『少しづつ少しづつ』

544/10000 11 01
毎週日曜日は、◆素敵にエイジング
今日は、少しづつの悟りのことをエッセー風に書きます。

 ランニングとトレーニングのことを教えて下さるKさんがまたまたパート先のたい焼きやに寄るって下さいました。

S(私) スロー・ジョギング。快調になってきてます。再開して3か月、100日でぺースができてきたかな。
Kさん よかったですね。
S オキシトシン、しあわせホルモンのこと、土踏まずで走ることを教えて下さって本当に感謝感謝です。
K 今日は、このぬいぐるみで、“ひとりフード・バレー・マラソン”をしてきたんですよ。勤務先のある村の店の宣伝もしてきました。
S   え~~!ピカチュウですね。おお、ラミネートはお店の宣伝ですね。
K ぐるっとまわって23キロくらいかな。

と話は最初からはずみ、トレーニングのノウハウあれこれに移って、
K   僕ね、前屈してぴたっと上半身が床につくまで5年かかったんですよ。
S   え~~、5年も続けたんですか!
K   少しづつ少しづつ、額がつくようになり,鼻がつくようになり、肩がつくようになり、5年です。少しづつ少しづつですよ。
S   そうかあ、私は正座がもう一度やりたいと思っているんだけれど、膝を毎日何回か屈伸して続けたらできるようになるかも、毎日500回続けてできるようになった人の話を読んだことがあるなあ。
K   500回もやらなくてもいいですよ。少しづつ少しづつでいいんですよ。

そうか、正座目指してやってみようかな。少しづつ少しづつ、か。
あわてない、あわてない。急いてはことを仕損じる。
そういえばいつもあわてていて自分を急かしてばかりいて、締切のストレス、・・しなければダメ症候群 でかえって物事が進まないことが多いな。

K  ランしながら、ついてくる余禄って少なくないですよね。季節の変化、今日の空、木々の、花々の移り変わり、とたくさんありますよね。
S  そうなの、エゾリスの写真も撮れました。息子がスマホを入れるポーチを送ってくれて。

と話は続き、Kさんはボクシング・ジムへ。苦しみに耐えて鍛える、というよりも心楽しく快調になるのを楽しむというスタンスでボクシングもやっているそうです。

晩秋、美しい十勝晴れが続き3日連続でスロー・ジョギングした日もあります。冬になったら外は寒いので家の中で足踏みだけでもやろうかな、やろうと思ったらどこでもできそうです。

少しづつ少しづつのペースと、バリバリスピーディにのペースを臨機応変に組み合わせる、このトレーニングも少しづつ少しづつですね。



今年はスロー・ジョギングのおかげで紅葉を満喫。特にカシワの木に入れ込んでおります。

『「べ平連=ベトナムに平和を!市民連合」のメモ』

542/10000 2020 10 30
毎週金曜日は、◆望む未来を今つくるー政治は身近・気軽に政治
苦手、と言っていられなくなった政治のことあれこれです。
今日は、「べ平連」についての私のメモ書きです。

★ 1970 年前後の10年はベトナム戦争反対運動と大学闘争の時代である。闘争は一部の高校でも行われた。
 私は活動家ではなかったけれど、『いったいこれは何なのか?』構内で連日繰り広げられるジグザグ・デモを見ながらこの疑問が胸の中に生まれ、その答えがが知りたくて今日まで来た。この時期に私がもっとも影響を受けたのは、べ平連、『ベトナムに平和を!市民連合』である。


東京都練馬区の「大泉市民の集い」写真記録製作委員会編『市民がベトナム戦争と闘った』より。以下の写真も同じです。

★ 固定した組織をつくらない、上位下達がない、個人の発想と感じ方と意見を尊重し合う、などなど、すぐにピンときたのだ。私の知っているこれまでの政治運動と全く違っていて、融通無碍のイメージをキャッチした。
 全国にべ平連系のネットワークができて、私の通っていた大学でも一年上の人が中心になってグループができて、全共闘系の学生たちと一緒に毎週のようにデモをした。共産党系の学生が一緒だったかはわからない。私は後ろの方にくっついて行った。戦争だけは嫌だったから。日本中で抗議行動が毎週連日繰り広げられた。
 

東京都練馬区「大泉市民の集い」の定例デモ

★ その自由な空気をダイレクトに感じ取り、これはなにかあると、サルトルとボーボワールを迎えての反戦集会や、全国連絡会のために上京した。小田実さんは実に気取らない人だった。
 今 鶴見俊輔さんの『言い残しておくこと』を読んでいる。鶴見さんの本には、べ平連が形となる経過が詳しく語られている。核となり活動の中心となった人々の活力、事務能力、インテリジェンス、感覚にあらためて深い感動が湧きあがる。
 高畠通敏さん30代、小田実さん、鶴見さん40代、鶴見良行さん、吉川勇一事務局長、50代、吉岡忍さん20歳そこそこ、みなさんこんなに若かったのだ。



  

佐世保に入港した空母エンタープライズのまわりを船でまわって、空母イントレピッド号から脱走した4人の反戦水兵の主張を伝える小田実さん、その後ろに吉川事務局長。

★ 『べ平連は組織ではなくて運動体。組織の維持が自己目的になってはいけない。
べ平連は入るのも自由、出るのも自由だが、なかよしクラブではない。(参加者一人ひとりが政治的有効性を求めて集まってきている。)だから運動の目的を達したら、ただちに解散する。そこでの人間関係は一期一会。いったん終わったら、その後は同窓会もないし戦友会もない。』(山口文憲さん 折込)

私がすぐ思い出せるのは、べ平連といえば、“いいだしっぺがやる”。口だけはダメ、人のせいにしない。

以下はこの本で初めて知った。
『そもそもベ平連というのは、ファリブリズム、まちがい主義なんです。・・・まちがいからエネルギーを得てどんどん進めていく。まちがえることによって、その都度先へ進む
・・・こういう運動の形というのは、日本では明治以降の百数十年間怒らなかった。
・・・思想の力というのは、・・・これはまちがっていたと思って、膝をつく。そこから始まるんだ。まちがいの前で素直に膝をつく。それが自分の中の生命となって、エネルギーになる。』

 この言葉も “13歳で知っていたら”、と思う。最近ではわずかながらの政治活動の中でも体験があり深く頷いている。リベラルどうしの完璧主義、SNSに溢れるちょっとでも違うとキーキーカリカリ相手の全人格を否定して有無を言わせない物言いは,とてもつらい。
 この他にも、日本の平和と人権運動についての深い洞察がいくつもあり、本は読むものと得した気分である。鶴見さんは小学生のころにはすでに1日4冊は読んでいたという、やっぱりな。

★ 山形を後にして東京に出たとき、最初に行ったのがべ平連の事務所だったらその後の私の行路はどうなっていただろうか?
 最後にべ平連の集会に行ったのは、1972年1月千駄ヶ谷の体育館で行われた、ジェーン・フォンダとドナルド・サザランド(当時FTAという反戦コメディ一座をつくって基地を訪問してまわっていた)を迎えての平和集会である。
1975年4月、べトナム戦争の終戦、ベトナムの勝利とアメリカの敗戦を私達は沖縄の那覇港で迎えることになる。

朝霞駅前で岩国の反戦米兵支援のデモの出発を待つ人々。この明るい笑顔。小さいお子にじ~んと来る。1970年。

『今宵満月 カシワの木の紅葉特集』

543/10000 2020 10 31
満月が火星とともに澄み切った空をわたって行きます。

栗名月。栗と栗ご飯をお供え。子どものころは茅葺屋根の下の庇にのせました。今年の栗は香川県産。友達の娘夫婦が地域おこしで頑張っているのです。

今日はパートが早番になって、いつもの “Weekend Sunshine”をかけながら身支度して弁当作って快晴の大気の中を出かけました。いつもの “土曜の朝はホリデー気分” は明日の日曜に持越しです。今週はがんばって『しうこばーばの自分史講座』を始めたので明日は骨休めではじめてのギャラリーに見たことのないものを見に行こうと思っています。

来週はマイナスまで下がる予報で、My Little Garden も冬前のケアをしなくちゃな。天水も満タンになっているのを空けて片付けねば。元気なルッコラと小松菜は土ごとバケツに生けて中に入れます。冬の間の貴重な緑の濃い野菜です。ちびちびケチって収穫します。

二階のMy Little Garden Indoorは俄然活況を呈しております。4Lのペット・ボトルの中は玄米を浸しておいた水その他です。この玄米水は卓効ありでおかげで皆元気に冬越しします、昨シーズンの発見です。

友達が立派な小松菜と大根を届けてくれました。葉っぱを洗って干して刻んで漬物にしようかな。

これは何かというと、ハーブの茎を煮出して風呂に入れるのです。月見の前に風呂に入ろうというわけです。かなりぼけました、ま、湯気も上がってますし。

話変わって東京の息子から今風の、何というのでしょうか、スリムなコートが来ました。
ぴちぱちでした。色もステキ、これは10年前の体重に戻すしかないと決意を新たにする私です。

今週の最後はカシワの木の紅葉特集です。スロー・ジョギングを10年ぶりに再開したおかげで今年は街なかの紅葉を満喫できました。きょうはどんなふうに変わっているだろうかといそいそと外に出ます。

『しうこばーばの自分史講座』の学費のクラウド・ファンディングを思案していて、リターンのひとつに写真集か絵葉書の案が浮上しています。

『晩秋に思い出すこと』

541/10000 2020 10 29
毎週木曜日は、◆子どもらに寄せて ①子供たちに伝えたいこと ②私の来し方 のうち今日は②で 生まれ故郷の大石田の晩秋を思い出すままに書いておきます。

 秋のさなかには、家の前にゴマを干していた。明るいお日様がゴマの木と鞘を干し上げる。ゴマには巨大なゴマ虫がうようよと這いまわっている。サツマイモもゴマもつくっていたのだ。(母たちが、です。私は遊んでいた)
 できるものなら、あのゴマが食べたい。今は輸入物のゴマを500~1kg単位で買っている。埼玉の飯能にいたときは、米屋さんに金ゴマありますと張り紙がしてあり、いそいそと買い求めた。マクロビオティックにハマっていた時期で、地元産の金ゴマときたら手に入れる他はない。
 あの中が白いサツマイモも食べたい。独特の品のいい甘さだった。

 最上川の岸の日当たりの一番いいところには、稲を高くはせ掛けにしている。確か井刈さんのとこのだった気がする。赤とんぼが沢山飛んでいる。

 秋の終わり近くには、家の前の階段の下で大根洗いをする。大きな桶に水を入れて沢山の大根を洗う。私達子どもも遊びがてらたいして手伝いにはならなかったと思う。それを縄で編んで干す(お母さんが、です)

茅葺屋根の下に短冊に切った大根を干す。これは正月に浸し豆と合わせる。
カライモ(このごろこの辺ではキクイモと呼ばれてなかまうちではけっこう知られるようになっている)の輪切りに糸を通して干す。干して甘味が増したカライモは、やたら漬にいれる。やたら漬けに入るのは、塩でつけておいたキュウリ、ナス、大根、紫蘇の実など。
やたら漬けはもうひとつあって青菜を細かく刻んで、ニンジンが入っていた気がする、漬けたもの。
 このやたら漬けも食べたい。あのころのお母さんの手作りのが。漬物、山菜は買うものではないと思い感じて信じている。


晩秋の大きな行事は学校の文化祭である。
ていこ姉ちゃんが作ってくれた、出し物に頭につけるボール紙に描いた紅葉の葉っぱ、頭に巻くのがゴムひもでなくて紙だった、それだけでべそをかいて晩秋の冷たい雨の中,コマス呉服店と、最上川に向かって左側は誰の家だったろう?の間の道をもみじの落ち葉を踏みながら家に帰る小さな自分が見える。これだけですぐべそをかいていたのだ。それに踊りが苦手で覚えられず隣の同級生を見ながらだったのも辛いものがあったしな。
  ♪ あかいあかい もみじの葉
   もみじのはっぱは きれいだな
   ぱっと ひろげた 赤ちゃんの
おててのように かわいいな ♪

 中学校の文化祭は店も出て大変にぎやかだった。中学校のおしるこは薄いという評判だった。作品展は、かがだの(母親たちの)展覧会だとそのものずばり言ってるどこぞのおとうさんがいた。

 父と二人の兄が冬支度に帰ってくる。ソガキ(添垣か)が主な仕事である。家を雪からまもるために家に木を立てかけて板を打ち付けるのだ。ソガキ用の材は軒下に積んである。ソガキが終ると家の中は光が入らず暗くなる。家の中に裸電球一つだったのが家中に電気を配線したのは、私が小学校4年のころだったろうか。父母、きょうだいに手厚くまもられていたのだ、と素直に肯けるトシになっている。

 今年の秋はスロー・ジョギングを再開して、十勝晴れの日も続き街中の紅葉を満喫している。紅葉狩りしながら思い出されることを書きました。高度経済成長前の、化学農薬も、パソコンもなかったころの、私の原風景です。次の世代、うちの息子たちの原風景はどんなものだろうか?見せてあげたかったことの何分の一もできなかったけれど、まずまず大病もせず元気にしているのでヨシとしておくか。

@帯広中央公園北の舗道で

『聞き上手は、絶対にお得』

540/10000 2020 10 28
毎週水曜日は、◆読む・書く・話す
ずいぶん範囲が広いですね。コミュ二ケーション全般を含みます。

今日は、会話での話の聞き方の復習をしましょう。
聞き上手は、絶対にお得です。

★ まず自分が疲れない。エネルギーのロスが少なくなります。
  相手も疲れない。相手が嫌な気持ちにならないようにちょっと配慮するからです。身につけば習い性となります。

★ では聞き方の留意点をいくつかメモしておきますね。
 ① 聞き役にまわる。自分10相手90の気持ちで。
(すぐ焦って間も取らずに、自分の経験、手持ち情報をしゃべりたがるこの私、あとで疲れてます)

 ・評価をしない。といっても無意識に置き場所を決めてますよね。それならこうしましょう。相手の全存在を受け入れる+資料として評価する、両方を併用しましょう。お互いさま未熟者どうし、全存在を受け入れれば、はずしもフェイントも笑いも可能です。完璧な人っていないんですもの。相手は言葉にならないものを抱え持っているかもしれません、あなたもね。

 ・感じ方、意見が違うことを表明するときは、YES+BUT法
で。
  違いをどう調整するか、私達本当にトレーニング不足です。つい遠慮が先に立つ、立場が上の人だとコワいしね。あるいは高飛車、口汚く、人格の否定も辞さず、辛いですよね。
  あなたの言うことに賛成はできない、でもあなたの存在は認める、これを基本として、あとはケース・バイ・ケース、敬語の使い方をトレーニングしておきましょう。ハッキリと否定しないとこちらの身が危ないときもあります。のほほんとしていたらやられてオシマイ、損ですね。

 ・ネガティブ情報には要注意
。仲よしだからといって付和雷同してはなりません。あとで苦いものが胸にひろがります。つい言った人の目でその人をネガティブな先入観で判断したりしてしまいます。ネガティブ情報は自分も極力出さないコト、政治状況はそうもいっていられませんけどね、搾り取られている税金の使い方ですからね。

 ★ 生きていることは客商売、と心得て聞き上手になればすごくラクチンですよ。口と脳の省エネにこれ努めましょう。かくいう私もこの道の途上にあります。

今年はカシワの木の紅葉が色とりどりできれいです。

『私の自分史LIVE 2020 10 28』

539/10000 2020 10 28
毎週火曜日は、◆自分史をつくろう、今未来に向かって
このブログのメイン・テーマです。

今日はLIVEで、私の自分史の新しい第一歩『しうこばーばの自分史講座 第一回 初めての自分史』の準備と講座を実況中継します。

10月にはどんな形であれ『しうこばーばの自分史講座』を始める、と決めていました。今日はその初日当日です。時間は夕方6時半~8時です。
お知らせと宣伝は、FACEBOOKのタイム・ラインで一回しただけなので、ま、今日はリハーサルです。でも10人以上、十勝管内の方が3人、の “いいね” がついただけでうれしい。

1 当日になっての準備になりました。(これも要改善です。3日前には終わらせて熟成させねば)

2、裏白紙に書いたメモを見ながら、A4の紙に書いていきます。
  キーポイントはカラーの紙に大きく書きます。

『初めての自分史講座』今日のテーマは『ありがとう日記』です。


3 タイムテーブルを書き出して所要時間を入れます。
  ● 初めの挨拶 → ● アンケート記入 → ● 自己紹介(ひとりあたり6分 “他己紹介”にする)
  ◎本題 今日のテーマ 『ありがとう日記』
   その内容 
説明のポイントは3つ 
・加点主義  ・51:49   ・記録とその蓄積 続けるコツ

→ ● 質疑応答・フリートーク → ●アンケート記入 → 終わりの挨拶

4 アンケート用紙修了証をつくりました
 
5 物置から取り出した鞄に入れて、ちょっと休憩

6 6時過ぎに出発、自転車でとかちプラザへ
  出して下さってます、 ドキドキ!


 

7 会場設定 荷物を出してセットする

8 6時半開始!
  タイムテーブルを見ながら、アシスタントは、タイマーくんです。

9 ワン・テーマだと30分余りましたので、
  自分史の 過去を振り返る手始めの年表作成を入れることにしました。
   ①今日に集中 未来の地図 分身手帳  と
   ②過去を振り返る の2つのテーマを一回の中で併行してやるアイディアが
  ハッキリとしました

10 会場を片付けて事務所さんに点検してもらって終了です。

11 今日の結果を調べて、湧き出たアイディア、不足分、要改善点を記録して
  次回のためのシナリオを推敲します。
  今日の一番の課題はこれです。
  ★なぜ『しうこばーばの自分史講座』なのか、3つの理由でハッキリと力強く説明する
 


こうして1回目が終りました。
よくやった、えらいよ、しうこばーば!
“すべては完璧に進んでいる。何も心配することはない” と信じて
次回は、30日の朝10時~11時半です。

ページのカヴァーの写真、これにしようかな、地味かな。


 

『facebookにページとイベントページをつくる』

538/10000 2020 10 26
毎週月曜日は、◆小さなビジネスを始めるにあたってのあれこれです。
私の小さなビジネスは、『しうこばーばの自分史講座~今、未来に向かって』
私はこの講座の講師とファシリテイターをつとめます。


★ この28日と30日に、『しうこばーばの自分史講座』を始めます。
明後日と迫って来ました。ところが私は急げないでいます。ほんとはがむしゃらにばりばりと集中してばんばんといきたいところでもあるのですけれどね。
あわてない、あわてない。
今回はFACEBOOKのタイムラインでお知らせして、どなたもいらっしゃらなかったら、リハーサルをして帰って来ようと思っています。


★ 今日の夜パートから帰って来たら打ち合わせ通りに息子が寄ってくれて、たちまちのうちにパソコンが復活!しました。感激です。ありがとう、息子たち。

★ 昨日はFACEBOOKに『しうこばーばの自分史講座』のページとイベントページを、スマホで作ろうとして四苦八苦、説明文をワードで書き出してみました。

〝 はじめまして。
『しうこばーばの自分史講座』
です。

私だけの一冊の本をつくりましょう。
書くだけで今の二倍は生きることになります。
軸がみつかり幹となって自信が生まれます。生き生きとしてきます。

1 自分の歴史を振り返ってみましょう。
  私、よくやってきたじゃない、新たに気づく深い意味にじ~んとくることがきっとありま
すよ。

2 ・今日に集中するノウハウを工夫して編み出しましょう。
  そう、段取りですね。ぶっつけ本番でわーっとやっていませんか。

・未来をイメージしてみましょう。
   自分の地図を作りましょう

・私の分身手帳をつくりましょう。
   自分でつくった手帳が自分を導いてくれますよ。

3 自分・他人・社会って何だろう?
ちょっと考えてみませんか。
   私たちが払う税金ってどんなふうに使われているのだろうか?
   子育て、もっと楽しくできないのかしら?
   このままでいいんだろうか? 

『しうこばーばの自分史講座』は、
 どちらかというと、地味な講座です。
 手元足元、身のまわりから出発して宝物を発掘しましょう。

紙とペン、またはパソコンをご持参下さいませ。

しうこばーば70年以上の人生のエッセンスをお伝えします。
ワークショップ形式で進めます。
問いに気づいて答えを発見し合って
今とこれからを元気に乗り切っていきましょう。〟

まだ長いですね。リードもつけなくちゃなりません。
説明、ではなく、ぱっと身体が反応してうなづいてもらえる言葉が必要です。要推敲。

★ パソコンが復旧したので、ページとイベントページを27~29日を目標につくります。
併行して、講座のシナリオと内容の編集をします。

〝 追われている感じ 〟と〝 じっくり一歩一歩 〟のペースとないまぜで進めております。
それにしても、締切があると脳と身体が集中しだしますね。仕事のコツだと実感です。

ファイティン!





アイコンをつくろうと自画像と、エイコちゃん(息子の嫁さん)筆の〝しうこばーば〟を組み合わせてみました。〝しうこばーば〟はエイコちゃんのこのカードから取りました。
実物はこちらです。髪をカットしてもらって心機一転を期しております。自撮りに挑戦、目が課題ですね。

『お母さんの大石田料理 その1』

527/10000 10 15
毎週木曜日は、◆子供らに寄せて ①子どもたちに伝えたいこと ②私の来し方 のうち
今日は②で、荒木家のお母さんの料理のことを書いておきます。

★ おかあさんの作るものはみんな茶色でいやだ、とわがままこいていたな。カラフルなサンドイッチとかがナウくていいものだと洗脳されていたわけだ。
  それが50過ぎると、お母さんの大石田料理が食べたい、と身体が記憶をよみがえらせて思いが募る。今ならお母さんの料理だけで一向に構わない。グルメしたいとも思わない。
  お母さんの料理がいいものだったのだと目が開いたのは、1972年にマクロビオティックをを通じて食養に出会ってからだ。だから私がスーパー・マーケットの食べ物を主に食べたのは約10年ということになる。


★ 1960年、高度経済成長政策が本格化した年はまだ世帯数の半分は農業に従事していてその半分は兼業だった。

Chart showing Japan's declining farmer population.
悲惨といってよい激減ぶりだ。


http://www.crosscurrents.hawaii.edu/extra.aspx?lang=jap&site=japan&theme=work&subtheme=AGRIC&infounitid=JWORK102&choice=chart

★ 中学校には学校田も学校林もあり、田植え、稲刈り、山の下刈りの日もあった。
大石田は職人の町で、22軒の川端部落で、サラリーマンの家は二件ほどだった。川端部落のことは後程書きます。

★ お母さんの食べ物がうまかったのは、舌の味覚の記憶に加えて環境がある。
当時は食品添加物はそれなりにあったけれど今のように加工食品に頼る暮らしではなかった。殆どが、今でいう手作りだった。化学農薬はまだなくて、農家の子どもたちが確か柳の枝を持って今年は稲に虫がつかないようにと歌ってねり歩く『イナムシカンカラカン』の日があった。核実験の放射能のことはよく知らなかったけれど、雪はたべると放射能がついていると食べなくなった。排気ガスもほとんどない。自動車を持っているのは役場と店をやっている家くらいだった。そう、空気が今と違っていたのだ。
野菜は勿論家の前で作っていたし、サツマイモ、豆、ゴマまで山の畑で作っていた。大八車に肥え桶をつけて運んだ。子どもたちは食べるだけだったけれど。
 水は井戸水だった。農業人口が約半分でサラリーマンは少なくて、人人の多くは身体で生きていた。地域共同体で秩序がまもられ祭りと冠婚葬祭がとりおこなわれた。
 金回りはたいへんだったけれど、世の中全体に活力があったのだ。

 これがお母さんの料理の背景である。具体的な献立は来週に書きます。

今年は秋になってから、ひょう(スベリヒユ)を干しました。お母さんが毎年真夏にやっていた仕事です。
マツバボタンは、近所の家のまわりに植えてありました。花も子どものころ近くにあったものを植えたくなります。

『ついに速読の本をゲット』

526/10000 2020 10 14
毎週水曜日は、◆読む・書く・話す
ずいぶん範囲が広いですね。コミュニケーション全般を含みます。
今日はゲットしました速読の本を見てみます。

 このように本がたまる一方です。頼んだ5冊が到着、それと一緒に友達が一袋送ってくれました。図書館からの3冊は貸出期限が迫っています。

今、この28日に始める『しうこばーばの自分史講座』に焦点をあてて、頭を柔軟にすべく本を集めています。

最初に読むべきは、斎藤孝先生の『速読塾』です。では開いてみましょう。

はい、読了しました。A4一枚めざしてまとめてみましょう。

★ 衝撃的に読書の前提が変わりました。

・読書とは、精読して感銘を受けて体系的な知識を得るためのものばかりでは殆どない。
→ こう堅苦しく思い込んでいたから読めないでいたのだ。
読書する時間はいくらでもある。テレビ見ながらでもできる。
→ そういえば尊敬するY先生に電話するといつもテレビの音がしていた。Y先生は在学時小樽商科大学の図書館の本を全巻読破なさった猛者だった。
読書は呼吸を整えてやる。集中力が格段に高まる

・読書の目標は、「要約できて、視点(コンセプト)を持って価値付与をした上で、自分のオリジナルのものとして提示して自分の意見が言えるようになること」である。
 速読と多読の読書技術は個人作業ではなく、ビジネス、研究、暮らしの場で、スピーディに生き生きとした斬新な価値(アイディア)を生み出すために、お互いに必要な技能である。
→ 何のための読書か、にページの殆どがさかれていて、その中にノウハウがちりばめられている

★ 速読のノウハウ

・締切、目の前の切迫感が速解力を鍛えてくれる。その前提に多読速読は必須
→ 自分史講座を開始すると締切を設定することは技術なのだ、と納得する。ストレスではなく歓迎してよいのだ
・目次、前書き、後書きで概略と要点とキーワードを掴んでから読む
・1ページ1ページ丹念に読まなくてよい
・左手でめくりながら自分の焦点にあって飛び込んでくる部分を拾い読みする
・引用箇所を三つ拾い、最重要をひとつ選ぶ。それに自分のコメントを加える
・A4一枚に要約して読書ノートをつくる
・10冊併読する
→ これでいいのだ!
・速音読は集中力と理解力を高める
・英語の速読学習法
→ これならTWITTERの世界中のニュースが読めるようになれそう。


★ コミュニケーションのための読書をしよう、情報処理のためではなく。
 ・知性とは、視点移動ができる「素直さ」である。
・そのためには、速読・多読は深い意味を持つ。多読する人の方が読まない人より、タフで柔軟な考え方ができて理解力がある
 
最後に、一番勇気づけられた今の私が求めていた箇所を引用します。


『物を知っているのと、仕事ができること、あるいは世の中の役に立ったり、他の人と深いコミュニケーションがとれるということは別です。そのためには視点移動力が必要です。
「視点移動」を意識しながら、「速読・多読」を続けていると、人との間で身軽に視点を移動させて、対話する関係が築けるようになります。
つまり、お互いに話してよかった、と思えるような関係がどんどん築いていけるので、ビジネスや勉強の場ではもちろん、友人関係や恋愛においても、
「あの人と話したい!」と思われ、成功を得やすくなります。』

速読・多読の意味がきれいに言葉になって示されており得心して勇気が出てきました。
ノウハウを少しづつ実践してみようと思います。
“ 時間が足りない、できるかな、きっとできる ”と自らを励ましていたところに、時間をつくるノウハウも示され、気が楽になりました。

 2007年に“今までの二倍は生きます”と決意して早13年、100まで生きられるとして3分の1が過ぎたことになります。2倍は生きるとはどういうことなのか、その時はわかっていませんでした。その意味とノウハウが一つまたひとつと示されつつあります。あとは努力の作業あるのみです。

うまくまとまっていませんけれど、これが今日の私の力です。

霜を前にがんばるヒャクニチソウです。来季はヒャクニチソウがもっと居心地がいいようにしてやりたいです。


   

『「しうこばーばの自分史講座」開始準備中です』

525/10000 2020 10 13
毎週火曜日は、◆自分史をつくろう、今、未来に向かって
このブログのメイン・テーマです。

★ とかちプラザに会場を取りました。
  今月の28日と30日に『しうこばーばの自分史講座』を開始します。
テーマは『初めての自分史』です。

★ 水曜日と木曜日の2日間の仕事、てんこもりです。
  ① FACEBOOKにページと イベント・ページをつくる
    友人知人に告知して招待する
    内容の紹介が一仕事です。

  ② 26日までに準備するもの
     ・受講証
     ・アンケート用紙 
        この講座に来てみたわけ  何を期待?
        参加して よかった点  知りたいこと 講師へのリクエスト
     ・厚紙パワポ (大事な点を厚紙に書いて持参 パワーポイントの替りです)
・メモ用紙 しうこばーばの自分史講座のネーム入り

  ③ 三つ折りパンフ
ええい!手書きで作っちゃおう。おいおい素敵にしていけばよい。
      注文したキミドリ(『しうこばーばの自分史講座』のテーマ・カラー)に近い紙
      と封筒が届きました。

④ できれば友達ネットワークにDMを出す(時間あるかな?)

★ 『初めての自分史』の内容 時間90分

① 自己紹介 講師(+講座内容の紹介) 参加の皆様(二人一組になって他己紹介) 
    ② ・ラッキー・ダイアリーをつけて蓄積しましょう
◆“ 加点主義 ”でいこう!

   ☆ リラックス・タイム 
     
  ③ 1枚の写真  何時 どこで 誰といたか どうして その時のまわりの様子
             自分の気持ちetc.
    ④ 自分史年表を書いてみよう  項目

● 全般を、今と未来に宛てて、後半で過去を振り返る
   ● シナリオを作ってタイマーを見ながら練習する

★ 会場を取って締切が確定すると俄然集中してきました。
  
  思い切って参加してよかったと感じてもらえるようにしなくちゃと使命感がふつふつと湧いてきます。
  自身の一番よいものが出せますようにとがんばっている自分を自分でHUGして励ましています。

★ “ それって、自己啓発?”と何人かの方に質問を受けました。
 自己啓発本は何百冊と読みました。教えてもらったことは沢山あります、でも、それよりももっと地味です。手を動かしての日々の作業が中心となります。自己達成こそは最高の勇気です。

★ もし参加の方がゼロだったら?
  はい、リハーサルをして帰ります。
  参加費は、初回1,000円かな。そういえば、事業計画書を推敲してDさんとEさんFさんにもあれこれ相談しなければなりません。BさんとCさんには今日送りました。

★ 限られた時間の中で集中です。なんかできるような気がしてきました。息子に頼んだ自分史講座の先輩の御本も届きました。ファイティン!
             

 

自分史の実際5冊目、頭をアップデイトして溜まった本を読むための本です。宮台さんの本は図書館で借りてきて◎だったのでゲット。
花期が長くて花姿が慎ましく爽やかな、名前なんというのでしょう?キクイモ、オオハンゴンソウに近そうですけど、ちょっと調べてみましたけれど?です。