【Try a Little Bit Harder】

1427/10000  月歴7月17日  太陽歴 9月8日(月) 快晴 最高気温29度 爽やか

皆既月食が日高山脈に傾いて
 未明から皆既月食、起きれるかなと布団に入りました。
 起きれました!3時過ぎ、間に合いました。
 廊下を南側に行くと見えました、
 皆既はちょっと過ぎていて私のスマホでは満月になってしまう・・・
 白み始めるのはまだ4時前、西空に傾く欠けた満月、
 大快晴、スッキリと伸びる日高山脈に沈んでいきます
ちょっと目を離した隙にすっかり沈んでおりました。

◆今朝はぺこちゃんと、月一仮称「ばばぢからクラブ」の日です。
 ぺこちゃんは小学校教師歴40年、校長で退職してから約10年、
各種資格も取得済み、今も幼稚園の顧問から
教育委員会と独自の教育相談まで、全世代と交流しながら
「子どもたちのいのちのバトンをすこやかにつなぐ」
この使命を胸に教育現場でご活躍なさっておられます。
それに実は私のクライアントさん第一号なんですよ。

今日のよもやま話からサワリをかいつまんでメモしておきましょう。

◆まずは、お互いに暑さに参った夏です。
 東京は酷暑、北海道もけっこうな暑さに加えてトシも。
 クーラーは家族防衛必需装備。

「宿題お助け塾」「剣山野外体験会」「孫たち」

 子どもたちが自分で気づいて
やり方も自分の身体でつくりだして会得していく
のが
素晴らしくて面白くてうれしい
「できると思って(自分を信頼して)やってご覧」

子どもといると楽しい

学校、すでにある場を活かす
現場では工夫と創造活動も活発
タブレット問題 
    正解は一つだけ、そこまでのプロセスが等閑視される
オーストラリアでは禁止

自分で自分の意見が言える人間になってほしい

こどもたちの自◯
 信頼できる人がいない
 『いのちに嫌われている』致死願望
  政治と経済があらゆる面から◯しに来ていて
  人倫の崩壊、タガが抜けてしまった世の中
  この空気を、言葉にならなくても肌で身体で感じている
身を守るシールドを備える必要がある。
▢具体的に何をどうすれがいいか?

コミュニケーション
  助けを求めてほしい 助けてくれる人はきっといる
  相性が良くて高めあえる人と出会えるように
  押し付けない I(アイ)メッセージで
  そばに寄り添って直感で言葉をかける 
  年季、年の功がものを言う😉
   人はだれでもその人なりの哲学を持っている
 ご飯を一緒に食べる
  足立区の給食は質がよい

ハッピー家族に
 自身の「失敗」を微笑ましく思える心のゆとり
自身の見え方が変わる 不安とコンプレックスからの開放
 共感脳、解決脳を開発する

男と女 性
   ここに尽きる
護身術を身につける必要
違いと尊厳を尊重しあう訓練

結婚しない若い人たち
メンドクサイ
   生物的な生命力はどうなっているのか
   政治問題 失われた30年 生活の逼迫

トシと付き合う
 🍀Do’nt Take it Easy Put Youself Harder!
 🍀老化は誰にでも訪れる 成長は選択したものだけが獲得する

  ステキな82歳女性の言葉が昨日インスタグラムに入ってきて
  目が覚めました。大意です。
https://www.instagram.com/p/DNvA8QV5v_u/

 シリアスにならないで、がんばらないことをがんばろう
 Try a Little Bit Harder!

残された時間で何ができるか?
  削って絞って一点集中
P 子どもたちと一緒にいると楽しい
S 「書くこと」を最優先、
  自身の生きた証 他者との共有に挑戦

 ▢FACEBOOK LIVEやってYoutubeにストックしていこう!
ひとりでできるようになりたい!
  IT、億劫がらずに覚えようという気になってきた

 卓越した文化、ワンダフルな芸術、自然に触れる
  書道 無になれる  ペン習字を練習 字を書くこと

まず私が笑う 自信 最優先は自分自身の満足
  ▢自信が持てるようになるには? 
  人は人 氣にしない なんとでも仰って😉

できることから少しづつ行動を積み重ねていきましょう。
  「子どもたちのイノチのバトンが
すこやかにつながれることを願って

  世の中の礎の石のひとつになりましょう」

ざっとこんなところで、あっちいったりこっちに来たり
女同士の気のおけないよもやま話のアウトラインでした。
お互いやりたいことがいっぱい、
ほがらかに生き抜きましょう、それがば~ばの生きる道
一寸先は闇、としても。

最後までお目通し下さってありがとうございます。
ではまた明日。
気温19度 月夜 近くで虫のすだき。

 

【子どもたちに「生き抜く力」を】

1415/10000 月歴7月23日 太陽歴 8月26日(月)

 この団地に引っ越して2ヶ月、とても住心地がよくてありがたく満足しています。
隣に小学校があって昼間に子どもたちの声が上がってきます。駐車場からも子どもたちが遊ぶ声があがってくるので見てみると、駐車場ではなく隣接の棟沿いで遊んでいるのでした。道路を挟んで小さな公園がありそこでもこどもたちがわいわい遊んでいてお母さんたちがおしゃべりしながら見守っています。登校と下校時には子どもたちが通ります。それだけで心が和みます。いいところに越して来れたと目尻が下がります。


昨日は友達のTTさんが寄ってくれてばあさん二人で情報交換しました。
TTさん「本州の方では、公園や保育園、学校の子供達の声がうるさいと苦情を言う人がいて裁判に持ち込む人もいるんだって。オワッテルよね」

TTさんは子供が大好き。25年以上前、チェルノブイリ原発事故の放射能被災地の子供たちの保養運動以来のなかまです。昨日寄ってくれて久しぶりに四方山話、テーマはもっぱら
「子どもたちをまもっていのちのバトンをつなぎたい」この一点に集中しました。

「秋から始まるコロナワクチンの定期接種、打ってはダメ、一人でも多くの人に伝えたいよね。時々勉強会してるの」
シェディング(コロナワクチンを打っていない人でも打っている人の近くにいると、その毒を受けてしまう)、コロナワクチンによって病気がひどくなって死期が早まる、この経験、家族、友達の実例の交換をひとしきり。TTさんの家族も私も経験しています。

環境そのものが汚染物質だらけ、それがこの国の実情です。
福島原発のメルトダウンに加えて、巨大風力発電の林立、阿蘇から知床まで触手を伸ばしてきた太陽光発電、
世界一の食品汚染、PFASの水汚染、食糧自給の低下、激減する農業人口、米がスーパーから消える

「農業をまもって食糧自給率を100%にすることが、国家の政策の大黒柱だよね」
「障がいを持って生まれてくる子どもたちが激増している。その子どもたちはもちろん大切にしなければならないけれど、そうならないように、①食品を汚染させない ② おもいやりが普通になるように 管理強制でない人権感覚の教育体制、をつくる、このことのほうがもっと大事だよね」

「 賃金30年上がらない、約半分が派遣労働、 この国の政府は絶望的だけれど、あらゆる面から◯しにきているし、ものを言う人がなんで増えないのかな、55~65年前だったら国中デモだったのに」
「でも、気づいて、これじゃだめだと、いのちを大切する活動を地道に実践している人たちは増えているんじゃないかな。
今の時代に、マッチしたアクションの仕方、若い人たちに期待してる。これから生きて行く時間、アップデイトな感覚、それにIT力、婆さんたち、絶対にかなわないもの。」
SNSでもアンテナ立てて、希望情報に目を凝らしてる。どんな理不尽にも全く揺らぐことなく堂々と真っ向から論陣を張る方も少なくないし。」

「品格のないゾンビ集団ばかり見ていて、若い人が、これが政治だ、そんな空気をあたりまえと思っているんだったら、ツライものがあるよね。倫理、道徳、品格の下落、それに文化の凋落、これが一番こわいわ。」
「この列島にうまれた真っ当な誇りってなんだろう、戦国時代からすでにヨーロッパ人に、違和感とわけのわからなさを感じさせていた。戦争させるための愛国心、ではなくて真っ当な誇りを探りあって言葉にして共有する、この作業が要るよね。歴史を知って共有する作業もね。
自前の寺子屋、プラットホームが列島中にできて、ゆるくつながっていけるといいね。SNSを駆使して。もう始まっているよね」

「コロナワクチン問題の集まりで見るお顔って殆ど知らないひとばかり、直接的に命が危ないとSNSなどで知って、ほんとのことが知られるようになってきてるよね」
「東京のコロナワクチン反対デモには30000人以上集まっているのよ。マスコミにはでないけれど」

「子どもたちのいのちをまもっていのちのバトンを繋ぐ、このこと以外することってないんだよね。トシを取ると70歳くらいからほんとに自然に後世のことが気になってくる。」
体力も時間もないし、スピードは出ないし、できることは邪魔にならないように『いるだけ』
年季と本気で、若い人を支えていけたらと思う。
ここまで来たら即効薬はないと思う。底の底からやり直し
縁の下の力持ちとして、子どもたちが自◯しなくなるように、そんな世の中の石垣の石をひとつひとつ積んで未来に備えたいな。『生き抜く力』をつけて生き抜いてほしい。
清水町の友達がね、役場の行事として、子供たちと野外体験教室をやっていて、好評なのよ。」
「シビアに深刻にならないで、うまいことかわして笑ってほがらかに、なるべくね、これ、庶民の底力だよね」

シダとツユクサ@イオン様北側
朝、雑草の力を身のうちに取り込む

『25年後、東アジアで魚が獲れなくなる』

1407/10000 月歴6月16日 太陽歴 7月21日(日)


ショック!衝撃の事実の数々~
✖ 「2050年、東アジアでは魚が獲れなくなる」と、国連本部は予想している
✖ 地球上の種(しゅ)の70%近くが、2022年までに失われている
✖ 海藻が獲れなくなっている。
  羅臼の養殖昆布は8割減 山口の祝島では、ヒジキが5,6年前の10分の1に
  巨大風力発電が来た海、漁師さん、魚が獲れなくなって油代も出ないから、
漁業権を売ったほうがいいと。
✖ 昆虫の87万種が絶滅、征さんの身近で種のないマンゴー、ほおずきが出現 ( 日本でもミツバチが激減 とSNSに頻出中)
✖ 酸素の供給は緑の樹木だけでなく、海藻、プランクトンからも。
 現在、地球上から消えている緑は、一分間にテニスコート一面分、一年で九州の3倍の面積
✖ 酸素が減ってしまったら、居住空間が高山の状態になってしまう。


日々の暮らしが滞りなく過ぎていくと、つい忘れがちな、環境そのものの危機、
こうしてじかにお話を聴く機会、大切ですね。
昨日は、環境活動家、山田征さんのお話、『自然エネルギーと地球・子どもたちの近未来』に参加しました。主催は、北海道オーガニック・ビレッジさんです。

征さんとは東京・中央線時代からの友達です。今は山梨にお住まいで、電力は買わずに再エネ発電賦課金に反対の意を表明しておられます。
環境問題のお話で年100回、全国をまわっておられますが、スマホもパソコンも使わずに何の不自由もなく、直接現地で見て聴いて、図書館に足を運んで情報に接しています。

スマホ、パソコンなしで何の不自由もない、
✖電子機器の部品に使う鉱物は、地球の内臓を掘り起こして現地に棲む人々からの収奪でゲットしている、
✖AIの進化、ITの進歩がかまびすしいが、それによって消費されるエネルギーも激増する。
千歳にもできる、熊本で稼働している半導体の工場から出る排水は海を汚す、大きな問題である。

人間だけのための進歩、進化によって、犠牲になる動物、昆虫、樹木、海藻、プランクトン、グローバル・サウスに棲む人々、
酸素不足の事態が迫っている、
このままでいいのか、子供たちは大丈夫か、
『生きていくのに覚悟が必要』(大意 文責 荒木)、と静かに語られました。



・30年前、八百屋をしていた時、『子どもたちに緑の地球を!』と毎週ニュース・レターに書いていた
・かれこれ40~50年前、電気ガス水道なしの山の中の一軒家で暮らしていたとき、人間の身勝手な経済活動にアンチの表明だった
この初心が鮮やかによみがえってきました。そして当時より加速度的に事態は酷くなっていることに暗然となります。

でも、下から、隣の学校の子どもたちの声が上がってくる、となごみます。孫姫は怖いもの知らずまもなく二十歳、手渡したいのは、酸欠の地球、ではありません。緑の地球です。

私の仕事のテーマは、『生き抜く力』
「生きる力」ではなく、『生き抜く力』です。
この力の土台ができるようにと願って、今 その内容構成、がんばっています。
私の『生き抜く力』の原点、清水平での暮らしの記録も書き進めています。

ムラサキツユクサの朝露に心が躍る朝、
昨日の征さんのお話のことを思い出していました。
「子どもたちに緑の地球を!」「呼吸が普通にできる地球を」ですね。

征さん、オーガニック・ビレッジさん
ありがとうございました。

『 生き抜く力~勇気・希望・知恵 』

1397/10000  月暦4月26日 太陽暦6/2(日)

 この4月から向う3年の最優先課題を「書く」ことにセットして、
Kindleから出版していきます。
では、どうして書こうとしているのか?
読んで下さる方とわかちあえればと願っていることは何か、
メモしておきましょう。

  
① なんといっても、技術、です
。ノウハウですね。
言うだけ、思うだけでなく、実際できるようになる技術です。
それも、シンプル、今日の今からすぐできて、効果てきめんな
・時間の使い方  ・ご飯の頂き方 ・姿勢の整え方
・ストレスフリーのコミュニケーションetc.
とはいうものの、修練は時間を要します。
・良い習慣のつけ方 も併せて。


② 問いも答えも自分たちで作っていく時代、一方で可能性がこれまでになく多い時代、
でもうかうかしているとあふれるネガティブ情報に負けてしまう、
そうならないように、
どんな時代になっても変わらないことを抑えておこう、
生きることの土台、基礎を打って、子供たちが世の中に出て行けるように。


 勇気・希望・知恵が湧いてくる技術
掃除、洗濯、ご飯、子育て~ふだんの暮らしの中で育まれるように




願いをひとつと問われたら、その答えは、
「子供たちが安心してスクスク育つ穏やかな世の中になること」です。
縁の下のチカラ持ちとしてそんな世の中のの基礎の基礎、
いしずえをになっていこうとしています。
少しづつパワーポイントで内容をまとめています。
引っ越し終えて7月には紹介できるように、準備中です。
 日時が決まったら案内しますね。
 みなさんのお声をたのしみに作業すすめております。

追記 月歴5月24日 太陽暦6月29日

『生き抜く力』
 決まりました、私がお伝えしてわかちあうことの一本の軸、
「生き抜く力」に決まりました。といっても、元気ないときもそれはそれ、
いつもバリバリでなくてかまわない、それをも含めての「生き抜く力」です。
その原点となった、信州の清水平での暮らしを今あらためて書いています。
お盆までにKindle出版が目標です。楽しみにお待ち下さいませ。

★この本無しには息ができない~そのうちの2冊

『鯉のぼり~㈷子供の日』

1387/10000  月暦3月27日 太陽暦5/5(日)

 今日は子供の日です。
 わが家は息子が二人、満46と40歳です。母にとってはいつまでもわが子、自身の人生は子どもを授かってからといっていいくらいです。
 それで今年も鯉のぼりを掲げました。かわいかったので100円ショップで新調して、数年まえに同じく100円ショップでゲットしたもののひもを補強して下げました。


  わが家のご近所では鯉のぼりがひとつも見えません。どうしてもだんごが食べたくなって
小一時間かけて自転車でだんごやさんの大福亭に向かう道すがら、ついに一軒、ありました!
大きな鯉のぼりを上げているお宅が。その近所のつくし幼稚園さんではグランドの空にずらりと鯉が泳いでいました。昨日鹿追まで行ったらさすがに農村地帯では、数軒堂々たる鯉のぼりが泳いでおりました。

わが家の鯉のぼりは、思いは溢れてはおりますが、ちいさいしチンケなのは否めません。それは子供のころの鯉のぼりが原体験としてあるからです。
 鯉のぼりの竿は杉の一本木、軒下に保存してありました。5月節句になると、父と兄たちが鯉のぼりを立てるために出稼ぎ先から帰って来ます。てっぺんには杉の木の青葉を飾ります。
大きな鯉のぼりを朝に上げて夕方にはおろします。吹き流しがなかったので、母が、建前(我が家は大工でした)の飾りの五色の旗を縫い合わせて作ってくれた時はうれしかった、ややさめた鯉のぼりの色とはミスマッチな鮮やかさではありました。


 軒下には、ヨモギと菖蒲を挿して厄払いして無病息災を祈ります。風呂は菖蒲風呂です。
五月節句といえば、笹巻です。だんごともち米のと二種類、笹の葉に包んで蒸して、煮ます。 お母さんが、です。 一緒に手伝えばよかった。 笹の葉は子供会で朧気川沿いのささやぶに取りに行って一軒一軒回って売って子供会の活動費にしました。
 実家を離れてから、もち米のを食べたいとわがまま言って母に笹の葉をスゲの糸での結び方を教わろうとしましたが一回では覚えられませんでした。今では年中売ってますが手が伸びません。


 鯉のぼりの竿は、県庁所在地に引っ越したときトラックに積み込んで持ってきましたが、いつのまにか折れてしまった、と父か母か兄かが言っていたのを耳にしました。両親と兄たちの喪失感、父の喪失感を、今になって思いやります。それを意識していただろうかとも。あるいは、意識してあらたに何らかの伝統をつくるのは、私たちの次の世代になるのかもしれません。生活に追われて鯉のぼりどころではなくなり、山形市では上げたことがあっただろうか。
帯広市内ではほとんど見なくなった鯉のぼり、高度経済成長以前の町ではどの家にも鯉のぼりがたなびいていたものです。この違い、私たちの生命力、時と季節と一体になった暮らし、なによりも子供のすこやかな成長を祈り願うこころそのものはどうなっているのか、つらつらと思われてうすら寒くなったりもしますが、街であうお子たち、お散歩の園の子供たち、わが家の大学生とまもなく2歳の孫姫と、目の前の子供たちがいるのですから、人の道としてまもってあげなければなりません。
 わが家の鯉のぼりは月歴の五月五日まで出しておきます。

『清水平便り~『須貝アキラ 追悼集』より』

1386/10000  月暦3月26日 太陽暦5/4(土)



「私たちが信州の清水平にいたとき(1977~85年)獏原人村、大鹿村、小谷村などと、山人同士でひんぱんに行き来しあった。
 そんな冬前のある日、清水平の小さな谷に、アキラとシャイアンが大鋸担いで現れた。ヒッチで来てくれたか、軽トラだったか、ヒッチだったような気がする。そして一冬分の薪を切って帰って行った。囲炉裏で玄米を炊いて清水平の野草山菜でうまい飯を食べた、と思う。
清水平の山と川の谷の中に、今もその時のアキラとシャイアンの姿がはっきりとと見える。
 このシーンは、私の生きるよすがの一つなのです」



 ここに引っ越してからの13年分の片付けを始めたところ 早速出てきた清水平の資料が3冊、そのうちの一冊、『足に土 原人・アキラ 須貝 アキラ 追悼集』1998年「人間家族編集室」刊)から、私が寄せた「大鹿の空にあまねくなったアキラよ」から清水平関連を中心に抜き書きしてみます。


 「昭和35年ー高度経済成長政策本格化、60年安保闘争、三井三池闘争。1965年アメリカ軍
ベトナムに北爆開始∼ベトナム反戦と大学闘争の60年代後半。(私は活動家ではなかった。でも構内で毎日繰り返されるデモを見ながら「いったいこれはどういうことなのか?」それが知りたかった。2015年夏にそのジグソー・パズルのピースがピタッとはまった。)
 5年かかって大学を卒業後、フツーの就職をする気のなかった私は、リュックひとつで当時高田馬場の線路沿いにあった「ヤマギシ会」の案内所をたよって東京に出た。1971年暮のこと。
 当時、岸田哲ちゃんたちが「キブツ協会」をやっており、神宮前の事務所で「コミューンの会」が定期的に行われていた。(中略)
 60年代後半の空気がまだたくさんあって、金銭経済至上主義社会の歯車の部品として生きるのではなくて、全身でいのちまるごとで生きることを求め、模索する者たちが磁石のように引き合って、期せずして「人間家族」が自然発生していった。(中略)

 私たちにはごく当たり前のそして不思議な縁。自在闊達な中世の血と遺伝子の濃いもの同士か?いずれにせよとてもラッキーな同時代体験だった。日常の生活の中で見え隠れしながら、変わらずにフレッシュ、エネルギーの源泉となっている。70年代の10年から80年代にかけてバカバッカシ沢山やった。(今でもそれほど変わらないか)めいっぱい初めっから、教科書なしに不器用に経験体験を共にしあった。ホント、ラッキーだったよね。一方過酷な試練に耐えられなかったなかまもいたことを忘れない。


「アキラのおかげだね」「アキラがみんなをあわせてくれてるね」「もうこんなに一堂に会することないよね」 (中略)地元、大鹿のみんなの、アキラを送る気持ちがひしひしと伝わってくる。
 大勢の子どもたちがうれしい、頼もしい。(すっかりババ気分)
  🎶はなればなれにならず はなばなをまなび はなばなのみちを
   よそおいかるく あるいていけよ🎶
うちの太郎と二郎も忘れないでね。太郎も二郎も、アキラの野菜をもりもりべて食べて大きくなったのです。二郎がおなかにいるとき、南瓜やいろいろ何十㌔も大鹿から送ってくれて、清水平の入り口から担いで家に運んだ。身重の私がかついだことも気遣ってくれたアキラを思いだしてまたうるうる。
 みんな髪に白いものが混じっている。心の中にはしっかりと原石が座っている。はじめて会った頃と少しも変わっていない。キリキリイライラカリカリ、神経戦に憂き身をやつしていたころがなつかしい、トシの功、トキのチカラ、角が取れはじめているかな。
「まだまだこれからだ」電話口の向こうで。アキラの声が静かに落ち着いていて頼もしい。病の床に臥す少し前のこと。」



 それにしてもこのアキラの追悼集はすごい!1970年から28年、追悼文をよせたなかまの多くが50歳前後の働き盛り、以来26年が経つ。よくぞ編集発行してくれたものだと唸ります。 世の中の動きが併記されたアキラの年譜迄編集されている。 当時の息吹き、年月ともに世事のなかで忘れそうになる初心が鮮やかに、当時よりも深くシブく蘇ってきます。
『うむ・はぐくむ・わかちあう』この三つのことばを与えてくれた清水平のことを、今あらためて書きとどめておこうとするとき、新たに手に出来たこの追悼集の力の大きさはなかなか言葉にしきれないものがあります。
 昔語りではなく、いまとこれからの時代に、次の世代とともに考え合い、行動し合うことを念頭に清水平のことをあらためて書いてみます。


『「ありがとう」の大波が来た』

1365/10000  月暦2月10日 太陽暦3/19(火)

「ありがとう」
せずにいられないですよね。
しないとハシタナイと感じますよね。

それでもいつのまにかネグレしてしまっていて
もっとほしいと
足りてないもののほうに意識が無意識にいっていたり
あたりまえのコンコンチキになっていて
鼻先であしらっていたり
MUSTな用事に気を取られて
ありがたいことに対して
正面むいて挨拶がおろそかになっていたり
することないですか?


朝4時ごろ目が覚めて布団の中で
苫米地英人さん式の逆複式呼吸で瞑想していると
ヒラメキ・タイムがおとずれるのがルーティンになっています。
今朝布団をあげているとやってきたのは
「ありがとう」の大波でした。
22日から出かける東京~山形行、
待っていてくれる、ミロさん、富士子さん、恵美さん
今回は会えなかった松永さん、
まだ連絡のつかない貞子さん
市ヶ谷で花見をセットしてくれたケンゾーさん、
享子さん、さちこさん 、わたるさん・・・
山形に連れて行ってくれる弟の利明くん夫婦、一緒に行く
ゑい子ねえちゃん、山形で待っているのり子ねえさん
ひとり一人の家族とその歴史と今の様子、
旅程をイチイチ☑入れてくれる息子たち
そのシーンの仔細のひとつひとつが
ありがたいかたまりの大波となって
まるで目に見えんばかりに大波となってやってきました。
出発前の準備とその前の課題でいっぱいいっぱいになって
ありがとうを忘れていました。

ありがとう日記をつけてから何年にもなるけれど
こころがこもっていなかったみたいだ
ありがとうにも浅い、深いの諸相があるんですね。

「ありがとう」って思っていなくても
そう口に出すだけ、心の中で唱えるだけでも
ご利益があるそうです。
イヤな目にあったとき、立ち往生した時
まずは、思っていなくても
苦虫潰した顔で「ありがとう」するのも
悪くないかもしれません。
あ・り・が・と・う の言霊が
ちゃんと応えてくれるらしいです。

もうひとつ、
私達の健康をつくるのは75%が気の持ちよう、
なかでも「ありがとうする」と免疫力が上がるんですって。
タダでできることがあるってこと。(だからと言って
治療、検査をないがしろにしていいわけないですけど)

ありがとう」は魔法のことば、
意識してタダで得しましょう。

北海道ではお目にかかることのないツバキ@山形、昨春

『人と人との間で』

1363/10000  月暦2月8日 太陽暦3/17(日) 2024


人と会うと俄然元気!になりませんか?
(相手にもよりますけど)

哲学者の鶴見俊輔さんは晩年質問に応える形で本を出されていました。
でないと話が出て来ないからとおっしゃって。
何で鶴見さんほどの方が?といぶかしく思ったものです。

今朝ZOOMでお話させてもらった
『モノと暮らしの片付けコーチ』の恩庄ともみさん
質問がほんとにじょうず、
なので相乗効果
言葉がはっきりと出せる
まだ言葉になっていなかったことが言葉になる
新たな気づきが言葉となって飛び出す、
ひびきあってクリエイティブになる時空
渋い喜びが湧きあがります。

ひとりではやらない、
知らず知らずのうちにひとりよがりになるし。
人に聞く
まわりをリサーチする
ビジネスなら,「答えはお客さまが知っている」

オンラインのZOOMで話すことが増えてきて
話が弾むと、この方と一緒にやったら
深くなって早くできて
ひとりではできないことができる
この人とならそれぞれの経験をシェアして
ひとりではできないことができると
ワクワクする。

何もかも一人で完璧に、って
そもそもムリ
山の中の一軒家で暮らしていたとき
悟ったものです、
「子育てとご飯は社会的なものである」と。
核家族で、ひとりでは不自然だと。
人生の折り返し点の混乱のさなかに、
ハタと思い当たったのは
「自分なんてどこにもいない
ほかの人のよせ集まりに過ぎない」と。

人と人の間で生きているんですよね。

早春のつらら、もう落ちました。

『季節を感じる時間がほしい』

1312/10000 1月14日(日)2024年


享子ちゃん

『普通に季節を感じられる様になりたいです』よね。
去年一年、超絶のがんばり、でしたものね。
去年だけでなくてずっと、ね。

ベランダの野菜は元気ですか?
コンテナ・ガーデニングで私も
ガーデニング、覚えました。
栽培している野菜といっしょに
季節を感じますよね。
野菜に季節を教えてもらうことも多々あります。
いとしい、うれしい、生きる喜び。

正月、このトシになる前から
思い出すのは、生まれ育った
山形の田舎の暮らしばかりです。
高度経済成長前で
季節と、旬の食べものとひとつになった
年中行事を執り行うのが
母のメインの仕事でした。
こういった年中行事って
核家族、独居ではなかなかサマになりません。
部落、コミュニティがないとむづかしい。
子どもたちに年中行事を体験させてやりたいと思いつつ
商店街の七夕、盆踊りに連れていったくらい、
今は、家族そろっての年越しがせいぜいのところです。
母に聞き書きしておいた生家の年中行事のメモも
度重なる引っこしで行方不明に。
大型店のキャンペーンにあわせての年中行事もな、と
餅のビニール袋を開けながら寂しくよぎるわけです。



壱岐ではお母様、どんな暮らしだったのかしら?
農文協さんから出ている日本の食生活全集』に
きっと壱岐ページもあるんじゃないかな。
直接聞き語りしてもらう方が早いですね。

わが家は1960年に県庁所在地に引っ越しました。
父と母、わけても母はどんな気持ちだったのだろうかと
遅まきながらその心中を思いやっています。
親孝行したいときには、です。


ゆっくりじっくり季節をあじわう暮らし
年中行事も、私たちで新たにつくって
そんなコミュニティ、コモンズつくりましょう。
自然な感じでできるように
ストレスフリーなコミュニケーションを
鍛えておこうとしています。
長期計画ですよ。


立春までまだ二十日、
お風邪召しませぬよう。
東京は沈丁花が咲き出していますか?
能登のなかまたちは皆タフで元気で、
お風呂もらいに行ったり
屋根を直したり、
避難してくる人を受け入れたりしています。

今日の夕空です。
奥の日高山脈が雪の防波堤になってくれて
冬は東京と同じで十勝晴れの日が殆どです。



『おかげさまで』

1296/10000 12月29日(金) 2023

何かいいことを話すとき
❝おかげさまで❞とひとこと添えずにいられなくなったな
とふと気づきました。忘れたらあわててあとで、
❝おかげさまでね❞と付け加えずにいられなくなった、
これって、トシの功って言うんでしょうか?



キーキーカリカリが辛くなってきて
『中庸』、モデレートがよくなってきました。
うちの息子たちの父ちゃんが、ふっと
『中庸がいい』というようなことを言ったシーンが
 朧気によみがえります。


白か黒かでバッサリできない場合が殆どな気がしてきました。
ダメなものはダメとハッキリと言わなければダメですけど、
この国の平和・人権を大切にしている人々も
その言い方はないでしょう、と辛くなることがあります。

意気揚々と断言して憚らなかった、
今なら恥ずかしいというか、ほほえましいというか、
そんな若い人を前に、何かためになる一言が言えるだろうか、
今そのような若い人がいるかどうかわからないけれど。

体力のかわりに知恵が出せたらいいですね。
そのとき、『おかげさまで』
このひとことは、けっこう効くのではないかと
期待しているのですが、どうでしょう?

沈む満月、28日朝。 朝窓を開けて空を見上げるのが楽しみです。