『南正人さん、ナミさんの思い出』

614/10000 2021 01 10
毎週日曜日は、◆ステキにエイジング
今日は、7日の夜にステージの上で急逝したナミさん、南正人さんのことを書きます。今しか書けないだろうから。



 ナミさんが突然あの世へ旅立った、LIVEの最中、ステージの上で。本望だったのでは、と思う。

1974年夏、ナミさんがバンドで山形に来た。夏の白い光に全員生成りの白い衣装だった気がする。登場して数十分、30分くらいに思えた、ナミさんは延々とワンパターンのリズムを繰り返した、ざわついていた会場が一つになるまで。
 これで一発でハマった。アルバム『回帰線』を抱きしめた。中身の記憶はおぼろだけれど、一つの原体験として変わらずに胸のどこかから動かない。
 演歌のような曲、フォークのような曲、プロテスト・ソングのような曲、民族音楽のような曲、どれもこれも全部、ナミさんの歌だ。

 北海道に来て何年目か、1980年代の末か、ナミさんから連絡があり、道内の心当たりの何か所かに声をかけて、ツアーのスケジュールを組んだ。帯広のロック友達への情宣に、大築さんの『人間家族』から『南正人音楽活動30周年記念コンサート』のインタビュー記事をコピーして配った。
 芦別駅前の『ロックハウス・ディラン』(コロナの後北海道にお越しの節はどうぞ!)の忠さん(伊藤忠司さん)に電話すると、願ってもないことです!と喜んでくれた。
3回=3年くらいやったと思う。そのうち一回は、なんとナミさんが帯広駅に現れたのは一日後だった。私の連絡不足のミスである。そのあと火の車操業の自営業が多忙で若い人に役割を譲った。帯広には来なくなっても、芦別では忠さんとこでくつろいでいたみたいだ。風の便りに、隣の釧路で、浅川マキのステージに飛び入りで出た、と聞いた。行きたかったな。
 『俺は気持ちよく歌えれそれでばいいから』と言っていて、今回はあそこはもういいよ、と言うこともあった。

 私はNATIVE JAPONECIANの “祭り” は、1982年の夏の松本での『オール・スピーシーズ・デー』が最後でとんとご無沙汰で、でも飛び飛びにナミさんのことは風に乗って届いていた。最近ではFACEBOOKで地球屋さんでのLIVEの模様が流れてきて、おお、ナミさんもトシ取ったな、(自分はどうなんだ?)気取ってなくて相変わらずでキメてなくてもこんなナミさんもいいよね、と年の功で獲得できた寛容さを発揮して友達とうなづきあっていたところだった。ミック・ジャガーやスティングのようにトレーナーをつけてトレーニングにいそしむナミさんってイメージ湧かないし。(トットさんがメンテナンスを担当なさっていたと知りました)頑丈だったナミさん、突然の動脈破裂、やっぱり放射能ではないかと思ってしまう。私の山形の甥も二年前突然の頸動脈破裂で亡くなった。仕事の建築現場が宮城の海端にもあり救援活動もしていた。

 ナミさん、顔大きいね、というと、うん、そうだよと言った。横顔の眼差しがなんとも優しかったな。(今、書きながら思い出した)ナミさんといえば、最初に浮かぶのは。でかい馬面と、それに額も広い、本で読んだりいやでも入ってくるそのあほらしさだ。国分寺のほら貝でえらく落ち込んでいるナミさんに会ったことがある。確か何回目かのレインボー・ショーのトリとしてぞろぞろと出てきて、クリアにハイになる出し物ではなくて演歌まがいの恨み節っぽいのを長々とかまして、一部の顰蹙を買ったりしたこともあったな。
 いいじゃないの、水濁っていれば魚も棲むという。(ま、私は当事者じゃないし)
愛しているよ、ナミさん。

ご遺族さまのご配慮とSNSのおかげで天国に向かうナミさんの見送りをみんなと(と言っても会ったことないけど)いっしょにできるのはありがたいことです。
やっぱり、私も鼻歌でまず出てくるのは、題名も歌詞も覚えていなかったけれど、“あたしのブギウギ” だ。和気あいあいのセッションにオンラインで参加しながら涙が出てくる。
 
ナミさんにとってこの世もあの世も大して変わらないんじゃないかな。あの世では、ナミさんをお出迎えの連中が河原に密に集まってさぞかし賑やかなことだろう。それぞれ楽器を手に首を長くして、意外と早かったね、なんてさんざめいているに違いない。
 トットさんがナミさんを送りたい人を受け付けて下さるとのことで、東京在住の友達に私の分もお願いと今朝頼みました、

https://www.youtube.com/watch?v=HtmaUtvA5vU

『新雪の十勝晴れー土曜の朝はホリデー気分』

613/10000 2021 01 09
毎週土曜の朝は、NHK-FMで “WEEKEND SUNSHINE” に続いて “世界の快適音楽セレクション” を聴きながらまったりすることにしています。今週はWSの昨年のベストテン・アルバム大特集でゴンチチさんはお休みでした。それを日曜か水曜かに「聴き逃し」で聴くことにして、上の息子の車に乗って十勝晴れの帯広巡りに出かけました。

 一番目は眼鏡屋さんです。暮れにお願いしていた眼鏡が出来上がっているのです。前のが行方不明になって半年くらい眼鏡なしで暮らしていました。とても丁寧な眼鏡屋さんでした。

遠近両用、ブルーライト遮蔽効果付きです。

 近くまで来たので、帯広の森の築山まで連れていってもらいました。今年初めて積もった新雪の中の日高山脈が狙いです。近所のお子達がそり滑りしていて、写真撮影はもう一方、私だけではありませんでした。厳寒期仕様のごつい手袋を息子が貸してくれて雪原を歩いて築山に登って撮りました。

十勝幌尻岳です。光透む美しい十勝の護り、日高山脈を率いています。
このように連なっております。この列島で最長の最も野生を残す山脈です。次回はパノラマでお見せできますように。

築山を降りて、近所にできていた(そうです)業務用スーパーに寄りました。

ラトビア産のオートミール。イタリア産の燕麦と全粒粉のビスケットです。ポーランドのジャムとか激安で並んでいます。我が国の食糧事情はどうなるんだと頭の中でぶつぶつ思いつつゲット。あすなろ牛乳は別のスーパーでようやく買えました。近くのスーパーで取り扱いやめたので。

さてこちらはこの冬の室内履きです。わが借家は床が冷えるので(一枚薄いシートを敷いたけれど)大切な必須アイテムです。

赤いほうは、スリッパでないところがミソです。かかとがちゃんんとついているので安定感バッチリです。

こちらは大晦日の大掃除で半年か10か月?ぶりに開通した部屋の中の通路です。

息子の奮闘による開通です。

おかげさまでマフラーもショウアップ出来ました。写真は明日になります。

『今、何ができるだろうか?』

612/10000 2021 01 08
毎週金曜日は、◆望む未来を今つくるー政治は身近・気軽に政治
苦手、と言っていられなくなった政治のことあれこれです。

 ❝全国一斉3000万人フィジカル・ディスタンス・デモ❞、できないだろうか?完全非暴力で。
今年の衆院選にはなんとしても勝って、政権交替、またはせめてねじれ国会まで持っていこう、
と気持ちは盛り上がる。体力も少し回復してきた。この一年近くコロナのおかげもあってだいぶペースダウンできたし。でも回復したといっても70代半ばを実感していて、年寄の冷や水に気をつけることも身体の要求としてある。無理できなくなったのだ。

 今、何ができるだろうか?
内閣府にご意見をまめに,週一とかメールする 所要時間21分
・SNSで拡散する  21分
・Twitterデモに参加する  3分
・暖かくなったらコロナの様子を見てスタンディングを復活する。でももう一人ではイヤだな。 180分/週
・今から選挙で、立憲野党と市民の統一候補が勝利を奪取できるように態勢を整える
 その戦略を立てる これは同志たちに広く声をかけてやる。新たな表現が必要とされているから。
勝つための場をつくる基礎工事として、元日投稿の『新生日本・起死回生プロジェクト』を推敲加筆して、DM50通、各方面にPDFで送る。十勝管内から声がかかれば出かけてワークショップをする
 それも、私が若い人の思いや感じ方、アイディアを知りたいから
 これが、今の私のメインの仕事かな?
とにかく孤軍奮闘はしない。チームでが今年のテーマだ。

 若い人には、スピード、センス、IT力、それにこれから生きていく時間の長さ、とどれをとってもゼッタイにかなわないのだから、しゃしゃり出る必要もない。

・『R先生と学ぶ戦後日本外交史・対米外交を軸に』この講座の段取りは、今月20日までに
・所属市民団体の記録と新リーフレットは2月末までかかりそうだな

・これ以上は手を出さないコト。
・時間をつくろう。夜は7時過ぎパソコンとスマホから離れて9時半には就寝を軸にして,坦々とやっていけますように。

 なんとかこんな風に思えるところまできたかな。
 暮れにばあちゃん3人でお喋りしたとき一人が言った、『このままじゃ死んでも死にきれない』って。悲壮でもなんでもなく普通な感じで、私たち戦後民主主義年金世代の少なくない人がそう心から思っている。
 +あらたなやり方が必要だ。とびぬけたカリスマ・リーダーを当てにするわけにもいかない。非力微力もの同士で基礎工事から一歩一歩だと思っている。

わが家の今年の冬のなごみオーナメントです。左はホウノ木の実の鞘です。種は乾燥して取ってあります。

『優しい人々がいる』

611/10000 2021 01 07
毎週木曜日は、◆子どもらに寄せて ①子どもたちに伝えたいこと ②私の来し方 のうち
今日は①で、この秋から年始に会った優しい人のことを書いておきます。

その① 信州の山里住まいも長い旧い友だち、年月と加齢が重なる、お互い様。近くにいる一人暮らしになった友達をさりげなく訪ねている。この人の場合、生まれつきの心身が動いているのだ。ほっとする、温かいものが胸に広がる。難しいけどね、とは言っていたけど傍目にはそう見えない。

その② 年越新年会も3回目。ホストの友達は、何も持って来るなよ、と念を押す。お母さんを最後まで介護し切って何年になるかな。ほいほいと言葉通りにしてもノープロブランな、こんな友達、気楽でいいもんです。

その③ その②の宴で一緒になる友達のひとりが、果てしない馬鹿話の途中でそっと目立たないように話しかけてきた。
仲間のひとりの息子が新聞に出ていたのでちょっと札幌の警察署まで行ってきた、コロナで面会はできないけれど、差し入れを置いてきた、お父さんはもういないしお母さんとも音信不通だし。世の一隅にともる灯りである。「真実」とはこんなときに使うのではないだろうか?

その④ ダンナが病気で入院中の古い友だち、このご時世で面会に行っても顔を見ることもできない。本人は歩くのに杖が必要、なのに自転車で転んだって。立った座ったりが楽な座椅子を買ったよ、これはうちの息子。わが家は、3人とも❝優しい星❞のもとに生まれている、と四柱推命で見てくれた人に言われている。身内ネタはここでは省略します。

その⑤ ①の友達から年明けにギフトが届いたとの知らせがあり、②の友達まで④の息子がとり取りに行った。何の改良もしていないリンゴ(ジャムになった)もち米、何袋ものホーリーバジルのお茶(誰かにおすそ分けしよう)。このお茶にこのリンゴジャムをちょっと入れるとほんとに美味しい。秋に来た時もちゃんと心づくしのお土産と一緒だった。

 きょうびの正月はあっという間だ。数々の祝福を胸に今年も出発しよう、コロナには十分に気をつけて、国の最高機関に居座る優しくないゾンビ集団も要注意、なんとかしなくちゃな。

今冬初積雪。帯広市内は30cmくらい。

  

『❝ファイリング❞に大感動!ー新春パソコン教室』

610/10000 2021 01 06
毎週水曜日は、◆読む・書く・話す
ずいぶん範囲が広いですね。コミュニケーション全般を含みます。

 今日は、年明け、帰省した息子にパソコン教室をお願いした、その様子です。IT技に目を丸くしているばかりでは能がない、少しは覚えねば。これがなかなかタイヘンでいちいち鉄壁に阻まれるなどと思い込みの激しさで時間を浪費しているのも否めません。

★ お気に入りの音楽のYouTubeが探さなくてもすぐに見ることができるようになりました。
★メッセンジャーから写真をフォルダーに移して必要なときに出す、これは50%、フォルダーの区別がわかってない。運任せでなんとかうまくいく。
★画面が大きくなるスクリーンを取り付けてくれました。これで映画も見やすくなります。

★今回、老母大喜びは、ファイリングを教えてもらったことです。
1 デスクトップにファイルをつくって名前をつける
 2 資料を各ファイルに入れる
これだけのことなのです、でも頭がスッキリ、デキソーな気がしてきました、抱えているプロジェクトがスピードアップする!と直感しました。

話は、ブログのバックアップから始まりました。それなら、というわけです。曜日毎に一発で入れることができるようになって夢のようです。
・『市民の風とかち』関係 ・R先生の戦後外交史講座 ・ちいさいお店のマネジメント
・『新生日本・起死回生プロジェクト』の推敲と展開 ・冬のDMの編集
  思いついたらすぐにメモ書きを入れておけばいつのまにか進んでいる、YouTubeで気を紛らわせることもない。このうちの4つは一月中に終わらせよう。
・それに集中すべきは、肝心要の『しうこばーばの自分史講座』の企画書並びに内容編集も、これなら!春分までにはできそうです。

 それにしても、書く力、言葉にできる力、必須、とあらためて感じ入ったことです。

先生は、10ほどのプロジェクト、すべてPCに入っていて、「紙なんて一枚も持ってない」とのことでした。見るに見かねて段ボールに入れっぱなしの紙(この5年で溜まった)を半分ほど資源ごみに出してくれました。
なるほど、IT-NATIVEの若い人と、スピードも発想も、年金世代とは変わってくるわけです。
 ひとつづつクリアしながら、●YouTube毎日1分発信 ●オンライン講座を主催する ●パワーポイント もできるようになりますように(あわてないでね)と祈る母なのでした。

今日は、新春パソコン教室のレポートでした。



冬の朝、JR高架下から

『はじめての自分史』

609/10000 2021 01 05
毎週火曜日は、◆自分史をつくろう、今、未来に向かって
このブログのメイン・テーマです。

 新年になりました。
 ただ今『しうこばーばの自分史講座』の事業計画書を書いています。
 火曜日は、今週から、その内容を講座の準備として編集していきますね。

 一回めの今日は、
初級講座『はじめての自分史』を復習します。去年の秋にリハーサルしたものです
 では、始めます。

◆挨拶ー自己紹介(二人一組で)-からだほぐしーアンケートを配る

第一部 今と未来
     『ありがとう日記』をつけてみよう

    ・『ありがとう日記』って?
    ・「ありがとう」の意味
    ・ 身のまわり、手元足元から
    ・書く=記録する→継続する→習慣になる→蓄積する
     →『ありがとう日記』が貯まったシーンを想像してみよう!
    ・『ありがとう日記』の意味
       加点主義  49対51
    ・書くことがない日は
    ・習慣にするには
      1日→3日→21日→100日、または3か月→
      できなかったときには
    ・ノートを選ぶ 手書きがベター
〇 休憩

第二部 過去を振り返ってみよう
     一回目は、年表作りから(ワードの枠の作り方を息子に聞く、3回目)
     年号 
     住んだ場所 学校・職場 家庭の中の大きな出来事 自分の大きな出来事
     社会の出来事

次回予告  ラッキーだった出来事・出会い
          つらかった出来事、その意味・学んだこと
           好きだった、夢中になったこと

◆第3部 ビギナー・ババ しうこばーばの知恵

  ★ 体幹を意識して美しくなろう
     天心ーみぞおちー丹田
     腹式呼吸


◆ アンケート回収 初級講座終了証を差し上げる
  中級講座のご案内 紹介のお願い
  終わりの挨拶

 以上の必要部分をプリントにして配ります。

 ついに私もZOOMでの講座に参加しております。(参加の仕方を息子に教えてもらいました)そのたびに、内容とともに、講座の進め方、準備の仕方にも目をこらしています。
 がんばりますね。50年前、教育実習で子供たちの好奇心に輝くあの目、面白くて面白くて一か月で4㎏やせた自分がよみがえります。




    

ビワの木です。真冬に芯からの芽が不思議です。ビワは強いな。




『「しうこばーばの自分史講座」を“なぜ”やるのか?』

608/10000 2021 01 04
毎週月曜日は、◆小さなビジネスを始めるにあたってのあれこれです。
私の小さなビジネスは、『しうこばーばの自分史講座~今、未来に向かって』
私は、この講座の講師とファシリテイターをつとめます。


 「しうこばーばの自分史講座」の事業計画書、今日4日が締め切りです。年末年始、寝かせて呻いておりました。一番の呻きところは、なぜ「しうこばーばの自分史講座」をやるのか、それを相手に伝わり相手が動いてくれるように書く、ここです。
 クサくなくて、押しつけがましくなくて、普段の言葉で、必要な人の共感を呼ぶ言葉が必要です。

◆わかちあいたい3つのこと

1 書くことで3倍は生きられる
2 「自分のことが素晴らしい」と感じられる人生
①  自身の軸をつくろう 幹を育てよう
“13歳で知りたかった”こと
  ② 過去を振り返って記録しよう

3 のびのびイキイキと生きやすい家庭、コミュニティ、地域、国をつくろう
  そのために自分に必要なことってなんだろう?
  それを探そう、
子供たちがイキイキのびのびと成長できるように

◆ 私の気持ちをお話しします。
1 お金の問題を解く課題
  ① ビジネスで黒字にする課題
    “失敗”のリベンジ
  ② お金の問題をクリアする課題
     “デフレ・マインド”から足を洗う
2 自身の本領を発揮することで、相手がよりよく生きることができる
  この生き方の実践
  +生きやすいコミュニティ、地域、国(大きく出ますと)をつくるのに必要な土台

3 74歳の挑戦
  あと10年早かったら、と思わないこともない
  思っても仕方ない、その分謙虚になれる
  ビギナー・ババだけれど「年季」を生かせる仕事
  次の世代に伝えたい“しうこばーばの知恵”がある、押し付けません、若い方から学びたい

 以上がそのアウトラインです。
 ざっと書き上げたら作文の藤本先生はじめ、一歩先を行っている友人知人数名に見てもらいます。チームワークでやります。クラウドファンディングのサイトもリサーチ中です。
 10日の日曜日までに、完璧を期さないで、書き上げたいです。
 がんばれ、自分!

  
 

気温が-10度以下になると凍った水蒸気の煙が上がります。


『こんなにまったりした年末年始、あったかな』

607/10000 2021 01 03
毎週日曜日は、◆素敵にエイジング
今日は、まったり年末年始の最終日です。

 29,30,31,1,2,3とパート勤務がないだけだけれども気分がまったり、私の人生変えよう、と気張らなくても、変わるんだな、そんな予感に包まれています。ま、揉まれているわけです。


 この10年以上、年末年始全部パート休みの年末年始はなかったし、その前自営で八百屋をしていた時は31日まで配達して年越し料理、大掃除、どうやったか覚えていません。やらなかったのだろうか、まだ若かったから勢いでできたのだったか?
こんなにのんびり気分な年末年始は北海道にきて初めてだと思います。

 子供のころは、高度経済成長以前の世の中で、母は今でいう専業主婦だったし実際今よりずっと時代がのんびりしていました。
うちは大工だったから豪雪地のの大石田では当時は冬は仕事がなくて長いこと正月休みしていました。その代わり夏は土日休みもなく働いていたけれど、盆休みは一週間か10日はあったような気がする、半月だったろうか?
 母は年中行事を執り行い漬物を漬けて畑をつくり餅つきの準備をしました。餅つきは男手で母は返し役でした。
 金は常にギリギリだったから買うものは必要最小限に限られていました。
暮らしは月歴と季節に従っていたのです。

 そんな暮らしに戻りたいと身の内から声がしています。働いて作業をするのは嫌いではないし、そのノウハウを学び続けてもいます。もうそろそろ潮時、本来の自分自身に戻ろう、という声に従いましょう、残りの時間、限られているし、
 そんなこんなつらつら思われながらのまったり正月です。ありがたいことです。

あらま、お飾りに出し忘れてました。

『私の好きなことー土曜の朝はホリデー気分』

606/10000 2021 01 02
毎週土曜日は、NHK-FMで “WEEKEND SUNSHINE” に続いて “世界の快適音楽セレクション”を聴きながらまったりすることにしています、でも今日は新年特番のため二つともお休みです。私は大好きな台所に立ちながら、私なりに正月モードにひたっています。

 で、今日は私の好きなことをアト・ランダムに正月モードで気の赴くままにお話しします。

ううん、一番好きなこと、とたずねられたら、何だろう?今思いつくのは、ジョークです、冴えた、ニンマリ、または爆笑してしまうジョーク、これ、ほんとに、イキテルって感じで喜びが全身から湧き上がります。自分が、ワンテンポ遅れて、あるいは後でその場が過ぎてから、ハッと閃いたときには、臍を噛みます。こんなふうに笑うのが大好きです

 次はです。とはいうものの、最近とみに目がしょぼしょぼ、新しい知識との間には目に見えないパーティションが邪魔をします。こうなる前に本をもっともっと読むべきでしたね。要約に挑戦を始めたのにまだその課題を一回も出してない・・・『チボー家の人々』『戦争と平和』『アンナ・カレーニア』『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』『ジャン・クリストフ』『魅せられたる魂』等など次々と読んでいたのは10代の後半から20代のはじめ、読書は体力勝負でしたね。

 次は音楽です。ジャンルを問わずいいものはいいという感じで、傾ける蘊蓄もなく聞き流しています。やっぱりLIVEにはかなわないと思い詰めていたら、スピーカーによっては臨場感がそのまま出るんだ!とこれは最近の経験です、しかも地元で。年とともにどちらかというとアコースティックな音が好きになってきました。生きているうちにLIVEに行きたいミュージシャンをメモしています。

 それから、プランツ、植物です。花と作物、草々木々。特に好きなのが、種をまく→芽が出る→小さな芽が大きくなる→ぐいぐい伸びる→蕾がつく→花が咲く→実がなる、この生長とともにいることです。だんだん重いコンテナ、発泡スチロールの箱が持てなり、友達に教えてもらって準不耕起、準無肥料でやるようになって楽しています。

 台所も大好きです。全然グルメでなくて、たいていは今手元にある季節のものでつくります。いつか使いやすい台所中心の家に住みたいものです。

 着るものでは、第一にスカーフとストール、結び方の本を見ながらいろいろな結び方を覚えたい。ファスナー、ボタンなしで着ることのできるものが好き、日本の着物ってすごいと思う、その融通性が好きです、でも当分着る機会がない、着物も持ってないし。Tシャツは原則無地が好みです。

 食べるものは、好き嫌い殆どありません。できれば遠慮したいのは、甘納豆入り赤飯(北海道ではこれが普通です)ぐらいです、出されたら頂きますよ。“自然食”に出会って人生観変わるくらい感動してかれこれ50年、習い性になっています。そうそう、一人暮らしが長くなって、気心の知れた友達とご飯を一緒に頂くのは,至福です。子育てとご飯は社会的なものですね。

今日はこんなところで留めておきますね。新年二日、今日は夕方から旧い友だちと新年の宴です。手ぶら、がホストのルールなので身体だけで歩いて行きます。

友だちの家に向かう途中、帯広駅南側です。空は今日も澄み切っています。

『ようこそ、新年!「新生日本・起死回生プロジェクト」』

605/10000 2021 01 01
毎週金曜日は。◆望む未来を、今つくるー政治は身近・気軽に政治
苦手、と言っていられなくなった政治のことあれこれです。

 新年おめでとうございます。
 今年もよろしくお願い申します。
 私は去年の今頃とと比べたらだいぶ元気を取り戻しております。体力とトシと相談しながらできることをやっていこうと思っています。非力微力承知の上で、です。
 今年は衆院選勝利政権奪取をはじめとして,何とかして押し返していきましょう。
 搾り取られている税金が、税金をを出している私たち、民の暮らしといのちのために使われる、まともな政治を取り戻していきましょう。私たちは、蹂躙の対象としていきているのではありません。私たちは、なるべく穏やかに生きるために生きているのです。

 新年を迎えて、『新生日本・起死回生プロジェクト』を再掲します。去年コロナのおかげでペースダウンできて思案し続けたことに少し加筆しています。

        =新生日本・起死回生プロジェクト=

① 思い切り最悪の状態を想定してみよう、
  今いやだなと感じていることをリスト・アップしよう
  それと対で
私たちの望む今と未来を描いてみよう

② 私たちはどのように生きていたいか?
      なぜ生きているのか?
  他者とは何だろうか?
  社会とは何だろうか?

③ この国の歴史を知ろう。今に生かせることはないだろうか?
太平洋戦争敗戦後~ 明治維新~ 検地刀狩り、鎖国~ 
  中世 ~ 古代~ 縄文VS弥生~

④ 日本国憲法、立憲民主主義、国民主権・基本的人権・平和主義
、について知ろう
  その限界、この国独自のやり方についても考えてみよう

⑤ この国に生きる私たちの誇りとは何だろうか?
  国を愛するとはどういうことだろうか?

  自分・コミュニティ・地域・行政単位~国から考えてみよう


⑥ 私たちは今のままでいいのだろうか?
  私たちの望む今と未来の実現のために
  私たちは、何をどうしたらいいのだろうか?

  先達に敬意を払おう
  今、足りないものは、課題は何だろうか?
  アクションにはどんな方法があるのだろうか?
  忙しい暮らしの中で暮らしの一部として行動するにはどうしたらいいのだろうか?
  

⑦ 自分自身の言葉を持とう+話し合おう
  +ファシリテイションしよう+エンパシーを鍛えよう

  違う考え方、感じ方を尊重しよう

⑧ プラットフォームをつくろう
   定期開催する 記録する アクションする 蓄積する 

 ★よかったら、これをたたき台にして、おひとりおひとり、それぞれのグループ、コミュニティ、団体でどんどん自由に加筆調整して下さいませ。

 ★十勝管内の方、お声がけくださいな。原則一回だけ出向きます。おひとりからでOKです。おひとり800円+お気持ち(イベントに備えてプールします)交通費ご負担お願い申します。

 新しい年、2021年がよい年になりますように!心から祈っております。
      

 

元日の料理が揃いました。赤かぶと蓮根を忘れました