『「自分史活用推進協議会様からパンフレットを送って頂きました』

毎週月曜日は、◆小さいビジネスを始める にあたってのあれこれです。

私の小さなビジネスは、『しうこばーばの自分史講座』です。

★ “あわてても、進まない”がこのところの実感です。

まずは、去年の疲れがとれてきました。またひとつちょっと賢くなりました。

一歩、一歩ですね。

“飛び跳ねようとしても無理なのは、過去に経験済みでしょう?”と自分に言い聞かせております。

★ 『自分史活用推進協議会』様から、申し込んですぐにパンフレットを送って頂きました。

なにか

錚々たるキャリアの方々が並んでおられて目を丸くしております。

未知の世界です!できるかな?

『自分史で日本を元気に!』

『同じ志を持つ人の創発型組織』

日本は 簡単には 元気にならない  しかし 私たちは信じている 自分史のチカラを』

『自分史の活用』とは、と考え込みました。この国の起死回生に向けての基礎の基礎工事となるかもしれない、12月の、佐々木寛先生とのファシリテーション・ワークショップも去来します。

なるべく早く講座に参加しよう、と決意を更に固めました

★ 今日はもうひとつ、書いておきます。

1月31日の坂口恭平さんの歌とお話に参加して、サインしてもらった本を読みながら、開放感を味わっています。

恭平さんの“自分史”も、とてもおもしろい。『内発するもの』のままに、創造していく、というか生きている恭平さんを目の当たりにして、

ううん、・もっと自身を大切にして自信をもって、人の目や世間の価値観に縛られずに、そして・頭だけでがんばろうとせずに、からだの声にも耳傾けてたら、もっとラクにいけそう、という気がしてきました。

『ちゃんと休もう』

毎週日曜日は、◆ステキにエイジング

今日は,『疲れたらちゃんと休みましょう』がテーマです。

★ もう二月、なんか身体がスッキリしてきました。去年の疲れが取れてきた、という感じです。

新しいチカラが湧き出そうとしているのを感じます。でも

真っ先に浮かぶのは“年寄りの冷や水”ということばです。調子に乗ってはいけません。

なんとか、遅れている課題、これからやろうとしていることが、できそうな気がしてきました。目を白黒させてあせってもできなかった日がずっとが続いていたのです。

★ 振り返れば、去年は、●冬に所属グループでの行き違いで消耗ー春には◎道知事選挙ー所属団体の総会ー●思いがけない人格否定にあい消耗ー夏〇参院選 れいわのチラシポスティング2000枚くらい 他ー秋◎山本太郎さん帯広街宣 の次は ◎12月始めの二つのイベントと続いていました。非力に加えて年齢も実感、ほっちゃれになってしまうのも無理はなかったかもしれません。

行き違いからはちゃんと学んでますから心配しないでくださいね。何を学んだかというと、『それはあってはならぬものではなくて、人間社会につきもののあたりまえのことで、それをどう乗り越えて知恵に転換するかという課題』に恵まれた、というほど悟っていませんけれど、そういうことなのだとハラに収めました。

身体を動かして時間を使って見えてくるものがあります。知恵も湧きます。◎と〇は、やっぱりやってよかったです。

★ でも、イキオイだけでイケイケと行けるトシではさらになく、なんとか『楽しよう!』と思案しております。

遅れている仕事〈責任がある)の遂行、やりたい自分の課題(『しうこばーばの自分史講座』のための勉強とビジネス構築)に取り付くための三つのルールを決めました。

 9時~10時には就寝する

② パートから帰ったらパソコン、スマホを開けない

③ 夕方6時過ぎには食べない 

ところが長い間、わかっちゃいるけどなかなか実行できなくていたところによい出会いに恵まれたのです。

1月31日に坂口恭平さんのトークと歌の会に行ったら、なんと恭平さんは

◎夜9時には寝る ◎アサイチで一番やりたいことを一時間はやる ◎一日3時間は歩く

をやっているうちに躁鬱病が平らかになってきたんですって。

建築、絵、音楽、支援活動、文学、いのっちの電話となんでもやってできてしまう恭平さん、内側からの命の声のままに、外からの管理と強要に従えずに生きている姿に、同じようにはできないとしても、ほわあっと開放感に包まれるのを感じて、生きるよきチカラを沢山もらいました。

“よおし、2月からは、私も9~10時には寝るぞ!”

次の日には、更に出会いが待っていました。FACEBOOKの気のいい友達が、朝と夜にはパソコンをあけないと書いていたのです。

おお、これは私が疲れからほぼ抜けたということだ、とカンじました。これまで努力を重ねてきたことが思いがけずいつか実っている!というシーンです。

★ 最後に、これは大切なこと。ネガティブな人にはなるべく近寄らないこと。一緒にいいてここちよいひと、元気とやる気をもらえるひとといること。それと自分もそんな人になること。人には人が一番近いのですから。

そう、疲れたら自分を甘やかしてたっぷり眠って休みましょう。

 

ミーハーぶりをここでも発揮して恭平さんとツーショット。

『土曜の朝は、ホリデー気分』

毎週土曜の朝は、NHK FM で“weekend sunshine ”に続いて“世界の快適音楽セレクション”を聞きながらまったりすることにしています。

☆ 2月となり両番組共、年末年始特番モードから通常のモードに戻りました。

今朝は最初に、ラグタイムの前のピアノ曲が、続いてラグタイムの“エンターテイナー”を聞いたことのない“内面的な”(ピーターさん)演奏で。

この二曲だけでも大満足です。

ゴンチチさんの選曲もききごたえのある世界各地の名曲ばかり、台所仕事しながら、時々耳傾けました。

★ 昨日の夕方は、坂口恭平さんのトークショーにバスで出かけました。

心身がふわっと解放されて、一つらくな気持ちで帰りました。会場で一緒になった友達に車で送って貰いました。

水曜日にレポート致します。

本代払うの忘れてしまいました。今度払いに行かねば。

★ 息子一家が新居に引っ越すので机と棚が3つ運びこまれました。

これで否応なく、暮れの大掃除で持ち越しとなった、我がオフィスの大掃除を敢行しなければならない羽目になりました。(ううう、大変!!)

スッキリと片付いたシーンを胸にファイティン!水曜日迄にはなんとか。

★ ポストに、思いがけない贈り物が!

まあ、なんてうれしいんでしょう!

渡辺京二さんの本を読みながら、ようやく、石牟礼道子さん読まねば、と思っていたところでした。

熊本が本拠地の恭平さんも、石牟礼さんの詩から歌ってくれました。

“シンクロ二シティの記録帳”につけました。

素晴らしい文章です!読むのがもったいないくらいです。一行一行噛みしめています。

☆ 午後は、引っ越し状態となった居間兼オフィスをあとに、おうちを新築なさった友達を訪ねました。誘ってくれた友達が迎えにきてくれました。

道産材の素敵な香り、珪藻土の壁、東には広い庭ー公園という絶好のロケーション。

近くの、“おおきストア”さんのお餅を頂きながらよもやま、気になっていることを、出し合いました。これまでより一つ深く話し合えて充実の時間でした。

それぞれ用事を抱えているので貴重な機会とお誘いを受けてイソイソと出かけた次第です。

おおきストアさんのお餅は、これだけで一回分になるくらい、私の知ってることだけでもストーリーがあります。

個人経営で頑張っていてお惣菜売り場のスタッフさんも和やかな雰囲気でした。

引っ越してから久しぶりのおおきストアさんのお餅、前よりずっと美味しい気がしました。

今日の土曜1日、プラス昨日の夕方から、何人もの友達、人々に囲まれている私でした。

この冬、なんだか気になっている駅のイルミネーションを何回も投稿しています。氷祭りも明日迄。楽ですけど、もう少し、せめて-15度迄下がってほしいです。

『伸びやかにやりたい』

毎週金曜日は、◆望む未来を今つくるー政治は身近・気軽に政治

苦手と言っていられなくなった 政治のことあれこれです。

★ 今週のトップ・ニュースはこれです。激戦 京都市長選 この応酬です。

“Yes or No 投票先は福山さん”は、絶妙な時事カルタ連発の、横浜の小宮山さん作の読み札の一枚です。

そうなの、これよね!と拍手喝采です。

まず目に入るのは、ちゃっかりパクッてる構成、にんましてしまいますね。そして、こちら側の、京都市民を大切にするというスタンスをソフトにしかもキッチリと表現することで応えています。

相手の非をあげつらいキリキリと攻撃することにエネルギーを消耗させていません。

見事です。相手の土俵に乗せられていません。やんわりときっぱり相手のペースを超えています。

★ 今、私たち主権者の最大の課題のひとつは、情報戦略です。

主権者教育がお留守にされるようになって、平成人は『個人主義・基本的人権・平和主義』の3点セットも、憲法そのものも知らない、組合の組織率は低下、労働基本法を若い組合員は知らない、という話を聞くことがあります。

かくいう私自身、偉そうなことはいえません。戦争なんてこの国ではないのが当たり前という空気を吸って来れただけで、遅まきながら一から学び始めたばかりです。

★ そんな私でも、ひと目でわかる、希望が持てる、なんとなく感じていたことがハッキリする、そんな表現を、誰よりも私自身が求めています。

それぞれの課題を、イラスト、漫画で表現された週刊誌、『新生日本』(如何でしょう?このネーミング)がコンビ二に100~200円で並んでいたらつい手が伸びないでしょうか?

わかってる人しかわかっていない状況から、私たち庶民に、ホントのことが広く知られるようになったら、この国に暮らす私たちの暮らしはもっと楽に和やかに変わり得ると思っています。

★ ゆっくり一歩一歩時間をかけたいところです。

しかし、安倍首相の国会での、例の回答「私は、幅広く募っているという認識だった。募集しているという認識ではなかった」、のみならず、いやでも目に入ってくる、討論にならない日本語には、危機感がつのります。

国土と同じように、これは文化の徹底破壊であり、さらなる亡国の危機に私たちは瀕しています。

こんなときにこそ、『余裕』を持ちたい、とすぐテンパってしまう私は修養の必要を感じております。

★ こんな楽しくなるチラシ、うれしくなりますね!

『県庁所在地の10年③』

毎週木曜日は、◆子供らに寄せて

今日は、シリーズ 母の来し方を振り返る

県庁所在地の10年の3回目です。

★ 山形市にいる間、よく山に行った。ガイドブックを買い込み友達と一緒に、1人で行くこともあった。大学が封鎖されたので同級生と蔵王山に行ったところ、山小屋が人手がいるというのでそのまま残ってしまった。

秋田犬と一緒に、付近を庭の如く歩いた。夏から冬の初めまでいた。

大学が再開されたから、だったと思う。仲のよかった同級生が帰って来いよ、と山小屋に迎えに来てくれた。

結城登美雄さんも来てくれた。結城さんは宮城県在住、今では、『地元学』の第一人者である。同級生付き合いはほとんどないけれど、内心誇らしい。去年、FACEBOOKでつながった山形の友達が、結城さんとコラボして地域活性の活動をしているということで、わざわざ電話をつなげてくれて50年ぶりにお声を聞くことができた。何十年会わなくても気心通じている有難い友達のひとりです。

さて、しかし私は山小屋に残り5年で大学を卒業した。この山小屋は、だいぶ前に大雨で流されてなくなったと風の便りが届いた。

途中退学しないのが私の当時の流儀であった。大卒の資格がいつか役に立つことがあるかもしれないとも思案した。

実家には、なんかわけのわからない娘が1人いて言葉のかけようもない。私は気が引けてもいたけれど実家にしてみれば、やりたい放題で過ごした。すみませんでした。

★ 卒業論文は、『伊藤野枝にとっての生活者』がテーマで私なりに必死で書いた。

このテーマを選んだのは、「生活者」に興味があったこともある。7人兄弟のほかの6人は中学卒業してすぐ働いていて、この違和感は何なんだろう?といつも気になっていたから。

それに加えて、全集が一冊だけで大正時代なので文献を読むことが出来たからだ。自慢ではないけれど。古文の読み方、授業で教えて頂いたがマスターできなかったのだ。なんとも勿体無い話である。

卒業してからも長い間、卒論の締め切りが迫っている!と冷や汗をかいて目が覚めた。きついけれど快感でもあった。80点を頂いた。

★ 大学闘争の空気を吸い普通の就職をする気がなく、教員免許だでは取ったけれど体制教育の先生は無理と思っていたし、大学に就職斡旋は頼まないで、

卒業してから1シーズン、天童の果樹農家に、こっちでいう出面に出た。りんご、ぶどう、さくらんぼの手入れをした。除草剤撒きもやった。果樹とはおそろしく手がかかるものであった。一緒に作業する先輩のおばさん方とは、1人若い私は話もできずじっと聴くばかりであった。

★ 映画が好きでよく見た。正月の福引で“WEST SIDE STORY”の70ミリ版を見ることができるというので、弟と2人で福引に並んでいる人から福引券を譲ってもらったりした。メインストリートの福引所の雑踏、弟と私、そのシーンが目に見える。

アートシアターの映画、フランス映画、イタリア映画よく見た。

★ 1971年の11月の末、山形にあったミニシアターで、“LET IT BE”と“WOODSTOCK”の二本立てを見た。ショックは大きく文字通り言葉を失った。

その直後、山岸会を頼って東京に出た。

山岸会には、1969年の春に、三重迄“特講”という合宿に行ったことがあったのだ。その帰りの東京、銀座ではいくつもの炎が上がり交番が燃えていた。

東京で、といっても、吉祥寺、荻窪、国分寺、国立の中央線沿い、出会った仲間達とシンクロして、玄米食養食に出会い学びあって、以来ずっと食べ物、衣食住には出来る限り自然に近くを心がけてきた。

山形市での10年は、荒木家もスーパーマーケット経済に巻き込まれ、味の素にソーセージ、白パン、インスタント食材中心に変わった。母が大石田での料理をつくっていたシーンが蘇る。

★ 去年の春早く、山形市を訪れたとき、最上藩以来のか、文化の蓄積を感じた。繁華街の街並み、駅ビルに並ぶお土産品のグレードの高さ、接客の品のよさ、住宅地のたたずまい、何もかも時間の圧倒的な差を肌で感じた。50年の間に本当にレベルアップしたものだと感動しました。

初市とかもうないのだろうか?近郷から老若男女が集まりおおいに賑わっていたけれど。

帯広は今朝一年以上ぶりの積雪でした。気温が高く山形のような重い雪でした。

『言葉に気をつけねば』

毎週水曜日は、◆読む・書く・話す

ずいぶん範囲が広いですね。

今日は、渡辺京二さんの『万象の訪れ』から、ズキリとした箇所のメモです。

京二さん、今90歳、読書量の膨大なることにもまして、思考と感覚を文になさるその力に圧倒されています。図書館にある全巻約25冊を読むことになるでしょう。

あまりにもものを知らなすぎるとため息つきつつ書き出します。

鈍感な言葉たち P220~222 より

『「体を張る」というのは賭博用語だから、革命家たる者がそんな言葉を遣うのは不見識だと中野重治が書いたことがあった。・・・中野の言葉に対する感覚の鋭敏さに脱帽した。・・・なにげなく遣う言葉に対しても敏感であれという教えを、このとき私が肝に銘じたことは間違いがない。』

(「体を張る」 知らなかった)

『「ちなみに」というのは相当構えた言い方で、学者ででもなければふつう遣うことはなかったと思う・・・

気取りたいと思っても、はずかしくてできやしない、これがひとむかしまえまでの感覚だったと思う。はずかしいということがわからなくなった。「特段に」とか「ちなみに」とか言いたがる自分を、うろんなものに感じる感覚がなくなった。つまり、言葉に対して私たちはいちじるしく鈍感になったのだ。』

(特段は私には初耳、ちなみには知らなかった。もう遣わない。)

『鈍感といえば「あげる」の流行こそそのきわみではなかろうか。「やる」と言えばいいものを、みんな「あげる」と言い換える。・・・これは気取りからではなくて、はやりのやさしさ志向、あるいは人権意識からのことだろう。・・・「あげる」というのが、目下の者あるいは弱者への慈恵的な表現であることがまったく忘れられている。』

(「これは気取りからではなくて~ことだろう」は要熟考。あげるの遣い方は知らなかった)

ああ、いやだいやだ P223~225 より

『三十年ほど前の映画を観ると、男も女もきちんとした切れのよい綺麗な話し方をしていたのがわかる。語尾もすっきりと言い納めている。しかし、こんなふうに話すというのは意識的なコントロールを要し、多少の緊張を伴う行為なのだ。それにひきかえ、語尾のばしはねあげ話法は、本質的に自分をたれ流すモノローグなので、緊張もコントロールも必要ない。つまりは人前で寝そべっているような話し方なのである。・・・ダラーッとしているのが反抑圧的で自由でよろしいという、八十年代以降この国を支配しているイデオロギーが喋りかたにも具現しているわけだ。』

(語尾のばしはいけないと話し方教室でも教えて頂いた。純正な話し方に触れる機会がまずないし、ましてトレーニングは意識してやらなければできない。伝統芸能の若い人の話し方は立派ではなくてまともなのだ、と気づいた)

『自分が喋ったあとで、いちいちうんと首を振る。・・・昔はこんなのは威張りたがり屋のすることで、ひとなみの羞恥心の持ちぬしならできることではなかった』

(いる、いる。自分も同じことを二回続けていう癖があるので意識してやめるにことにする。)

『にたーとして、無礼で横着な人間が好まれる。芸人がみなそうである。芸人は万人のあこがれであるから、日本人全部がそうなってゆく。写真をとれば必ずVサイン。ガキではあるまいしと思うが、実はみんなガキが理想なのだ。』

(Vサイン、もう止めた。吉本の芸人達の興行に行ったら会場は笑いの渦、1人取り残される私であった。人をこ馬鹿にして笑いが取れるって、ああ、いやだいやだ)

『「-させていただく」という言い方も、やさしさを装って大衆のご機嫌をとり結ぶ時代であればこそ横行する。・・・こういう欺瞞的で無知な言辞が横行する時代に生きるのはほんとうにつらい。』

(「させていただく」は、いいづらくて殆どつかわなかった。藤本先生のブログで教えて頂いて文書でもやめることにしたばかりだ。)

『・・・現代が何から何まで悪い時代だとは思っていない。むかしの悪弊があらたまった面はいくらでもある。だが、今日のように胸くそ悪い自己顕示欲・自己肯定、鈍感で無知な言辞が横行する時代は、これまでの日本にはなかったと信じる。

・・・半可通が威張っている今の日本・・・戦時中の軍人政治家や狐憑き的日本主義者の言辞を、額面通り受けとるのは子どもばかりだったのである。。

かつて日本人の話法を特徴づけていたあのしっとりとした抑制、成熟した落ち着き(実例を知りたければ昔の名人の落語、講談を聴け)は二度と戻らず、アーアーアーとカラスみたいないまどきの喋りかたが、おそらく日本語の革命的なイントネーションとして、この先定着してゆくのではあるまいか。ああ、いやだ、いやだ』

(・明治うまれの母の言葉を失わせる行儀の悪さを自由と思って威張り散らしていたガキの自分を思い出す。・わが師と私が一方的に思っている先生はよくご自宅の中に入れて下さったものだと赤面する・二周り年上だった息子たちの父親の話し方、あれが時代の文化環境だったのだ、悪いことをしたと思う。

山河破られて国あり、なこの国の現況である。破れているのは、山河だけでない。文化そのものが根こそぎ引っこ抜かれてしまっている。一般庶民の共通認識、倫理的な人の道の支えが低劣極まりないものに取って変わった。まがりなりでもトップの空気をこの国の多くのひとびとはそのままコピーする。

絶望的ではある、しかし、雑草の息吹きのごとく諦めない人々があちこちで生息している。起死回生に向けて、能天気にも、あくまで希望に焦点をあてる。コツコツ作業を重ねて継いでくれる次の世代に、未来に手渡したい、とわが身のほども弁えず、願うのである。なんとしてもオトナの門をくぐろうとの願いを久しぶりに思い出した。)

ゾクゾクしながら一読。どの本も一回では間に合わず、二回三回と読みたい。速読法覚えるかと思う。

『「自分史活用講座」を受講すると決めた』

毎週火曜日は,◆自分史をつくろう、今、未来に向かって

このブログのメイン・テーマです。

今日は、『自分史活用推進協議会』様の自分史講座を受けようと決めたことについてお話します。

★ 『しうこばーばの自分史講座』の名刺を作った(息子に作ってもらいました)途端に、FACEBOOKの友達のタイムラインで『自分史活用推進協議会』なるものがあることを知りました。

その友達、柳沢さんといいます、はすでに講師として自分史講座を始めていらっしゃいます。柳沢さんの真摯な姿勢に心打たれたこともあり、協議会さんの講座を受けよう、と決めました。

柳沢さん「え、札幌であったばかりなのに」ということでした。

ホームページを開いてリサーチしてみますと、札幌周辺で活躍中の方が何人もいらっしゃるんですね。

入門の冊子をお願いして、講座開講のメールもしました。新たな一歩です。

★ 名刺を作るまでは、実は、「おひとりおひとりの自分史」のことは、あまり考えていませんした。この20年でまとまってきた私なりの自分史の方法をワークショップ形式でお伝えしようというのが中心でした。

① 初級  ・ありがとう ラッキー・ダイアリー ・勇気の言葉集 ・ポスターとカード

② 中級  “分身手帳”をつくる  ・私が生きる意味 ・未来のイメージをつくる ・ほしいものリスト ・勇気の言葉

③ イマに集中するために  ・時間の使い方 ・健康 ・段取り 等々

④ 来し方を振り返る

⑤ 子供たちに伝えたいこと

といったところでした。

★ “自分史”で本を検索しますと、まず四冊出てきました。

・「自分史年表」 ・工藤美代子さんの「自分史の書き方」 ・齋藤孝さんの自分史の書き方」 ・「自分史2.0」

興味深々、注文します。講座に参加する前の予習をかねて読まねば。

★ ううむ、これは私にとっては新しいことにチャレンジです。

・お話を拝聴する  ・寄り添う   ・必要な場合アシストする  ・来し方の振り返り方、すくい上げ方、意味づけのしかた 等々

これまでおつきあいしたことのない方々とも一緒になることがきっとある、できるだろうか?

案ずるよりうむがやすし。一歩一歩です。と自分を励ますのです。

名刺です。テーマカラーは、キミドリです。
こちらが私の“分身手帳”です

『ぼちぼちいこかーその②』

毎週月曜日は、◆小さいビジネスを始める

今日は、『ぼちぼちいこかーその②』です。

★ 昨日の日曜日は数々の応援に恵まれた一日でした。

☆ Youtubeで、宮台真司さんからは、現在の若者の状況と生きることの核心をズバリと。自己肯定、自信を持つことについてあらためてハッと気づかされる

☆ 久しぶりに仲良しの友達から電話あり  気の置けない長話 

☆ 作文と情報発信の藤本先生のブログでは、『楽にすぐに出来て収入が入る、というのはウソ』と。

☆ 映画『誰がために憲法はある』でこれまた仲良しの友達のご両親にお目にかかった。イキイキ・のびのび、ワンダフルなお父さんとお母さん。

こうして書き出すことでぐっとハッキリとして、記録することでそのシーンがひとまず完成することを実感します。

それで夜には頑張って、このブログにYoutubeから貼り付けながら投稿をすませました。私にはチャレンジなのです。 

★ 時間の使い方は少しづつうまくなっているものの、まだまだ工夫が必要です。なかなか思い通りに進みません。

一方では、慌てていたかもしれないと思いなおしています。

それで今の課題をもう一度リストアップしてみます。

① 読書会の二回目 取り上げる本は渡辺京二さんの『逝きし世の面影』

・京二さんの本あと二冊、『逝きし世の面影』を再読

京二さんの本を選んだのは大正解だった。力をもらっている。

・自分のまとめをする

・『読書会入門』で心構えとノウハウを学んでおく

・会場日時設定 FBイベントページ チラシ 『道新デリバリー』に告知掲載依頼

② 『しうこばーばの自分史講座』

・ まずこのブログの毎日更新 ブログの書き方を学ぶ 

・ 情報発信 メールマガジン TWITTERでも

・ 講座内容の編集 紙芝居パワーポイントを作る

・ 初級講座 4月までに何回か 日時場所の設定 告知

・ 『自分史活用協議会』の講座を受講する

    『自分史2.0』を読み概略を掴む

③ 資料と本を整理する  棚を手に入れる

④ 準クラウドファンディングをする

  「自分がなぜ『しうこばーばの自分史講座』をやりたいのか」を思考して文にする

・『自分史活用協議会』の講座受講   ・本棚と書棚(リサイクル・ストア 無料交換サイトをあたる)   ・ 情報発信、作文、ビジネス構築について相談、交流する

以上の費用の援助を求める

★ キーは、

自己肯定 と 絶えず刺激を受けること 

の二つです。いつも揉まれていようと思います。

最後はこれ、

自己達成こそ最高の勇気づけである

ライフワーク『しうこばーばの自分史講座』に全力を注ぐべく、遅れている小さな政治団体の仕事にも集中です。しばらくできなかった瞑想を再開しました。

★ 今日の勇気の言葉

「たとえどんなに大きな目標でも

小さな足取りで

着実にねばり強く

一歩一歩進んでいけば

必ず実現することができます。

どんなに立派な計画でもそれを実現するために

積み重ねられる一歩一歩の大切さには

とても及びません」(J キルシュナー)

日が長くなってからまもなく2ヶ月になろうとしています。今日の夕日です。

『こんな風にトシはとりたい』

  

毎週日曜日は、◆素敵にエイジング

今日は、それこそ素敵にトシとっている人たちをコレクションしますね。

★ まずは、ジョーン・バエズ。こちらは75歳を祝うコンサートでポール・サイモン、ギターにリチャード・トンプソンを向かえて“”ボクサー”

心に沁みます。三人共、まさに最高です。リチャード・トンプソン、生きてるうちにコンサートに行きたい。

★ 次は、パティ・スミスです。

https://www.youtube.com/watch?v=XfeIk5XKnf8&feature=youtu.be&fbclid=IwAR2WQFVcND-V-T2IAalBK3cmpw3xxe-jXzUpfXYmLwXvTwflvTRtW0TH4Ds

石橋知生さんのコメントより拝借します。

詩は、


>そして私たちの世界を夢に見る
混乱した回転する球体
心を痛ませる不公平
法を無視する傲慢
地球を荒らす炎
それでも私は考え続ける
素晴らしいことが起こることを
おそらく明日には
連続してつながる明日にAnd I dreamed of our world,
A spinning ball of confusion
Heart-wrenching injustice
Unconstitutional arrogance,
Fires raging the Earth
Yet I still keep thinking
That something wonderful is about to happen
Maybe tomorrow
A tomorrow following a whole successionそして、呟くように歌われ出すニール・ヤングのエコロジー・ソング「アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ」。

シビレます。

★ 次はウィリー・ネルソン 当時77歳くらい、今87歳、ニュー・アルバムも出しました。ちょっと体調をこわしていたようですけどまた元気に、いつまでも!

★ 次は、クリント・イーストウッド。今年の5月で満90歳。

ただ今、監督した新作公開中。ここまで来ると、この生命力と創造力は、生まれつきなのでは?と思ってしまいますね。
https://www.youtube.com/watch?v=e1iMsYI8xTU

★ 今夜の最後は、レオン・ラッセル。
よかった、デレクたちと一緒にできて。

https://www.youtube.com/watch?v=ZAWn6Z8CtZg

でっぷりしちゃっても声がでなくても、そんなこと別にいいじゃない。レオンなりのトシの取り方なんだもの。

なんと、このレオンが帯広に来たことがある!信じられない!ピアノ、メチャウマ!身体が踊り出す。一生の宝物。

https://images.app.goo.gl/jWKAM1Xe3SJXqJ9cA

『土曜の朝は、ホリデー気分』

毎週土曜の朝は、NHK FM をかけてまったりすることにしています。

今日は、ゴンチチさんの『世界の快適音楽セレクション』1000回記念の特番で、“weekend sunshine ”はお休みでした。

時間を気にしないプログラムで長~い曲も次々とかかりまして、いつものこんにゃく湿布をしながら珍しく布団のなかでゴロゴロ、起床は10時半でした。

☆ 弟が送ってくれた鮭の切り身をファンヒーターの前で干して(すぐ干せました。つまづかないように気をつけて)

ゴマと青のりを入れました。生姜も入れたいところです。

☆ ついでに弁当もつくりました。

玄米にそのふりかけをかけて、宇井さんのキャベツに草薙さんの卵、白菜のキムチ。スムージーは協働学舎さんのニンジンと宇井さんのキャベツです。

弁当は、夕飯用で、パートのたい焼きやで、お客さまが途切れたときに頂きます。

『パートの後家に帰ったら①スマホもパソコンも開けることなく②もう何も口にいれることなく③10時には就寝すること』

意外と難しいんだな、これが!

☆ 寒干大根を作らねば、と息子に大根を買って来て貰いました。

糸を通して干します。寒干しは、カビを気にせずにすむので楽で、その上うまい気がします。

去年夏の高温でダメにしてしまったので今年は保存注意、煮付けのほか正月料理でひたし豆に合わせます。

☆ この31日に坂口恭平さんが帯広に来る!というので、楽しみにしています。

☆ 今日は風があって寒かった。でも気温はそれほど下がっていません。

今冬愛着の駅のイルミネーションです。