『あくまで希望にフォーカスする~その①』

1177/10000 7月7日(金)2023
毎週金曜日は、◆新生日本起死回生プロジェクト
『子供たちが安心してスクスク育つ日本を蘇らせたい』
この願いをこめて思われることをお話します。
時間と体力が限られていて できることが少なくて気が引けております。


6月21日、第211通常国会が閉会した。国会は絶望的である。
話合い、討議がなされてないまま次々と悪法を成立させてしまった。
① 戦争参加への道を開く『防衛財源確保法』 『防衛産業確保法』
② 原発の60年超の運転を可能にする『GX脱炭素電源法』
③ 難民申請中の強制送還停止を原則2回に制限する『入管難民法』の改悪
④『LGBT理解増進法』は「多数者に配慮」の条項を付け加えて成立
⑤ 健康保険証を廃止して『マイナ保険証』に一本化する改正マイナンバー法


野党の自公維+一見野党実質与党政党が3分の2以上を占めてしまい
立憲野党の足並みは揃わない。

話合いをやろうとしない、話し合いができない、これは本当に困る。
判断基準は目先の損得、自分たちの欲得の満足以外にない。
なんて貧しいんだろう。本来の意味での道徳、倫理、品格が欠如している。
道徳、倫理、品格とは何か?
いちばん弱いものを憂いて思いやり具体的に手を差し伸べること。
惻隠の情が湧く人格であること。
いちばん恐ろしいのは、文化の凋落である。
日常の目先のことの先にあるワンダフルなもの、美だけでなく目をそむけたい醜も混沌も
受け入れる感性の広さが失われると、日常もやせ細る、つまらなくなる。

40代以下の世代は、物心ついたときから安倍政権で、
これが当たり前と感じているんだろうか?
50年前、この列島中をデモが席巻していた歴史がほとんど伝わっていないらしい。
そのころが100%よかったわけではないけれど、
ベトナム戦争はダメだ!と声をあげることは普通のことだったのだ。

二度とさはさせじ、と着々と布石を打ち実績を積み重ねてきた 敵もさるもの。
✖奨学金はローンにしてしまった。若者生きていくだけで精一杯になる。
✖教育基本法を変えて
✖選挙制度を変えて、自民党の得票率は25%で、国会の議席は50%
✖消費税を上げて所得税を下げて
✖賃金は30年上がらない  大企業の内部留保は爆増一方
✖コロナ以降、物価は上がり、公的保険料は上がり、医療負担は増えて
年金は減って、郵便局ではばら銭の貯金にも手数料がかかる  などなど
私たちの無力感の醸成に長けている。


ところが、なにがあろうとあきらめとは無縁の人たちが、この列島には多数いてアクションを
続けているのだ。戦後民主主義世代が70代となり、体力的にも頭の方も、IT空気の若い世代にはかなわないのであるが老骨に鞭打って頑張っている。40代以下の若い人たちと共にやれたら
ホント、元気が出るというものです。



『もうこの国はダメだ』、主に男性のインテリ層からこの声が時々聞こえてくるけれど
それはないよ、とビギナー・ババの私は反応する。オンナはおなかの真ん中にイノチをうみはぐくむまるい島を抱いているからね。第一、家族にもなかまたちにも 目の前でお子たちが次々と生まれてきている。お子たちが安心してスクスク育つ世の中であること、このことが、私の願いの核心です。お子たちの自殺者数の更新、若者の死因のトップが自殺~この国は狂っている。


政治は苦手、ほんとは、❝自分たちが望む生き方を作っていくことで❞政治をまわりから変えていければと思って長いこと政治から引いていた。最近あるZOOMの交流会で参加者のひとり、Yumi Nakasoneさん(沖縄・北谷町町議)が訴えました。
「Pファースの水の問題で、私は町議になりました。最近沖縄諸島に自衛隊のミサイル基がどんどん人家のすぐそばに作られて弾薬が積まれている。水のことに気を取られて最近気が付いた。暮らしと生活のことをやっていても、一度戦争になったらすべてが壊されてしまう」

お子たちは希望そのもの、 あくまで希望にフォーカスするにあたって
絶望的な状況をざっと見てみました。絶望は希望の始まり、今が終わりの始まりでありますようにと願いつつ、次回より、希望をリストアップしていく予定です。

ジューンベリー鈴なり あっという間に終わりました。近所で借景





『歴史が全然伝わってないみたい』

1165/10000 6月9日(金)2023
毎週金曜日は、◆新生日本起死回生プロジェクト
今日は、そうか、歴史が伝わってないんだ!と知ったことの
メモ書きをしておきましょう。


そうか、そもそも知らないんだ!
60年前、50年前は、デモが列島中を席巻していたことを、
と知ったのは、先日のあるコミュニティのZOOMでのトーク会でのこと、

正確には1960年の日米安全保障条約反対運動、
1965~1975年のベトナム戦争反対運動、
1968~69年の大学闘争の時代、
1970年の日米新安全保障条約締結反対行動には、
デモもストライキも普通のことだった。
私は活動家でもなく、
そのやり方が100%よかったとも思わないし
それがそのあとの権力側の作戦を
成功させてしまったことの原因のひとつでもあるだろう、
(この過激なところだけががクローズアップされて
伝わっていることもあるようだ)
でもイヤなことをイヤだと行動することは
今よりずっと当たり前のことだった。



このところ国会では与党が専横跋扈
強行突破を繰り返して理不尽な法律を成立させてしまっている。
物価は上がり医療費は増え年金は減り、国民皆保険もあぶない。
子どもたちがこれが当たり前と感じて大きくなるとしたら!
このまま平和憲法が変えられてしまったら
後がない状況である。
イヤなことはイヤと言わないと、と焦る。
トシとともに後続の世代のことが気になるババの危機感がつのる。



ふり返れば、私たち戦後民主主義年金世代の方は
失われた30年の様相とその空気と
それを吸ってきた50~40歳以下の若い人が
肌身で感じて、心で思って
あるいは言葉にならないことは
わからないのではなかろうか、
確かにピンと来るまでには至らないだろう。
50~60年前に、1920~30年のことを言われたって
まあ、鼻にもひっかけることもなく
ピンとも来なかっただろう。

昔はよかったなんて話ではなくて
昔と今のいいとこどりして
そう、そのZOOMでのトーク会のテーマ、
今をどう生き延びるか、
このことに向かって
世代を超えて
具体的なノウハウを、哲学倫理常識付きで
身につけていきたいと
これを書きながら思った。
私が具体的に役に立つには何ができるだろうか?
それをうみだそうとしながら。

GLでヒメイワダレソウ、のようです。@夢の北広場




『生きてるだけですごいんだ』 

1149/10000 4/27分 5月14日(日)記 2023

今日は昨日行って来ました講演会のレポートを致します。
その講演会はこちらです。

『ゆめパのじかん in とかち 輪~むでつくるみんなの居場所』
西野博之氏講演会
「居場所のちから~生きてるだけですごいんだ~」

◆会場はほぼ満員、生まれたばかりの赤ちゃんから米澤市長さん迄、社会の中堅どころの方々の熱気があふれていました。

西野さんのお話に先立ち、地元十勝で居場所づくりをなさっている方々=輪~むの皆様のご挨拶があり、こんなに多くの人がすでに活動してるんだ!とびっくりしました。30年前と比べたら進歩している、それは世の中が大変になっているから、これも事実ですね。



『日本の若者の死因のトップは自殺、小中高校生の自死者は2022年再び過去最高を更新
 自分を素晴らしいと思っている自尊感情を持つ子供は20%、
 こんな先進国はない、日本だけ』

 西野さんのお話には、はじめからビシバシ来ました。



① 学校に行けない、学校を中退した子供たちの居場所つくりにかかわりはじめたのは1986年、以来幾多のクレーム、困難を乗り越えて川崎市で公設民営の『フリースペースえん』を開設、行政と民間と共同でつくった『川崎市子ども夢パーク』の所長を2021年まで16年お勤めになりました。

② 子供たちの居場所では
居場所のない子供たちが安心してなにをやってもOK
評価されない 上からの押し付けがない そのままの自分でいい

③ 居場所を得て、自己効力感=私ってできるじゃない!をゲットするには
 ・焚火を囲む ・暮らしを取り戻す ご飯を一緒に作って一緒に食べることから

 ・消費脳から生産脳へ


④ 話し合いを重ねる
川崎市とのコラボに当たっては2年間で300回の 話し合いの場を持った

⑤ 地元のネットワークが大切
 プロとしてやってきたこと、得意なこと、できることを提供しあってやっている

⑥ ゆる親でいい
 明治維新以来の、戦争の兵隊を養成するための管理教育に合わせる必要はない
 限界が来ている

⑦ 民意が変わってきている
 自分たちの生きやすい社会をつくる実践が全国で広まっている
子ども食堂は全国に7000か所開設されている。



◆ 『日本の若者の死因のトップは自殺、小中高校生の自死者は2022年再び過去最高を更新
 自分を素晴らしいと思っている自尊感情を持つ子供は20%しかいない、
 
こんな先進国はない、日本だけ』
2年前このことを知りずきゅんと来て
生きるために生まれてきた育ち盛りのお子が自死とは
管内でも珍しいことではないという。
信じられない、信じたくない。

以来『子どもたちが安心してスクスク育つ世の中に変えるために
その基礎の基礎を担おう』
では私に何がができるだろうか?
と思案を続けてきました。
このリサーチのためにも参加したわけです。


西野さん
 ご飯をいっしょに作って一緒に食べることから
『 消費脳から生産脳へ 』


これはもうビシバシきまくりです!
30代、長野県の山の中の一軒家で電気ガス水道ナシの暮らしのなかで
ふたりの息子を育てた経験の中で
その土地、清水平の地母神に与えられたことばが
『うむ・はぐくむ・わかちあう』だったからです

もう一つは、13歳まで高度経済成長以前の世の中であったこと、
人口の約50%が農業だった時代を知っている世代として
その中から、いつの時代でも変わらぬものを
後世に伝えようとしているからです。

更に、『 自分は大切な存在だ』と身の内からふつふつと湧き上がってきたら
自分たちの望むそのものをつくるのと並行して
イヤなことはイヤだといい、ダメなことはダメだといえる自分と環境をも
つくっていこうと、子供たちに伝えたい。
子どもの権利を教えたい。されるがままになっていてはダメと伝えたい。
でないと、気づいたら根こそぎやられてた、徴兵令状が来た、なんてことになる可能性が
否定できなくなってるから、すごく心配です。

◆すでに30年以上実践され実績を積まれ
こうして身を挺してリアルでお話なさっておられるお姿に
会場の多くの人が勇気づけられたに違いありません。

国会の様子などウオッチしているとその常識の欠如と人倫の凋落に愕然とする、
でも諦めることができない。なぜなら
こうして、自分たちの望む未来を今作っている人々が列島中にいること、
少子高齢化社会とはいえ、家族、友達に次々に赤ちゃんが生まれているからです。
あくまで希望にフォーカスしています


では限られた残された時間で私にできることはなにか?
あれこれ浮かんでいるアイディアに、ハッキリとしたメリットを加えて
友人知人にたずねながらつくっていこうと気持ちを新たにしました。




⤵去年の葉ばかりで、まさか枯れてしまったのか?と近づいたら、ちゃんと新葉を出していました。ヤチダモの大木@大通公園

『宮台さんとTAKAさん』

1136/10000  4月14日(金) 2023
今週から、曜日ごとにテーマを決めました。
おおまかですので変わることもあります。
毎週金曜日は◆新生日本死回生プロジェクト
この国のこどもたちが安心してスクスク育つ世の中の
石垣の石を、ひとつひとつ手で積んでいきましょう。

希望にフォーカスしてポジティブな情報をコレクションしております。


先日 おお!とびっくりしたのが
社会学者にして博覧強記、無双の論客、宮台真司さん
ロックバンド、ONE OK ROCKのフロントマン、TAKAさんとの
この2ショット。
⤵宮台さんのTWITTERより。
宮台さんのこの笑顔、相当に深い。
TAKAさんが東京ドームでのコンサートに、
一命危うしの大怪我から回復した(途中なのでは?)
宮台さんをVIP席に招待したそうな。
宮台さんが襲撃されたときにはTAKAさんはすぐ
安否を問うていたそうです。

画像


宮台さんのこの笑顔を私なりに勝手に読みといてみると・・・

どこをとっても絶望的に見えるこの国に
不敵な希望を据えている。
その不敵な希望を若い次の世代に送ろうとしている。
宮台さんの息子さんほどの年齢の若いTAKAさんとの
相通ずるものがそうさせている。
一方的に上から下へ、ではなく
お互いのシナジー効果で。

立憲民主主義が機能しなくなっている。
ひとつ明らかなのは
公教育の場で
現代史、日本国憲法、人権教育、
それに哲学を学ぶ場がほとんどない、
なくされてきてそのうえ
歴史修正主義が攻勢を強めている、
この事情がある。

立憲民主主義は貴重な、尊いもので
なくしてはならない。
私たち戦後民主主義世代は何とかならないかと
胸を痛めている、でも
若い人達の大人数の声があがらない。

巨大にみえる瘡蓋は
落ちるのまかせるほかないのかもしれない
NO!の声をあげても仕方ないのかもしれない、
でもとばっちりを受けないように。

それをなんとかする手立てはないのか?
子どもたちが自殺しなくてすむ
私たちシニアがちぢこまって下を向いて息をつながずに済む
そんな世の中にしたい。


立憲民主主義+アルファ
アルファからの声がきっと上がる
イノチそのものからの声があがる
と思いたい。

農、魚、林業の基礎産業が衰退して
IT、AI、はてはChatGPTの今、
身体能力、身体感性が衰えてはいるけれど、
イノチそのものからの声はきっと上がると
思いたい。
パーセントは少ないかもしれないけれど
そう生きているネイティブ日本人は
列島中にたくさんいて健闘、奮闘している
中小ビジネス界でも、すごくクリエイティブに
挑戦してがんばっている人が少なくない。
あくまで希望にフォーカスです。
目の前でなかまたちに子供が生まれてくるし
私の孫たちも目に見えるように大きくなっていく。


ミュージシャン、それもボーカリストの
TAKAさんとの相乗効果で発生する
宮台さんのこの笑顔を
勝手に読みといてみました。

どこをとっても絶望的に見えるこの国に
不敵な希望を据えている。
その不敵な希望を若い次の世代に送ろうとしている、と。


⤵ お二人に満開の花に初々しい葉を出してきた
  帯広のサクラを送ります。

『笑いが一番、笑わなかったらマケ』

1123/10000 4月1日(土)2023
今日から4月、実は今は12日の朝です。
今月中には当日投稿に戻そうと試みております。
❝急いてはコトを仕損じる❞

さて今日は、昨夜11日の
村本大輔さんとせやろがいおじさんのスタンダップ・コメディ公演@帯広。
会場は街中の繁華街ビルの五階、A.C.Eさん(前日に会場捜索、確認)
のレポートを忘れぬうちにしておきます。アトランダムで参ります。

⤵主催のお母さん方 勝毎に掲載

3人、テキストの画像のようです


◆ウトさんが軽く会場を和ませてくれた後、いよいよ、わあ、ナマ・せやろがいおじさんだ! 会場、これがほんとの、万雷の拍手!この後、爆笑に次ぐ爆笑、+おおむね大の拍手の3時間。
◆ 切れ味スルドク、言葉は直截、忖度ゼロ。これでいいんだよな。
 原発、辺野古、沖縄、統一教会、公演にまつわるあれやこれやの詳細、坂本龍一さんとのエピソード・・・最後の最後に
子どもたちの自殺のこと、じ~~~んときてグサッと胸に刺さった。
子供たちが自殺なんて考えないで安心してスクスク育つ世の中に戻すためのアクションが最優先の課題だととらえているから。子供たちは空気を肌で感じている、その通りだ、ぴったり刺さる。
とても3時間では足りない、名残惜しそう、村本さんとせやろがいおじさんも、私たち観客も。

◆ 言葉、それが出てくる瞬発力が、プロとは言え、スゴイ!
 どの問題も当事者には一筋縄では行かず一刀両断できるものではない、
 正か邪か、その間のグラデーションをどれだけ感じ取ることができて、しかも
 ほんの少しでも正の方に向かえないものかと頭と心をめぐらす。

◆お笑い芸人って、HSPでなかったらつとまらないんでなかろうか。
(HSP= 感受性がとりわけ敏感できめ細かい人)しかもその敏感さをそのまま出したのでは芸がない。職業となるには、一回り大きな表現を防具として、頭と肌で作り上げ、言葉で表現することが必要で、それがやりたくてたまらない+それを貫徹せずばやまじ、こんな才能を持ち合わせたお二人でした。

◆会場は、爆笑に次ぐ爆笑の渦、問題が深刻でワーっとは笑えないものもあったけれど。
深刻なことを深刻だけでは負けそう、笑って話せる心の余裕がほしいよな。
笑いが一番。笑いは武器。一般庶民は陽気なのだ。(宮本常一『絵巻物に見る日本庶民生活史』)
◆70~100人くらいはいただろうか?いつもの知ってる顔は、17,8人くらい。ざっと4分の3は知らない方でした。このことがとっても新鮮!
やっぱりリアルで会えるとうれしくて生まれるチカラが違う。
札幌で道議会議員に立候補したたのもしいまきさんともすぐ仲良しになりました。

◆『新生日本起死回生プロジェクト』
4分の3は初めての方、リアルで会えるとやっぱりうれしいなかまたち、爆笑に次ぐ爆笑の3時間、全国を直接ネットワークでまわる芸人さん、
笑いが一番、笑わなかったらマケそう。
❝あくまで希望にフォーカス❞を確かめた一夜でした。


ゲットした ばかりのを着込んで出かけました。

『私たちはよみがえることができる』

1111/10000  3月20日(月) 2023
◆シリーズ 3/14~2 山形・宮城報告その
今日は、宮城県石巻市の牡鹿半島の南側の付け根の蛤浜の
『浜の暮らしのはまぐり堂』さんに宛てて手紙を書きます。

蛤浜は世帯数が九つのの小さな漁村でした。東日本大震災と大津波で3世帯人口7人に激減、4人にひとりが60代以上、
蛤浜出身の亀山貴一さんは、愛する蛤浜の暮らしを時代の要請を見据えつつ後世に伝えようと、水産高校教師を辞めて復興と事業に取り組みます。

亀山貴一様
  理子様 
菅原尚子様


先日は、押切さんについて行って寄らせて頂きまして ありがとうございました。
ちいさなめんこい蛤浜、ここで代々 海、山、土とともに暮らしを続けてきた人々、そして
3.11、その後の復興のシーンを想像しようと試みました。
ご本拝読いたしましてふうーっと大きく息をしました。
① 復興への思いと決断
② 事業計画と調整の過程 現場での奮闘と微調整
③ VIVIDなネットワーク  思い 技術 資金
私たちの20代.30代と全然違う、比べても詮無いことですけれど、
感嘆の連続です。
ご苦労さまでございます。

きちんと事業計画を立てて思いを可視化
貴一さんのご本より
貴一さんのご本です。頂きました。

階段を登って高台へ、
『浜の暮らしのはまぐり堂』さんの第一印象は、あまりにも素晴らしく
私は魅了されて息を飲みました。
あこがれの縁側、障子、そしてその透明感!
蛤浜代々の歴史と、3.11の後の12年の結晶をまのあたりにした感じがしました。
材を担いで坂を上った人々の生命力、
再生に力を注いだ思いと技術、マネジメント、
ほの暗さ、趣向を凝らした飾り物、心の余裕などなど 偲ぼうと試みました。


尚子様
石巻発 プリコロール・プロジェクトのこと、押切さんに聞きました。
一歩も二歩も先を行く企画で、手先そう起用でもない私は追いついていません。
お手作りの技術をお持ちの尚子さんは、きっとあれこれアイディアが湧いていらっしゃることでしょう。❝主婦の手づくり❞から一つランクアップしたグッズと 住まいを共にできたらと想像するとワクワクしますよね。


理子様
お名刺にびっくり!『ネイティブ・ジャパニーズ探求家』!おお、来ましたねっ。
実は私はネイティブ・ヤポネシアンNative Japonesianと勝手に呼んでいます。北海道から沖縄までの列島に棲む、地生え、海生え、心映えの人々のことです。
私たちのまっとうな誇りってなんだろうか?とつらつら思われています。
今回結城登美雄さんに50年ぶりに会えてこのあたりにごっついチカラを貰うことができました。結城さんの『何としても伝えたいものがある』、はまぐり堂さんの蛤浜LOVEと相通じていますよね。

ついでに、ヤポネシア・ヒットソング『ヤポネシア・フリーウエイ』なる内田ボブの歌もあるんですよ。(すでにご存じでしたらごめんなさい。ご興味ありましたら検索お願いします。リンクが貼れません・汗)



3.11から満12年、被災の様子はテレビでしか知らず、復興の現場も知らないで一足飛びに初めての被災地、幸運にもはまぐり堂さんを訪ねることができました。
伝統的な暮らしを受け継ぎつつ、地殻変動、気候変動、社会変動とつきあいながら微調整を重ねて答えをどのように創っていくのか、そのプロセスの躍動に目を見張り、
『私たちはよみがえることができる』、このことを目の当たりにすることができました。

残された時間を(ばばとしてまだビギナーですけど)、子供たち孫たち、後世に伝えるべきことを伝えることを一つの柱にして過ごそうと意気込むものの、 作業のスピードはトシなりで、アップデートする力もお若い方々にはとてもかないません。私なりにすること、できることをしぼろうとしております。そんなわけで皆様の編集会議にも耳をそばだてておりました。
もし北海道十勝地方にいらっしゃることがありましたら、新得の協働学舎さんほかご紹介いたします。


ネイティブ・ヤポネシアン・ネットワークの息吹きが
この列島をきっとよみがえらせることができる、この思いを強くしました。

石巻~蛤浜の日々、おだやかでありますように。
                   感謝を込めて


⤵蛤浜全景 前出 貴一さんのご本より

『持続可能な地域・地球のための活動見学』

1110/10000  3月19日(日) 2023
◆シリーズ 3/14~2 山形・宮城報告その
今日は、宮城県石巻市の一般社団法人『サステナブルデザイン工房』さんの見学の報告です。
『サステナブルデザイン工房』さんは、なにをやっているところかというと
スーパーやドラッグストアの棚にずらりと並んでいる洗剤詰め替えパックの回収・リサイクル事業を通じて持続可能な地球のための活動を地域密着でやっているのです。半日ほど便乗しまして見学させてもらいました。レポート致します。


① 超地道

回収してきたパックを一枚一枚チェックして底に残った洗剤をバケツにあけて、パックを重ねてビニールの大袋に詰めます。香害、化学物質過敏症に苦しむ友達を脳裏に浮かべながら私もちょっとだけ手伝いました。私は50年以上合成洗剤とは無縁ですが、反対して自分の領域に入れないだけでことは済むのか、と目を開かされた次第です。
ビニール袋を段ボールに入れてメーカーに送ります。そこで変幻自在なブロックに変えていましたが、今は別の形を考えているとのことでした。

② ネットワーク、回収、仕組みはガッチリ
集積場所が石巻市内に数十か所あり、そこを定期的に回って回収します。子どもたちのためのスペース、自宅をお茶会などのコミュニティ・スペースになさっているお宅、ラジオ放送を聞いて❝私たちもいっしょにやります❞と連絡してきて下さったファミリーマートさん~とまわりました。リアルな回収には心の交流がうまれるものなんだな、と実感しました。
⤵ ファミリーマートさんの片隅に、ではなくて、入ってすぐレジの手前に置かれた回収ボックスは段ボール製の完全手作りです。堂々たる回収ボックス、善意にすがって肩身を狭くしていません。

③ ダイナミックにコラボ
・洗剤メーカーの最大手とコラボ。企業としてSDGsの次の戦略企画+活動資金面でも。
・公教育の教室に出向いて、地球環境の現況についての出前授業、わたしたちが暮らしの中でできることのワークショップも。現場の現役教師の方が相談に見えておられました。
・大きな事務所には宿泊もできます。一晩お世話になりました。

ボランティア活動と言えば
清く正しく線は細く賛同者は少なく資金は善意が頼りギリギリ低空飛行なものしか知らなかった私にはなかなかダイナミックな活動内容です。



『ご飯粒と紙が落ちているのはめぐさい=みっともない』このことばが私のエコロジーの原点です。当時は、川岸にある川端部落のゴミ捨て場のゴミは、雨が降って上がった最上川の水が、水に流してくれておしまい、でした。プラはなくセロファン紙が少々,干しシイタケの袋とか。
放射能と同じようにプラスチックも、海に流し込めば一挙に生態系に無毒化される技術が開発されないだろうかなど夢想されつつ、地道な手と足と頭を使い心の通うアクション(私好み)が支えているものが底の底にあるんだよなと、得心するのでした。



⤵石巻市 あいのやさん。とってもオリジナルなポップもかなり新鮮

『2011.3.11から12年』

1102/10000 3月11日(土)2023

今日は、3.11 東日本大震災から満12年になります。
慎んで亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。
未だ復興途中の方々、避難生活の方々にお見舞い申し上げます。
福島原発の後始末の作業に従事なさっておられる方々に敬意を表します。


市役所のテレビに映る津波の実況中継はCGにしか見えなかった。
東京にいた能登の息子三郎は即荷物をまとめてお父さんに迎えに来てもらって能登に返った。
二郎は飯田橋のビルの何階かのコンピューター専門学校から歩いて板橋のアパートに帰った.。4月から行く会社が決まっているのでそのまま東京にとどまった。

テレビに釘付けになりながら引っ越しの片付けは捗らなかった。お隣の親切なおばあちゃんが
大量の本を町内会の資源庫の運び、ガラスを洗い、台所を掃除して下さった。

一番古い友達の実家は浜通りで網元をしていた。遠洋漁船団は乗組員ともどもばらばらになり気仙沼の事業所は壊滅した。
山形の姉は名取まで大石田時代の近所の仲良しの見舞いに行った。
ここ十勝のなかまたちはすぐ子供たちの保養運動を始めた。(私たちはチェルノブイリの子供たちの保養運動をしていた)親御さんたちが必至のの思いで送り出したであろうお子たちのなりが小さい、胸がぎゅっと締め付けられる。
古い友達夫婦が福島 から移住してきた。孫たちが遊びに来れるようになった。
十勝に移住してきた人と友達になった
山形の甥が突然首の動脈瘤が破裂して亡くなって3年になる。会社の現場が仙台方面にもあり、ICの会長もしていたから支援のためたびたび現地に赴いていた。家族は、放射能の害についてほんとに何も知らない、知らされていない様子で何も言わず黙って帰ってきた
北海道から毎月南三陸町まで炊き出しトラックに支物資を満載して支援に行っていた友達は去年コロナ下 病院で亡くなった



脱原発を訴える声はアクションをやめていない。
一方政府は、再稼働、運転期間の延期、あろうことか新設迄言い出している。破滅に向かってまっしぐら、洪水よ、我が後に来たれ、今だけ 金だけ 自分だけ。脳が思考を停止している。南海トラフ地震も眼中になさそう。
巻き添えはまっぴらごめんだ、私たちの子どもたち、孫たち、大切な友達、一般庶民みなみな。


さてこの15日から山形に行ってきます。
そのとき石巻迄連れて行ってもらいます。友達が石巻でプラスチックの海洋汚染を減らす超地味な活動をコツコツやっているので、その見学と実習です。
その友達はもうひとつ、地元遺産を次の世代に伝える活動も長くやっています、その見学もあります。

原発新設、とかの声はでかく見えるけれども、思考と思いやりの欠如した、まもなく剥がれ落ちる瘡蓋に見えます。その下に、この列島中あちこちで、自然発生的に(当事者はご苦労多いかとお察し申します)キミドリ色の息吹きがツンツンと芽を出しています。
『この列島はどこでもほっておいたら雑草が生える、これがこのクニの資源』、とおっしゃたのは、農芸家の藤井平司さん。この言葉を胸に、飛び跳ねるお子たちに目を細めながら、
あくまで希望にフォーカス、新生日本起死回生プロジェクトの基礎の基礎の礎を担って、次の世代に手渡そうとしています。雲をつかむようですけれど仮説検証を繰り返していきましょう。

『高度経済成長以来、この国が失ったものを取り戻すには1000年はかかるだろう』尊敬する総合栄養療法のドクターの言葉です。+今朝SNSに入ってきた二つの言葉、
「足元を見ろ」。まず自分の靴を揃えなさい。加速主義の正反対ですね。「まず立ち止まれ」ですから。百年河清を俟つ」「真理は歴史を通じて顕現する」』(内田樹さんonTWITTER 縮めております)
『インチキ先進国だからこそ世界に解決策の先例を示すことができる可能性がある』(宮台真司さん)

なんか肩が軽くなりますね。今できることを一歩一歩積みかさねていきましょう。
子どもたちに あきらめていなかった背中が伝わったらありがたいことです。
3.11満12年の日のメモ書きでした。


⤵2年前の3.11の夕日@帯広です。

『やっぱり!出てきた』

1089/10000 2月26日(日)2023
今日は、カテゴリー◆新生日本起死回生プロジェクト
の再開一回目です。

『新生日本起死回生プロジェクト』とは?
一言でいうと、
お子たちが安心してスクスク育つ世の中にしていこう、
そのための礎(いしづえ)を担いましょう
という提案です。

何十年もかけて、豊富な時間、人、金を駆使しして粛々と
プランを実行、成果を積み上げてきた権力と金を
わが手に握っている人々 に対して
私たち主権者(であるべきものたち)は何をどうすればいいのでしょうか?

低い投票率、既存の政党で間に合うのだろうか?
選挙で変えよう、で間に合うのだろうか?
立憲野党の今までの表現だけで間に合うのだろうか?
戦後民主主義世代の爺さん婆さんの表現が
今日びどれだけ有効なのだろうか?
『戦争をさせない』ために、どうやったら
力を結集できるのだろうか?
食糧、教育、学術研究、貧困格差、移民問題、自然破壊、
救済とサポートの不備、どケチ、国民いじめのマイナンバーカード、
文化、人倫の凋落~押し返して起死回生させることができるのだろうか?

きっと若い人々から出てくる、
斬新で、ストレスフリーで、

いのちのまん真ん中から声を上げる人々が。
体力、センス、これから生きる時間、危機感、
どれをとってもシニアにはかなわない。
若い人のアクションに鵜の目鷹の目な私の目に飛び込んできた
#反戦行進0225NO WAR MARCHの映像!

秋山理央さんの写真をお借りします。
秋山さん、さすが!ですね。
#反戦行進0225NO WAR MARCH ⇒検索してみてね、
昨日の渋谷の空気が伝わってきますよ。


解説、感想は省略して、(映像見てみてね)
なんか希望という名のもわあとしたものが大きく広がります。
『やらずにいられないからやる、
いきるために生まれてきたんだから』
そんなシンプルなひとことでいいんじゃないかな。


『新生日本起死回生プロジェクト』のFACEBOOK グループを作ろうと
準備してきました。迷っていたけれど公開しよう、はじめは非公開で、
そんな気になっています。
子供たちが安心してスクスク育つ世の中の礎(いしづえ)の石を
ひとつひとつ積んでいきましょうね。



⤵ 今日のつらら・コレクション、気温が上がってきました。