から下が冷えるので探してました。

その③ 色、形とイチョウの葉のイメージをちょっとデフォルメしてぐっとジョイフルな、パズルなんですって。すっかり気に入りました。

その④ Mさんのおとうさんの手作りのお湯呑みと、同じくおとうさんの編纂なさった岩国の歴史の本です。朝イチの白湯用にぴったりです。
 ご本は頂きました。山口県の岩国(友だちの故郷です)の様子を、江戸時代を中心に、土地,道、宗教、漁業、産業、祭り、身分制度、百姓一揆、岩国藩史と多方面から伝えております。電気ガス水道は勿論、鉄道も飛行機もパソコンもなかった時代、人々は手と足を動かし頭を働かせ天に耳傾けて暮らしていた、その様子が暮らしそのままに詳しく記されております。

他にも中身の濃いお話を伺いました。
① このチャリティ・バザーの寄付先の『NPO法人フローレンス』さんの、やり方、発想、お金との向き合い方は、私の常識を超えていて、すでに一歩先を行ってる感じで尊敬とワクワク感が溢れ出ました。フローレンスさんは、病気を持ったお子達の支援をしています。

②Mさんのパートナーさんと、秋からお話を伺ってきた『日本の戦後外交オンライン講座』について話しました。講座のことだけでなく、ロックを中心とした音楽、世界の政治状況と縦横無尽にあっちとびこっちとびで頭がくるくる回転しました。
オンライン講座は来年の2月半ば過ぎに始めることになって、私は情宣の文を担当します。

バザーには次々とお子達といっしょのお母さん方が訪れていました。

バスを待っているとかなり寒くてダウンでも間に合わないくらいでした。サッカーやりたくて北見からきている北高生といっしょでした。

歳末大掃除と年越し料理の前の、いい日曜日でした。

日高山脈の南方面がくっきりと見えていました。

『不治の病』

593/10000 2020 12 20
毎週日曜日は、◆素敵にエイジング
 今日は不治の病で逝った友人知人を偲びます。懐かしい友達に代わって生かされている、そう思えるトシに少し近づいてきているようです。

 おととい友達と喋っていたときこの秋に帰天した友達の話になりました。そのときふっと治ることのない病気におかされて亡くなった人々が浮かんできました。
 小脳脊椎変性症だった親友、最後に会いに行ったときのことがよみがえります。
 脳幹に癌、仲よしのお世話になっている方のお身内の方、極力延命をはかることしかできないと知りました。
 膵臓癌、見つかりにくく見つかったときは、極力延命をはかることしかできない。
 息子の同級生の兄弟ふたりは筋ジストロフィーで施設のある土地に引っ越して行きました。
 交通事故で突然亡くなったなかまの人・・・
 
 私の人生に決定的な影響を与えて下さった先生方もいつか全員黄泉に還られました。亡くなられた時の様子は意識に上がらなくてもいつも胸の中にあります。おひとりおひとり胸がいっぱいになります。

生きていることを当たり前とも思うこともせずに勢いで行けたころは神さまも呆れ顔で守ってくれているのでしょうか。自然食に出会って意気揚々としていた自分、あのころ私は20代でした。私の食養の先生も仰っていました。『若いときはなんでも治せると思っていた。今はおそろしくてとてもできない』と。

いくら気をつけていても病気になる時はなると知らされていたことを、友達と話しながら今更ながら思い出しました。こうして生きているのは先に天に帰った友達、先生方、父母姉たちをはじめとして無数のたましいに支えられてのことなんだ、そんな気がする冬至の夜です。

昨日の夕暮です。日高山脈がクッキリ。今朝は-15度まで冷え込みました。

『足をケアする』

590/10000 2020 12 13
毎週日曜日は、◆素敵にエイジング、
今日は足と脚のケアのことです。

☆ “足腰が弱る”、なんのことだろう?と大して関心も湧かなかったのに、何もしなかったら、股関節、膝、足首と日ごとに目に見えるように縮んでいく、と意識し始めて、2,3年になります。『生涯2本の足で自力歩行』とイメージしているのです。

☆ そこで、SNSで入ってきたので即注文しました。この本です。

◎足には寿命があり、身体の他の部位よりも、早く消耗する。
なぜなら、足は常に全身の体重を支え、過剰な負荷を強いられているからである。
人間の足には、歩くたびに体重の約2~3倍の負荷がかかっており、
体重60キロだったら、歩くたびに左右それぞれ100キロを超える負荷がかかる。
現代人の1日平均歩数を6000~7000歩とすると、トータルすれば毎日数百トンもの負荷を足に与
えていることになる。
だから、足のケアは必須である。


◎ 「足寿命」を伸ばす3つのポイントは、
 ・足首のやわらかさ(関節の柔軟性)
 ・土ふまずのかたち(足のアーチ)
 ・足裏の筋力
この3つを鍛えれば、足の機能はどんどん回復し、足寿命を若返らせることができる。


◎1日わずか5分!3つの体操で足寿命を延ばすことができる。

そのための3ッつの体操  所要時間全部で5分  
① 足首のやわらかさを取り戻す  ふくらはぎ延ばし
② 土ふまずのかたちが改善する  足首サッサ
    足の小指側を固定して親指を上げて足首をまわす
③ 足裏の筋力がアップする  足裏そらし
    足指をそらして、親指→ほかの指の順におろす
詳しくは、この本をご覧くださいませ。

更に、
インソールはオーダーメイドが理想的
正しい足の爪の切り方

☆ 足の構造、こんなに部品があるんだ、とびっくり
  かかっている負荷、こんなに重量がかかっているのか、とびっくり
  手入れのことを詳しく教えてもらいました。手入れもこれなら気軽にできますよね。
  今までやっていたことと共通していることもあり、うなずきながらこれからも続けていこ
  うと思います。

スロー・ジョギングの通り道の公園の小さな山です。最近ここを上り下りし始めました。

『友達は大切』

579/10000 2020 12 06
毎週日曜日は、◆素敵にエイジング
今日は “友達は大切”です。

☆ 冬の快晴の美しい午後、ばあちゃん3人でよもやま話をしました。
ブログ一日遅れてるし・・と気になりながらほいほい連れて行ってもらって正解でした。気の置けない女同士というわけで話は自由自在にあっちとびこっちとび、女ってこれ平気ですからね。
これまでの人生のクライマックスやら、若いときのことやら、今の政治状況やら、家庭菜園に信仰のこと、などなど。とてもくつろいだ日曜日の午後になりました。じっくりまったりお話を聴きあうことが出来るトシになったのですね、お互いに。

 私は、もちろん、『これを紙に書いたらどんなにか素晴しいだろう、話してる人の人生が何倍にも輝くだろう』、と『しうこばーばの自分史講座』をうんといいものにしなくちゃな、と胸で思いながら耳を傾けていました。ひとりひとりの来し方をそっとHUGする思いです。

☆ 『コロナの影響で女性の自殺者が二倍に』、やっぱり、とはいえグサッと刺さります。
 これからトシをとっていくときに、本当に、友達は欠かせない。
  うんうんと肯いて聴いてくれて、励ましてくれて、見守っていてくれて、テリトリーをわきまえている友達のネットワーク、コミュニティなしにはとても寂しい、つらい。

☆ 私『外から帰ったら、お疲れさま、お茶にしましょ』と言ってくれる友達が近くにほしくなってきたのよ。
 友達Aさん『私は、一人暮らしがしたい。同居人に気づかいしなくちゃならないのに疲れた』
まあ、今すぐどうこうなるもんでもなくても、誤解曲解なしと安心してしゃべっているうちに気も紛れます。

☆ 今日登場の食べ物は、どれもこれもとびきりうまい、キャベツ、南瓜、サツマイモ、気の合う友達と一緒にご飯を頂く、至上の幸福です。

風景は冬枯れでも心はあたたかく。

『冷やしたらダメ』

672/10000 2020 11 29
毎週日曜日は、◆素敵にエイジング
今日は、冷やしたらダメの再確認です。

★ 先週は、パートの職場の換気扇を掃除したのが引き金になって臨時埃性鼻炎状態になって、慌てて二階の寝部屋をころころで掃除して換気に努め、一階も毎日ころころか掃除機をかけて臨戦態勢、二日ほどでおさまりました。こんな時に鼻炎をきっかけにして風邪をひくわけにはいきません。

 次は今週、水曜日に絶不調に、肩と背中の上部が固くなっていて疲れが取れず頭が回転しなくなってその少し前から胴体の脇がヒエヒエであれ?と感じてました。ううむ、これはあかん。

 ① すごく美味しい、姉からの山形のリンゴ、この際ナマで食べるのを止めて、干す。煮ると砂糖が増えるし。干すと沢山食べれないとわかった。ファンヒーターの上で干してます。


 ② 寝る。一日何回でも眠くなったら寝る。
 ③ ダンベル体操、自彊術ほかで肩まわりをほぐす。
 ④ 風呂を沸かして肩まで湯船につかる (我が借家は燃料がプロパンガスなので普段は足湯。毎日風呂に入ることのできる家に引っ越したい!)
 ⑤ 家の中でも、膝掛かけて、レッグウオーマー、厚い靴下をちゃんとはいて足先を冷やさない
 ⑥ 白砂糖を使ったお菓子、ジャムなどはやっぱりやめる
 ⑦ 『超音読法』で一日一回思いっきり大声を出す。→気力、活力出る
 ⑧ 春になっても冷たいグリーン・スムージーは止める。

数々の対策をこなしておかげさまで夕方にはなんとか頭もまわり出しました。一日おきにスロー・ジョギングやってるからとストレッチが足りなかったかな。

★ やっぱり冷えは恐ろしい。最近展覧会場で測ってもらった体温が36度以下で、“これはまずい、冷えている” とわかっちゃいたんですけどね。一時売り切れだった体温計も買って測るようにしよう。なんか健康おたくのようですね。頭も固くなって呆けやすくなる気がします。

★ 信州の山の中の一軒家で電気ガス水道なしでの8年半、『自然がいっぱい、生きることについての思考と感受』はよかったのですけれど、そこ清水平は友人の間では寒いことで有名で、振り返ると自身を冷やしまくっていました。若かったから勢いでやってましたけれど、血の道がおかしくなるというのかいつも頭がテンパっていた気がして、更年期まで引きずったと思います。後で来る、とはこのことかと母の言葉を噛みしめた次第です。

★『病気が×で健康が〇ということはない。生命現象としてはひとつ』とアタマで知っていても、不調になったら辛いですよね。乗り越えては少しづつ賢くなる、それが人生かな、とか思って、調子がよくなるとすぐ忘れたりするんですよね。
 とにもかくにも冷えには用心用心。早く春が来ないかな。

松永先生の『超音読法』 風呂場に向かってやります。すごい運動量です。