『土曜の朝は、ホリデー気分』

毎週土曜日は、NHK FM で“weekend sunshine ”と“世界の快適音楽セレクション”を聞きながらまったりすることにしているのですけど、今日は年初特番でふたつともお休みでした。

☆ 正月料理が今年は三日になって揃いました。

経験より学びまして、去年より量をぐっと減らしました。揃うと達成感に満たされます。

その中で、やっぱりこれ!うま煮です。

ごぼう、蓮根、こんにゃく・・身体に秩序が入る、という感じです。お腹も心も落ち着き、浮きぎみだった歯がしまって助かりました。

荷物、漬け物、味噌汁、ですね。

☆ コリアンダーの実を枝から集めています。

将来、日の当たる縁側で曾孫にお守りされながら、乾燥ハーブをさばいたり、干し柿の皮を向いたり、干しなすをひっくり返したりするのが、夢です。

☆ 今日は、息子の尽力により、照明がリニューアルされまして、ぐっと明るく素敵になりまして、おかげさまで心晴れ晴れです。

リモコンです。明るさの調整、白色と自然色の切り替えもこれでできます。老母、感心することしきり、時代に追い付いている気分。

こちらは台所です。ちょっと色が出ませんでしたけど、裸電球のあの懐かしい感じに、母大満足。

子供のころは家の中にこんな裸電球ひとつだったのよ。

☆ ダイエットも再開です。

たんぱく質と糖質について、スリムアップした息子に教えてもらいました。

本見て孤軍奮闘しているよりも、実物、生の見本を眼前にすると伝わって来るものが違いますね。

☆ ところで今朝になって、6枚借りて来たDVD の返却日が明日!と気づきました。毎日更新のこのブログも2日分アップして追い付きましたので、これからDVD鑑賞です。

★ 穏やかな正月です。まともな政治に舵を取れる年になりますように!

去年に引き続き、今のところ今年も雪の少ない冬です。おおむね快晴です。

『私たちは、生きるために生きている』

毎週金曜日は、◆望む未来を今つくるー政治は身近・気軽に政治。

苦手、といっていられなくなった政治のことあれこれです。

今日は、『私たちは、生きるために生きている』ということについてメモしておきます。

☆ れいわ新選組の安富歩さんの政策は、一言で言うと

『こどもを大切にする社会を!』です。

ほんとにこの一言で十分だと思う。

 『子供を産み育み次の世代にいのちをつなぐこと』このこと以外に、生きてすることってたいしてないのだから。

★ ・2019年の出生は90万人を割り、最高だった220万人のころの40%に減っている

  ・若者の自殺率世界NO.1

  ・高校卒業後の就職は50%近くが派遣 2人とも派遣だったら“こどもどうしよう?”ということになりますよね。

   ・先進国の内、日本だけが、賃金が減っている

  ・奨学金を借りて大学~大学院を卒業すると、卒業時点で1000万円前後の借金を背 負うことになる

  ・こどもの声がうるさい、と公園の近くの住人から苦情が来る

  ・果ては、じかにいのちを生み育む女という性の尊厳を犯すレイプ犯を政府が逃がそうとする

・・・異常過ぎますよね。悲しすぎます。まさに、プッツンしてしまっている。

☆ 一方、小さな自治体では、わが町の活性化事業を成功させて、出生率が上がって人口が増えているところもある。

  結婚している世帯の出生率は上がっている。希望がかいま見える。

★ ではどうすればいいのか? 国策を思案してみました。

① まずは、いのちの基本の食糧・食料政策。

  ・食糧自給率を100%超えを政策の柱に据える。

  各自治体で3年分の籾を備蓄する。飢餓地域に無償で援助する。

  ・ 学校ごとに菜園をつくり、給食は自校毎につくる。

  ・食品添加物、化学農薬は極力減らす。除草剤は禁止、遺伝子操作種子、作物も禁止。放射能汚染食物を子供たち~若い人には摂らせない。

  +放射能を無毒化する技術を開発して普及させる。

  ● 食の自給は、生命力の自給だ。そこから実のあるコミュニケイションが自ずから生まれる。知恵も湧く、カンも働く。今のままでは、体力、知能、生命カンと生命力の加速度的な劣化は避けられない。民族としての衰退→滅亡を目の前にしている。

さいわい、豊芦原瑞穂の国、やろうとしたら出来るのだ。この列島では、放っておけばどこでも雑草が生える、それくらい生命が発生しやすい土地なのだから。

② 医療体制を根本から変える

③ 教育

  ・最優先を、人文科学、芸術、遊びにおく。

  ・話し合いとファシリテーションのトレーニングを必修とする

  ・真の公民教育をする 権力のやりかたとそれに対しての抗議の方法を学ぶ

  ・自由に使える公園と広場をつくる

④ 税金は累進課税で、法人税をもとに戻し、消費税は漸次廃止。

  教育、医療は無料にする

⑤ 原発はやめてエネルギーを自給する

⑥ 憲法違反の法律を廃止する。特定秘密保護法、共謀罪、安保法制は廃止する

  TPP, FTA、も止める。種子法を復活する

  日米地位協定を改訂する

⑦ 自然をこれ以上破壊禁止。破壊されたところは復元に努める

⑧ 水、教育、郵便、鉄道、食糧など、いのちと暮らしに欠かせない事業は公共のものとして、金儲けの対象にすることを禁止などなど

⑨ 人を殺し環境を破壊する軍隊を持たない。外国に出かけて戦争に加担することを禁止。災害援助は国内外ともに積極的に出動する

etc.

☆ びくびくしないで、お金の心配しないでまったりと子育てができる、おかあさん、おとうさんがキリキリしていない、これがほんとの国力ですよね。

『望む未来を今つくる、政治の場で』、このこと私は殆ど未知です。なかまとともにコツコツ学びながら何ができるか探っていこうと思っています。

こんなにもいのちをないがしろにしまくる“反社”な政権のおかげで、政治は苦手といっていられなくなったからです。

子供が生まれて抱っこするとき、なにがあっても生かそうと全身から湧いてくる生命意思をふつふつと実感します。この子の身も魂も殺させない!

私たちは、殺されるために生きているのではありません。生きるために生きているのです。まして兵隊にならされて人を殺し環境を破壊するためにこどもを生んだのではありません。

  

   

ここでもあまりにも無残、種子島の馬毛島。神出鬼没スタンディング中の和田かおりさんたち。
どんな小さないのちだって生かしたい!

『正月、小正月の思い出』

毎週木曜日は、◆子供らに寄せて  今日は新年2日目、子供のころの正月のことを書いておきます。

☆ 当時は、1960年に県庁所在地に引っ越すまでは、年中行事は月歴に拠っていた。

それでも、除夜の鐘は太陽暦で、聞き始めた紅白歌合戦とともに、

今年こそは絶対聞くと決心しているのだけれど、起きていられずこたつの中で寝てしまうのだった。暖房はこたつひとつでしたね。

☆ 我が家は大工だったから、1月は餅を三回搗きました。正月、小正月、それに大工祝いの日があった。

正月は元旦、小正月は15日、大工祝いは・・・何日だったろうか?

☆ まず年越しのために父と兄2人が帰って来る。餅つきは男の仕事で返しは母。こどもは見ているだけ。危険なので。姉に返しを伝授するときも「絶対に二度手を出してはならない!」と厳しく教えていた。近い親戚のおばあさんは小指がなかった。

餅つきは、命がけの神事だった。気が清められ、ハレに日に変わる。

土間に藁を置き臼が動かぬようにして、うるかしておいた餅米をふかし、臼を濡らし、ふけた餅米を冷めないように急いで入れて搗く。

搗きあがったら、のし板に移して、まず鏡餅をまるめる。次にのし餅。

大人になってから、遅まきながら自分でやってみると、出来ない、カッテがわからない。教えてもらっておくべきだったことのひとつだった。

☆ 大掃除をして清め行事用のうすべりを敷く。我が家は常日頃掃除不足だったので弥が上にも清清しくなるのだった)

神棚、仏壇は勿論掃除済み、お札も新しくなっている。お神酒をお供えする。

☆ 年越し蕎麦は、あったかな?父の妹の来迎寺のおばさんが十割蕎麦打ちの名人だった。

正月料理は、昆布巻き、ひたし豆と数の子か、割り干し大根の賽の目に切ったのか。大根とニンジンのなます、ニンジンの白和え、といったところを覚えている。

餅は、大鍋にこし餡、納豆、胡桃、雑煮はごぼう・ニンジン・油揚・鶏肉で醤油味。

☆ 父が出稼ぎ先から買ってきてくれた雑誌の新年号に載っていた福寿草の花がなんとも不思議で、冬に花が咲いているのかとけげんであった。

新暦の元旦に、初詣に町内の神社をまわる父についていったけれど、おなかがすいて先に帰ってきてしまい、なんと情けないと母に嘆かれたことがある。

☆ 生まれ故郷の山形の母の手料理が、舌の原点で、子供のころのを再現したいと年とともに願われる。その頃は化学農薬もなく加工食品も食品添加物も今のように多くなく、GMOはなく、放射能のことは知らなかった。

☆ 小正月には、また餅をつき、だんごさし(まゆだま)を天井に飾る。

だんごさしの根本に飾る、なんというのだろう鏡餅のだんごさし用の、を母がつくる。だんごさしには、八百屋さんから買ってくる飾り物と、稲藁に餅をつけてつくる粟か米かを模したものも飾る。

だんごさしの木はミズキで、家の前の最上川の林の中に一本のミズキがあり、近所のひとはこの木からもらっていく。県庁所在地に引っ越してからは山形の初市で買ったと思う。

☆ 確か小正月だったと思う。小さな鏡餅を幾つもつくり、風呂場、台所、大工道具箱にお供えして、勉強机、ランドセルにももらった。子供心に神妙な気持ちになった。

☆ 『太平洋戦争が終わるまでは、ばあちゃんに教わったとおりのことを毎年同じようにやっていればよかった』と母は言っていた。

時、天、土地、旬の食べ物、暮らし、祈りとひとつになったものが、年中行事だった。山形の内陸だったから、地生えのものだった。農業人口が50%以上で、身体で生きている人が殆どだったと思う。

アップデートした形で年中行事を、コミュニティで、家毎に新しく世代に伝えて行けたらと、街中で1人で暮らしながら密かに願っている。

出来上がりました。我が家の正月料理。殆どがトラディショナルです。

『世代をつなぐ』

毎週火曜日は、🔷自分史をつくろうー今、未来に向かって

このブログのメイン・テーマです。

★ 今しがた、息子の家に家族みんな、5人集まっての年越しから帰ってきたところです。

『家族全員無事元気』この特別な願いと祈りが叶えられた一年でした。まずは、このことに感謝です。健康で元気でいてくれることが一番です。

鍋、寿司、オードブルに何種類ものの飲み物、全部うまくて、満足満腹。花咲く馬鹿話に大いにくつろぎまくって年越し満喫でした。

★ 今時自分で年越し料理をするうちは激減、みなスーパーで買うものだそうです。

私は、質素な手作りです。母の姿を見ていたからでもあるし、時代がまだそうでした。

★ このブログを始めてから、「子供たち孫たちに伝えたいこと」を、毎週木曜日の『子供らに寄せて』で書きとめることを始めました。

それは、いつか目に触れることがあって、その時少しでも共振してくれるところがあればありがたい、という気持ちで書いています。

★ すでに、老いては子に従え、の域にだいぶ入りかけていて、

若い人に向かって、大上段に振りかぶることなど、とんでもない、と自重しています。

情報力、IT能力、感覚、スピード、と、若い人達には、絶対に、かないません。

★ そこを智恵と年季でカバーできる存在でありたいと密かに願っています。

上から目線でああせいこうせいいうんではなく、

自身が自分の道をコツコツ一歩一歩歩いて行くことが、何よりも次の世代への贈り物かな、とつらつら思われる大晦日です。

上の息子の好きな昆布巻き、つくったのに持っていくのを忘れました。

『コツは“コツコツ淡々”』

毎週月曜日は、🔷小さいビジネスを始める、に当たってのあれこれです。

今日は、『結局、“コツコツ淡々”が基本だ』がテーマです。

★ ネットワーク・ビジネスでがっぽりお金をゲットしようと必死になったことがあります。

自営業の赤字と負債を解消せねばとめちゃくちゃ焦っていました。

セミナーやら、大会やら、借金して懸命に何回も出かけたものです。

その時は気持ちが高揚します。

でも家に帰ったら、何をどうやればいいのか、ほとんど不明でした。

★ 更に何度も失敗を重ねてから、学びました。営業のノウハウを。

① 自分が何者であるかを知ること

② 自分がなぜこの仕事をやりたいのか知ること

知る、というのは『必要な場合には言葉にして相手に伝えることができる』ということです。

③ 営業計画をたてる

思い通りには行かないときは、そこから学ぶ

④ 仕事のリズムをつくり、

記録する

➄ コミュニケーションのノウハウを学ぶ

同時に人間力をあげるようにつとめる 

そのために・本を読む・映画、ステージ観賞・自分より優れた実績のある人の話を聞く、などなど

⑥ 向上しあい、励ましあえる友達を持つこと

★ そして知りました。

生きる=営業 であると。

ここ数年は、話し方教室と作文教室に参加して、基礎の基礎から学び直そうとしてきました。

★ この中で一番大事なことは、

『計画する・行動する・記録する・続ける』

それも“コツコツ淡々”と、です。

 この『努力の妙味』にこそ生きる醍醐味がある気がしています。

 

毎朝撮っている同じ場所の風景 ルーティン・ワークになっています。

『年越し準備中です』

毎週日曜日は、🔷素敵にエイジング

今日は、只今年越し準備中のLIVE です。

★ 夕方暗くなってから友達が、頼んでいた豚の肩ロース1kgを届けてくれました。

清水町のやぶたさんの安心で美味しい豚肉です。

生姜焼き等用を切り分けて、早速焼豚に取りかかりました。

★ こちらは、山形の姉が送ってくれたひたし豆+切り干し大根です。

昨冬つくった割り干し大根が、残念、夏の暑さにやられてまして

やむなく切り干し大根になりました。

子供のころは、数の子が付き物だったのですが随分前から省略です。高価な貴重品ではなかった記憶のためです。

★ 別に変わったもの、豪勢なものはなく、山形の生まれた家のお母さんのつくってくれたものの記憶です。

北海道に来て知った“うま煮”は、今日の夜に作ります。

★ 大掃除は台所の75%とオフィス部分は年明けに持ち越しです。

ま、いっか、とおおらかにかまえることができるようになりました。

★ 東京から帰ってきた息子曰く「オレは正月もクリスマスも年中行事って全然関心がないから」

さようでございますか。無理もない。

ま、いっか、生きててくれてるし、と、無念にも思わず嘆くこともない

などにこにこと思いつつ

自分がやるべきこと、やりたいことを淡々と出来ている今年です。

昆布巻きをセットしまして一段落

『土曜の朝はホリデー気分』

毎週土曜日の朝は、NHK FM で“weekend sunshine ”と“世界の快適音楽セレクション”を聞きながら、まったり過ごすことにしています。

☆ 今日は、ピーターさんの特番で11時50分迄の大特集でした。

大好きな民謡クルセーダーズからお二人が出演、曲も沢山かかり満足です。

☆ 今日は息子が帰って来ることもあり、大掃除の続きをしながらでした。 

居間兼オフィスの半分が出来ました。

聖域もようやくクリーンアップです。清々しい!

なんとか大掃除のメドがつきました。

段取り表に赤のマジックで×をつけるのが、快感です。

なるほど、風水から見てもこれではアカンかった。あまり忙しくしないで、わがままテリトリーは常に清々しくと決意を新たにしました。

☆ 小豆が炊けました。

砂糖は明日入れます、息子と買い物の後で。あんこは3日がかりで寝かせて作ります。30年ほど前当時畜産大生だった岡田さんに教えてもらいました。

☆ 東京の息子が帰って来ました。寒いそうです。

お土産その1。信州飯田の干し柿です。「今食べると肥る」 はい!

☆ お、スリムに変身。筋トレに日誌つけて食事管理の成果とのこと、

このところ苦戦続きの母にはナイスな刺激です。

ご褒美シールがなかなかもらえない日々でした。

☆ お土産その2は、鏑木清方の“実物大”画集です。

このように仔細を見せてくれます。

☆ 今年は30日は友達のところで、大晦日は家族で、年越しです。年越し・正月料理も少なめにしようかと思案しております。

玄関迄出してあります。30日に外に飾ります。

『望む未来を実現させるための“場をつくる”』

毎週金曜日は、🔷望む未来を今つくるー政治は身近・気軽に政治

苦手、と言っていられなくなった政治のことあれこれです。

★ 今日は、段ボール紙で作ったプラカードを資源ゴミに出す準備をしながら、

「あらためて一から始めよう」

そんな気になっていました。

(昨日の分を今、土曜日に書いています)

★ 2015年夏、安保法制が国会に出されて以来4年半、

息急ききってあたふたと目の前に迫るあれやこれやに、とにかく黙っていてはいれらないと、

ほんとに健気にやって来たもんだと振り返ります。

★ 自衛隊を来月に中東に「派遣」するとの閣議決定にざわざわしながら、

ここはもはやハラを据えて、あたふたすることなく、地道に、

主導権を主権者たる私達が握るための

「場をつくる」作業をしていこう、

という思いが湧いて来ました。

★ その、「場をつくる」作業の内容をメモしておきます。

① 本気になる。勝ち癖をつける。あきらめない。

負け癖をつけようとする相手の思う壺にはまらない。

② ビジョンを課題ごとに言葉で示す

③ 勝つまでの工程表をつくり、戦略を練る

④ 学びあい、必要な場合は言葉で表現できる準備をしておく

➄ 同志間のコミュニケーションをトレーニングして、パワーの消耗を回避する。違いを尊重して、人格を傷つけない。

⑥ 定期的に集まりを持つ

・学習会 ・ワークショップ ・懇親会 等々

→小さなプラットホームをたくさんつくる。気のあったもの同士で、地域で 職場で

⑦ 日頃のお付き合いを大切にする

⑧ 情報戦略が最重要 

本当のことを伝える、伝わる伝え方をデザインする

主権者のメディアを持つ

等々、今思いつくところです。

★ わざわざノコノコと戦地に行かせるとは! 

私達は生きるために生きている。殺しあいをさせられるために生きているのではない。

 この国の政治状況はまさに絶望的だけれども、絶望できない人々が毎日がんばり続けている。

勝つために、最低潰され切らないために、智恵を搾ってコツコツ続けていきましょう。

起死回生をあきらめることが出来ない。まだまだ始まったばかり、ヨチヨチ歩きの段階で、主権者としてやってないことのほうがずっと大きい=できることが沢山あると思っています。実現できるための「場」をつくって強くしていきましょう。

★ 勿論、ひとりでは絶対無理です。ワクワク力の湧いてくるチームワークで参りましょう!

以上今言葉になることをメモしておきます。

初心忘るべからず、心機一転を期して資源ゴミに出します。
これは小さいし取っておくことにしました。憲法違反のこの法律の現実を突きつけられる日々が続いています。

『雪のこと』

毎週木曜日は、🔷子供らに寄せて

今日は、雪のことを書いておきます。

★ 生まれ育った大石田町は豪雪地だった。

朝起きると、入り口が雪に閉ざされていることもよくあった。

今思うと、その頃お母さんは50前か、父と兄二人はいつも出稼ぎで家にいなくて、雪降ろしのために山形市から家に帰って来る。

ある年、男手が間に合わず、母と姉ふたりで雪降ろしをしたことがある。私と弟は下で見ていた。

茅葺き屋根の、けっこうな急勾配で怖がりやの母は命懸けだったと思う。

最後に、なんていうんだろうか、家の正面の特に勾配が急な部分を雪降ろし中に、姉二人が雪とともに落下した! 

幸い雪が深い年だったので怪我はなかった。

年三回~多い時hs五回雪降ろしをした年があったと思う。

★ 家と家の間には屋根から下ろされた雪が積もっている。

そこに姉と近所の友達で迷路を掘ったことがある。

春先気温が上がると、落とし穴になるので気をつけねばならなかった。

標準語でいうかまくらは、家の前の階段を下りた、家を背にして右側に作った。たいてい姉たちがやってくれた。お世話になったものである。

★ 雪降ろしが終わると、家の前に通り道を掘り起こし、滑り台を作った。

板のスキーと竹下駄が乗り物である。

竹下駄は、下駄の底に竹を打ち付けたもので、確か部落の桶やさんにやってもらったような気がする。

全校雪遊びの日があり、町外れの小山に行った。

今の子供たちには想像も出来ない装備だった。防雪ウエアなどなかったのだ。寒くて冷たくて大変だった。

★ とても好きだったのが、箱そりである。

短いスキーのようなもの、なんて呼ぶんだったか思いだせない、その上に箱をのせて押すようになっている。その箱に乗るのも乗せるのも好きだったな。

豆腐やさんは、箱そりを引いてチャルメラ?を吹いて売りに来た。

★ 吹雪の日に登校するときは、上級生が前に立ちマントを左右に広げて小さい下級生を守り、小さい私達は安心して付いて行った 

★ 最上川逆白波の立つ迄に吹雪く夕べとなりにけるかも  茂吉

この風景を2階の障子戸を開けて見ていたような気がする。この歌のイメージから作った記憶かもしれない。

★ 雪の来る前に「そがき」をする。家を雪からまもるために、材木を家にざっと当てるのだ。添垣、かな?

だから冬は家の中はいつも薄暗い。

暖房は、囲炉裏の上にやぐらをのせた炬燵だけで、正月には火鉢を出した。

★ 町のメインストリートを馬そりが行き来していた。

そこにある年、ブルトーザーがやって来たときの違和感と屈辱感をずっと覚えている。

高度経済成長政策が始まっていた。小学校三年か四年、昭和30年代の初めである。

弟が学生服を着ているから一年生、とすると私は四年生。昭和32年の冬。三人の姉、すごく仲良しの親戚のお姉さんに挟まれて私。

『年明けは本』

毎週水曜日は、🔷読む・書く・話す

随分範囲が広いですね。

今日は、年明けに読む本を紹介します。

★ 最近突然、本モードに入っております。

実務、実務と追われていると、擦りきれてエネルギーの在庫がマイナスになって来まして、ま、身体の反応です。

★ 読める冊数が限られて来ているので厳選、と思ってみる、

でもそのとおりにはいきませんね。

★ 帯広市立図書館では年末年始15冊迄借りることができる、ということで袋を持って出かけました。(→やっぱりリュックに入れて来ました)

・ まずは、新年1月の読書会で取り上げる本の著者、渡辺京二先生です。25冊くらいあったので、私が取り付きやすそうな物を選びました。

(すみません。息子が帰省しますので直し方覚えますね)

・ ブレイディみかこさんをコレクション。著書は貸出中でした。

・ 隆慶一郎さん読破しようとしています。

読み出したらとまりません。

・ こちらは、友達の本好きな孫くん用。御用済無料放出の棚から頂いて来ました。

すらすら読める子供向けの本にはほっとします。字が大きくてうれしい!です。読んでから上げます。

・ 最優先日本の古典文学、『風土記』は貸し出し期間延長してきました 

★ 友達からの今年の年越しプレゼントです。グロリアには、大変勇気づけられています。

(すみません)

★ 息子に頼みました。

11月から始めた読書会のためです。

★ というわけで年明けは、本です。

来年こそ、ここに引っ越してからかれこれ10年め、空かずの段ボールを開けて、本を再整理して必要な本は本棚に並べねばと思っています。

このブログを書くときにもサッと取り出せるように。

(それほど量はありません)

年越し用羽織です。大掃除・年賀状・料理がその前に来ます