『生き抜いていけよ』

674/10000 2021 03 11
毎週木曜日は、◆子どもらに寄せて ① 子どもたちに伝えたいこと ② 私の来し方・思い出の内 今日は①と②にまたがります。

 今日は、3.11、10年になる。その日上は十勝にいて、下は東京の飯田橋のビルの何階かのパソコン学校にいた。私は帯広の年金事務所にいて、職員さんがすぐに入り口のドアを開けて固定した。その後市役所に寄るとテレビが押し寄せる津波を実況中継していた。CGのようで現実感との間に空白があった。夜中に下から無事の電話が入っていた。(去年かおととしもも同じことを書いた気がする)

10年記念といっても何が変わるわけではない。今日は14時46分に黙祷する、そして静かにいつもと同じように過ごす。明日地球が滅びるとしてもリンゴの木を植えるのだ。

 2021年3月11日 東日本大震災が発生して福島原発3基がメルトダウンがした。
 2015年9月19日 安保法制=戦争法が「成立」した。私たちは「この国は戦争をしない」ことを空気のように当たり前にして暮らしてきた、しかしこの前提が変えられてしまったのだ。

それでもなおこの国は原発を再稼働させ新規建設しようとしている。世界はすでに自然エネルギーに舵を切っているというのに。南西諸島の軍事基地化が急速に進み、超過密東京の空の上で米軍機が我が物顔で飛び軍事予算は膨らむ一方で、社会福祉の予算は減らされて非正規労働者が増えていく。大雨災害が頻発、地震も各地で発生、南海トラフ、東京地震も要警戒である。賃金は下がる一方で経済力も下降の一途、リニア・モーターカー工事、風力発電の全国への拡散をはじめ自然破壊は止まるところを知らず、一番悲惨なことは文化と人倫の凋落である。ネガティヴで悲観的な状況に事欠かない。胸がぎゅっと詰まって泣きそうになる。

 ところがどっこい、揺るがない人々がいる。ひとりひとりの尊厳を尊重して暮らしといのちを大事にしてまっとうに生きて行けるようにと声を上げて、段ボールのプラカードからITの駆使迄情報を発信して、アクションを積み重ねている人々がいる。
 望む未来を実現するには課題山積、どこから手を付ければいいのやら。一朝一夕にできることではない。課題は伸びしろと脳天気に捉えたい。私もできることが限られているけれどひとつ絞ってやって行こうと心している。次の世代に一つでもいい、希望を伝えたい。
 ❝あくまで希望にフォーカス❞である。どんなに絶望的でも絶望できない人々がいるのだ。

★ 子どもらに寄せて
何があろうと生き抜いていけよ  身体を鍛えて健康を保ち  ソウル・メイツのコミュニティを大切に 食糧ルートを確保して  必要な場合は逃げること 笑いを忘れず 陽気に❞

2021年3月11日今日の
最後にナナオの詩集『犬も歩けば』所収『鶴の舞』より

『 そのおさな児は 遠からず
生きとし生けるものすべてを 導く星となる
旱魃 飢饉 疫病 戦争
忍びがたい悲惨の日 ながくつづくとき
そなたたちの子は
愛と真実に飢え乾く すべてのものを
限り知らぬ 魂の大地へ
終わり知らぬ 舞の大地へ 導く星となる 』

今日の夕日です。意外と空気が冷たかった。


 



 

 

『ひとり孫姫のみいちゃんへー起業準備を今から』

667/1000 2021 03 04
毎週木曜日は、◆子どもらに寄せて ① 子どもたちに伝えたいこと ② 私の来し方・思い出の内 今日は①で、ひとり孫姫のみいちゃんに宛てて書きます。
 
とは言っても、みいちゃんはみいちゃんのやりたいようにやっていくでしょうから、教えたり、まして押し付けたりするものではなくて、
 今私が高校一年だったらこうするだろう、というイメージです。前にも書いたことがあるので、復習と確認です。とうのも、しうこばーばは、この27日でパートの仕事を卒業して、『しうこばーばの自分史講座』を始めることにしたので、その記念でもあります。

 ◆もししうこばーばが今高校一年生だったら

① 二年分の生活費の貯金を今すぐ始める  どれだけ必要かを知る・計算する
② 素養を積む 古典の名著読破から始める
③ 日本と日本語に詳しくなる 読む・書ける・話すことができる
  外国語は、英語に加えて中国語、スペイン語をマスターする
④ 自分自身とは何者か?他者とは何か?社会とは何か?を考えあう友達を持ち、言葉にする
⑤ 必要なIT技術をマスターする
  +アナログな技術に親しむ 衣食住・子育て・農・手づくりなど
⑥ 時間の使い方を学び工夫する この世で一番貴重なもの、それは時間です。
⑦ 新しい発想、技術、学習法を知る
⑧ よき師、ソウルメイト、チームメンバーに出会う
  出会える自分であるようにイメージする
  みいちゃんは一人っ子なのでよい出会いに恵まれますように、祈っていますよ。
⑨ お金には不自由しないと決める+他人に使われない生き方をすると決める
  起業準備を今から始める

  そのためのノウハウ、技術と能力を身に着けて、ネットワークを持つ
  ・理念の作り方 ・マーケティング・マネジメント ・コミュニケーション
  ・お金の管理法 ・ビジネス・チャンスの作り方を学ぶ
⑩ 人と自然に敬意を払う。傷つき苦しんでいる人を思いやる、但し臨機応変に。自身のエネルギーが奪われないように気をつけて。  お父さんとお母さん、はっちゃんを大切にしましょう。
⑪ 一生をイメージして紙に描いておく+随時調整する
⑫ 食糧を備蓄して食糧ルートを確保しておく
⑬ 健康に気をつけて体力の維持につとめる、といっても今が一番体力のある時期ですでから
ピンとこないですよね。健康と教養が基本です。
⑭ コロナとその後の時代を何があろうと生き抜いていく
  解答が用意されていない未知の時代、問題を解決する力が必要とされます。若い人たちはIT時術の急激な進歩とあいまって、感覚が全く違っていて斬新な発想と表現で切り込むことができます。期待していますよ。ババたちにはできないことですから。
⑮ 今日の最後は、笑いとユーモア、ノンセンス・センス、これなしにはやっていけません。

 では今日はこんなところです。私たちはもう見まもることくらいしかできません。
 お父さん、ミヅ叔父さん、みいちゃんたちの世代、その後の世代が、希望を胸にのびのびと生きていけますように、無残に破壊されてしまった山、海、大地がもとに戻りますように。
 いつもみいちゃんをまもっていますよ。『しうこばーばの自分史講座』を応援してもらえたらうれしいです。

遅くなりました。そろそろ届くようにしますね。春休みにぱらぱらめるうてみてもらえたらうれしいです。

『高1の孫姫にYouTubeのデザインを頼む』

660/10000 2021 02 25
毎週木曜日は、◆子どもらに寄せて ① 子どもたちに伝えたいこと ② 私の来し方・思い出の内 今日は①で、高1のひとり孫姫へ、です。

みいちゃんへ
 
みいちゃん、しうこばーばは近未来、4~6月から、毎日1分、YouTube発信をしようと思っています。このYouTubeのデザインをみいちゃんに頼めないかな?とひらめきました。

 しうこばーばは、IT NATIVEでないので、パソコン覚えるのがタイヘンなのです。70過ぎて外国語に挑戦しているようなものです。あと10歳若かったらなとぶつぶついいながら、今はミヅ叔父さんに教えてもらっています。何回も同じことを聞いてます。
 自分で覚えるよりIT NATIVEの若い人にやってもらった方が早いかも、と思うわけです。

 今、オンラインが急速に普及しているのと同時に、情報は動画優先となりました。
 高校の授業もオンラインのがあったのでしょうか?
 オンライン、どうかな?といぶかしくも思っていました。ところが、ミヅ叔父さんにZOOMへの参加を教えてもらって、参加したら、もうワクワク!写真と文でしか知らなかった 遠くに住む人と、リアル・タイムで話ができるですもの!
 みいちゃんにしてみたら、ばあちゃん、何言ってるの?って感じかもしれませんね。

 来月から始める『しうこばーばの自分史講座』も、はじめはリアルで、顔見知りの人に声かけて、十勝の人にSNSで情宣して、から始めて、6月の夏至迄にはオンラインも、と思案しています。そうなると、パワーポイントとZOOMを主催することも覚えなくてはなりません。なんとかしなくちゃ。
ITは空気のみいちゃんたちが羨ましいです。お父さんが、俺よりもできるよ、と言ってました。

 そんなこんなで、YouTubeの画像編集、そのときはよろしくお願いします。教えてもらうだけでもOKですよ。

 本、『ポスト・コロナを生きる君たちへ』まだ届いていませんね。手紙を添えて春休み前には着くようにします。ページをめくってくれたらうれしいです。
 春に向かって充実の日々でありますように!


                       しうこばーばより

『ひさおが来る』

652/10000 2021 02 18
毎週木曜日は、◆子どもらに寄せて ① 子どもたちに伝えたいこと ② 私の来し方・思い出の内 今日は、②で今北海道に来ているひさおのことを書いておきます。

 ひさおが北海道に来て今帯広にいる。まもなく会える。35年ぶりになる。長い間、オーストラリアのタスマニアをベースにしていたのが、日本に帰ってきてコロナで帰れなくなって福井の実家に長逗留することになったのだ。

 ひさおは、私たちが北海道に来る前、清水平に突然やってきた。一雨あった後でいつものように小さな土砂崩れが起きて、それを踏み越えて作務衣姿でやってきた。シドニーの、当時ロバート・ハリスさんがやっていた店で、ゲーリー・スナイダーとナナオが詩の朗読会をやったとき、ナナオに会って、日本に行ったらということでやってきたのだ。

 ひさおは眠くなるとすぐ寝るひとでなんかいつもリラックスしていて一緒にいて楽な人だった。私たちが北海道に来るときは、ひさおの緑色のワゴン車に荷物を詰め込んで、松田トムと私と息子ふたりでの半月ツアーだった。私は産後の疲れがまだ後を引いていてテンパっていた、それを除けば夢のような道行だった。旅費もひさおが出してくれた。

 今思い出した。山形の実家に寄ったとき、寝たきりの母が杖をついて馬鹿娘を迎えに起き出してきた。歩くとすぐ転んで骨折するので杖は隠してあるのに。お母さん、このシーン、一生忘れません。

 そう、ひさおと会うのはそれ以来なのだ。
 今日は実は23日、19日の日曜日に滞在先の仲間の車でひさおがやってきた。ふたりの友達と一緒に。古い仲間たちの消息やらどうってことない話をした。ずっと近所にいた雰囲気だ。集まった4人それぞれ病気したり故障を抱えたりで動きもゆっくりだ。私も正座ができなくなって10年以上になる。帰ってからもなんか遠いところに行ってしまった感じがしない。

 私たちはファミリーなのだ。何年合わなくてもすぐに話が通じる。
 鶴見俊輔さんのこの言葉がさすがにうまいこと言って下さっている。確かに私たちは一種の難民とも言えるかもしれない。今の支配構造が成立以前の、2000年前の気風がよみがえっているのかと感じることがある。NATIVE JAPONECIAN BIG FAMILYである。


鶴見俊輔bot@shunsuke_bot
· 2021  TWITTERより
難民の行進の中で、不釣合の力をもつ数人が助けあう時、そこに家族の原型が表れる。文明が崩壊に向かう時、血縁による家族、私有財産の共有による家族は吹き飛んでしまって、それよりもっと根本のつながりが表れる。「人間と家族」

自然なグリーン、ひさおの妹さんの手織りです。


『ポストコロナ期を生きるきみたちへ』

625/10000 2021 01 21
毎週木曜日は。◆子どもらに寄せて ①子どもたちに伝えたいこと ②私の来し方
の内、今日は①で、ひとり孫姫のみいちゃんに宛てて書きます。

 年越しプレゼントのひとつ、内田樹さん編『ポストコロナ期を生きるきみたちへ』読み終わりました。お父さんに持っていってもらうか、送るかしますね。
お父さんが、“本、読まないから”と言ってましたけど、パラパラめくって面白そうなところから見てみて下さいね。

私なりに簡単にまとめてみます。私の思案も含みます。

① コロナは、諸説芬々である。いずれにしても警戒して予防に努める他はない。

② この国のコロナ対策はなにもかもトンチンカンである。一方自国にひろがらないように対策を立てて実行して感染の食い止めに成功している国もある。台湾、ベトナム、シンガポール、ニュージーランドなどである。

③ 今私たちが目を向けて考えるべきことは何か?医療、政治、文化、経済、雇用、ものの考え方、情報の取捨選択の仕方などなど各方面からのアプローチが示されている。
 答えが示されていない問いに解決の方法を編みだすために、私が思うに最も必要とされるのは、相手に身になって感じて、話し合うことができる力だと思う。この国でこれができている場面に出会うことは殆どない。 

④ コロナによって、今まで常識とされていたことの足元が崩れかけている。この数十年の繁栄をもたらしたものが揺らいでいる。
 これはひとつのチャンスでもある。私たちが、本当に生きたいのはどんな生き方なのかを考えざるを得なくなっているからである。この本にはそのヒントがたくさんあります。
  頭を柔軟にしておこう。自分で自分の意見を持ち、伝えることができるように準備しておこう。


⑤ いつ終わるか今は不明であるコロナの時代、その後を生きるみいちゃん達若い人々を、しうこばーばたちは見まもって応援している。センス、ノウハウ、スピード、IT能力、なによりもこれから生きる時間が、絶対にみいちゃんたち若い人々にはかなわない。
 コロナの前と後で変わらないものもあるし、変わるものもある。変わるなら、イキイキノビノビと、大人もこどもも暮らせる、そんな世の中にしていきたいとしうこばーばは願っています。

 みいちゃんはこれからやりたいことなんでもできます。どんどん本を読みましょう。インターネット、教科書、友達との会話よりもはるかに広く深い世界が本にはあります。『読書ノート』用のノートも入れておきますね。
 『ポストコロナ期を生きるきみたちへ』面白そうなところから見てみてね。

 

『小正月の報告ー息子たちへ』

618/10000 2021 01 14
毎週木曜日は、◆子どもらに寄せて ①子どもたちに伝えたいこと ②私の来し方 の内、今日は①で、正月後の小正月の現況報告です。
 私たちが子どものころは正月は元旦と三が日の後、15日が小正月だった。すべて月歴に寄っていた。小正月には小正月の餅をつき、ミズキの赤い枝に“だんごさし”をして天井に飾り豊穣を祈りました。なんと豊かな小正月だったことか。
1960年、高度経済成長政策が本格化する年に県庁所在地に引っ越して、暮らしは激変、スーパーマーケット経済に巻き込まれていく。

 さて、年末年始にはいろいろとありがとう。その現況報告を致します。

 眼鏡は行方不明になって半年?かな。ぐっとおしゃれになってうれしいです。失くさないように置き場所固定せねば。私も何時の間にかパソコンに向かっている時間が長くなって視力も加齢もあってそれなりに低下中。パソコン、小一時間もすると大きいスクリーンの文字も見えづらくなる。眼鏡屋さんが一度眼科医にと示唆してくれた。一度見てもらう必要あるかも。それまでは指圧と補助食品でしのいでやってみますわ。

 パソコンの画面が大きくなって、一週間に一本くらい映画みようかな。スクリーンが前傾していたのでかまぼこ板を入れてました、仰せの通りやってみたら何のことはない、少し後ろに倒すことができて快適です。今、文字盤とスクリーンに慣れようとしているところです。

冬用の靴、結局これだったりして。かかとの安定がバッチリ、暖かい、底のスタッドレスもまずまずの4年目。いいものはいいですね。新しい方も滑りませんよ。とにかく転倒防止第一です。靴は大事です。

 沢山のマスク・コレクション、ひも、ついてました。大きいのでゆとりと安定感がナイスです。TPOと季節に合わせて楽しめます。

ではでは今日はこんなところで。
今年も何事もない一年でありますように。

『優しい人々がいる』

611/10000 2021 01 07
毎週木曜日は、◆子どもらに寄せて ①子どもたちに伝えたいこと ②私の来し方 のうち
今日は①で、この秋から年始に会った優しい人のことを書いておきます。

その① 信州の山里住まいも長い旧い友だち、年月と加齢が重なる、お互い様。近くにいる一人暮らしになった友達をさりげなく訪ねている。この人の場合、生まれつきの心身が動いているのだ。ほっとする、温かいものが胸に広がる。難しいけどね、とは言っていたけど傍目にはそう見えない。

その② 年越新年会も3回目。ホストの友達は、何も持って来るなよ、と念を押す。お母さんを最後まで介護し切って何年になるかな。ほいほいと言葉通りにしてもノープロブランな、こんな友達、気楽でいいもんです。

その③ その②の宴で一緒になる友達のひとりが、果てしない馬鹿話の途中でそっと目立たないように話しかけてきた。
仲間のひとりの息子が新聞に出ていたのでちょっと札幌の警察署まで行ってきた、コロナで面会はできないけれど、差し入れを置いてきた、お父さんはもういないしお母さんとも音信不通だし。世の一隅にともる灯りである。「真実」とはこんなときに使うのではないだろうか?

その④ ダンナが病気で入院中の古い友だち、このご時世で面会に行っても顔を見ることもできない。本人は歩くのに杖が必要、なのに自転車で転んだって。立った座ったりが楽な座椅子を買ったよ、これはうちの息子。わが家は、3人とも❝優しい星❞のもとに生まれている、と四柱推命で見てくれた人に言われている。身内ネタはここでは省略します。

その⑤ ①の友達から年明けにギフトが届いたとの知らせがあり、②の友達まで④の息子がとり取りに行った。何の改良もしていないリンゴ(ジャムになった)もち米、何袋ものホーリーバジルのお茶(誰かにおすそ分けしよう)。このお茶にこのリンゴジャムをちょっと入れるとほんとに美味しい。秋に来た時もちゃんと心づくしのお土産と一緒だった。

 きょうびの正月はあっという間だ。数々の祝福を胸に今年も出発しよう、コロナには十分に気をつけて、国の最高機関に居座る優しくないゾンビ集団も要注意、なんとかしなくちゃな。

今冬初積雪。帯広市内は30cmくらい。

  

『よい年越しです』

604/10000 2020 12 31
毎週木曜日は、◆子どもらに寄せて 
今日はLIVEでアラキ・ファミリーの年越しの様子を書いておきます。

 私の息子は二人です。
 28日に、弟の方がが帰ってきました。帰省中の二階の大掃除はなんとか敢行、下は見て見ぬ振りを要請しました。

 29日は、歳末買い出しです。帰省しても友達に会うことも今年はないのでレンタカーなしで、兄の登場です。兄の車で、エスコート二人も付くという何とも豪華な道行となり、三人ともマスクして乗り込みました。生協→メガネやさん二軒、二件目が親切丁寧で検眼してもらって新年10日にはできるとのことでした。細々したことは判断の早い兄ペースでスイスイと進みました。靴屋さんには二番目と二人で行ってスロー・ジョギング用と冬用の二足を新調してもらいました。


 30日は、年越し料理のめどをつけて、年賀状の宛名を書いて出しました。
 31日は、いよいよ居間兼オフィス(というか)の大掃除です。抜本的にソファ、テーブルも退けて埃をふき取ります。荷物と紙が多すぎる(確かに)のクレーマーさんが救援に乗り出し意識朦朧の老母をリードして何とかひとまずスッキリかたちがつきました。私は踏み台にのって埃払いをしながら、息子の質問、いるのかいらないのか?に答えながらこの数年の自分の頑張りを偲びつつ、転げ落ちないようにひたすらそれだけは気をつけました。
 途中で兄が、年越しオードブルを配達に来てくれました。私は準備していた年に一度のプレゼントを渡し、叔父さんはみいちゃん(兄の娘)へのお年玉を渡しました。そこで兄の嫁さんのお父さんとこまで往復乗せてもらって、朝に準備した私の年越し料理を届けました。なんとGo Toキャンペーンだかで買ったというもち米10kg、頂きました。

 というわけで、台所の大掃除は去年に続き新年に持越しと観念しまして、いよいよまったり年越しです。兄の極めて豪華なオードブルのため、ビールを空けて、日本酒を燗するくらいしかすることがなくて、丈の足りないソファで寝転んで夢うつつでありました。鏡餅と自家製年越し正月料理をお供えするのは元旦にすることになったので父ちゃんにはちょっと淋しい思いをさせてしまいました。年越し蕎麦も明日でいっかということになりました。

タンパク質はぜ~~んぶ美味、満足満腹。サラダと酢漬けは自家製です。右の魚はごま油と塩で、とグルメな舎弟殿。
心の中で、寒風の中露頭をさまよう人々(明日は我が身)を思い、支援活動に挺身しておられる人々に敬意を表しつ頂きました。暮れには僅かながら寄付致しました。

『起業準備を今からしておこうー孫姫みいちゃんへ』

590/10000 2020 12 17
毎週木曜日は、◆子どもらに寄せて ①子どもたちに伝えたいこと ②私の来し方 のうち、今日は①で孫姫へのメッセージです。

 みいちゃんはパソコン、俺よりできるよ、とお父さんが言っていました。しうこばーばは今日の午後、情報技術の最前線情報をYOUTUBEで見ていました。今すぐパッとはできないけれど、来年の目標の一つに入れました。正解不在の時代の中でなかまとアイディアと思いを交換しながら答えをつくるには欠かせない技術だというのはわかりました。

私は、来年から『しうこばーばの自分史講座』を開講してそれでやって行こうと今準備中です。あとせめて10年早かったら、という思いはもちろんあります、でもやろう、やるしかないと自分の内から湧いてきているものに従っていこうとしています。

 みいちゃんには、高校一年生の今から、起業することを念頭に知識とノウハウを蓄積していってほしいと願っています。もちろん、決めるのはみいちゃんです。私は本当に呆れるくらい何も知らなかった、それでこの20年ほど何が不足していたのかを私なりに学んできました。13歳で知っていれば、と何度思ったかわかりません。

さらに今はIT技術の急速な進歩で発想そのものが様変わりしていて、しうこばーばは追いつくことは無理としても必要なことはひとつひとつがんばってできるようになろう、ならねば、と新年を目前にしての決め事です。みいちゃんはIT NATIVEで羨ましい!

これからは会社中心ではなく、仕事はプロジェクトごとなるだろうと予測されています。これから急速に変わっていくでしょう。
 知識とノウハウのみならず、仕事そのものの発想、コミュニケション法も全く変わっていく、すでに最前線ではチェンジ、進化しています。
 上意下達、上の言うことには従うしか答えはない、これでは生産力は上がらないし、今この列島~地球が抱える数々の問題にも対処できません。

 みいちゃんはこれから何でもできます
お金には不自由しないと決めて、どんどん知識とノウハウを吸収して下さい。
 一番大切なことは、WHY、なぜ私はそれをやるのか、を言葉で言えて、それをなかまと、クライアントさんと共有できることだと思います。
 みいちゃんは、まわりのああせいこうせいに惑わされて自身を格下げすることなく、堂々とやっていけると信じています。迷い、失敗は人生につきもの、それは恥ずべきものではなく経験です。それによって生きることはより深みをましてきます。年季がかかります。

 みいちゃんがみいちゃんでいられるように、しうこばーばはいつでも応援していますよ。

 みいちゃんへのプレゼントが揃いました。
 本はなるべく沢山読んで下さいな。

たのしい自分ノートです。
この国の知性20人が中高生に送ります。濃い内容です。

『我が家の災難史』

576/10000 2020 12 03
毎週木曜日は、◆子どもらに寄せて ①子どもたちに伝えたいこと ②私の来し方
の内今日は①と②にまたがります。

★「お前は帯広育ちだから台風も洪水も自然災害を知らないよねえ」
ある日下の息子が小学生のとき話しかけたら、
「僕知ってるよ、おかあさんと兄ちゃんの親子喧嘩。」
し、失礼しましたっ。
それはさておき、本人抜きでプライバシーに配慮した上で私が書きます。

★息子その1の場合
① 生後一か月で「90%ダメでしょう」と医師に言われた。どうしても母乳で育てたかった私は神経が立っていて母乳が出ていないのに気付けかった。わが人生の最大の失敗である。
→ お医者さんの手当はもちろん、宇野先生,佐々井先生、木村先生が「いのちの綱を切らないで」と寝ずに祈って下さり、生還させて頂いた。

② 中学の時、だめだこりゃと母は独断、「それならうちに来ればよい」とのねむの一言で父ちゃんと一緒に能登に向かった。途中音威子府の砂沢ビッキさん(父ちゃんと親友同士)を尋ねるというなかなかの旅であった。
→ ねむ一家と一緒に暮らし、その後宮さん一家にお世話になり、女性の長橋(?)校長先生と金沢の教育委員会の村井様の特別な配慮で能登の中学校に転校できてそこを卒業した。高校は全道一区の釧路へ。八木教頭先生、マシオン恵美香ちゃんのご配慮を忘れない。結婚式には担任の先生と同級生が何人もかけつけてくれた。このことだけで小冊子ができそうだ。今日は詳細略。

③ JRの運転士になりたてで人が飛び込んできた。おろおろしたのは母だった。
→ お客様のいのちをあずかる運転士仲間の結束は固い。「同じ釜の飯を食べてますから」とのこと。

★ 息子その②の場合
 子育てとは思い通りにならぬものと悟った私は手抜きでリラックスした上多忙で夏休み何をしていたか覚えていない。何事もないなあと間延びしていたら、
① 3.11のとき都心の飯田橋のビルの何階かにいた。歩いて板橋の赤塚のアパート迄帰った。
「どうする、引っ越す?」「4月から行く会社が決まっているから」
しょっちゅう東京を離れてもいるのでその分少し母は安心、でも何事もないようにと祈っている。

② 今年はコロナでテレワーク中。ここ帯広でも状況は変わらない。

★ 二人とも高校生のときからバイトしまくり、小遣いは勿論、学費、自動車免許取得料も自分で稼いだ。お金のことが下手だった私のおかげで逞しくなったかも(?)
信州の清水平にいたときは、一雨降ると小さな山崩れが何か所も発生して車道をふさいだ。これはたいしたことない。生まれ故郷では最上川の洪水が毎年だったから。

時代が変わる。あれやこれやあるのが当たり前だったのだと思う。
  ☆ 溢れるネガティブ情報は抑えつつ引き摺られないで、
    ポジティブ情報をキャッチするアンテナを磨いておこう。
  ☆ 既成の思考と技術では間に合わないのだから、頭は柔軟に保っておこう。
  ☆ 「目の前の人はあなたを生かそうとしているのか、
         あなたを殺そうとしているならあなたはどうするか?」
  ☆ それに、ウマいことかわすコツも大事だね。
  ひとり孫姫のみいちゃんといっしょに元気にやっていきましょう。
  私は遅まきながら「これからだ」と思っています。

冬枯れです。