【ゴーヤがはじけて】

1439/10000  月歴7月29日 太陽歴 9月20日(土) 
6:00 晴 9度

夜明け前今朝もオリオン座を見上げることができました。
薄い雲が出ていたようで写真の写りはイマイチでした。

今日は土曜日、
スコットランドの田舎に暮らす
さっちゃんへの定期通信の日です。

《 土曜通信 》

おはよう、さっちゃん、ごきげんいかが?
さっちゃんとご家族の皆さまが
祝福につつまれていますように。

朝は10度以下に下がって
晴れの日には空が澄み渡ります。
ここは、「十勝晴れ」といって
四季それぞれ晴れ上がれば十勝晴れ、
最高なのは冬、絶景です。
冬の気配が忍び寄ってきています。

◆ゴーヤ物語
冷蔵庫に入れていたゴーヤが熟れて
黄色とオレンジ色の皮が弾けて
赤いヌルヌルに包まれたタネが顔を出していました。
あらま、これでたぶん完熟タネが取れる、
赤いヌルヌルを舐めて飲み込んで
(美味しいものではありません、子供の好奇心です)
顔を出したのはコゲ茶色に固く完熟したタネ
貫禄十分!
柔らかくなった皮は、細かく刻んで
+鶏肉(味付け済)、みりん、料理酒、味噌に
ネギソース(ネギ、ニンニク・ナッツ・オリーブオイル)
炒めこんで出来上がり。
ご飯は、白米+胚芽大麦+煎り玄米の炊きたて。
今朝の朝ご飯でした。

子供の頃、ゴーヤが植えてあって
タネ屋さんのカタログが郵送されて来ていましたから
そこで取ったのだと思う、
父か母の好奇心が偲ばれる、遅まきながら。
(ガーデニング好きは、両親の気配の受け継ぎ
兄、二人の姉、弟も上手)
当時ゴーヤは全然知られていなくて
どこをどう食べるのかも?で
ちいさなありあわせのネットにツルを絡ませて
ゴーヤは生えているだけ、
実の皮が弾けて、小学生の私は 怪獣を連想しながら
顔を出した赤いタネを舐めて遊びました。
タネは台所の戸棚に無造作に保存してありました。

ゴーヤのタネを蒔き定植してネットを張り
実付きを確認して収穫して料理するとき
この子供の頃の気配とともにあります。
お父さんとお母さん、家族の気配が蘇ってきます。

『清水平便り』現況報告
取り付いて1年2ヶ月、なかなか進まず
呻きまくっていました、
好きなことだったのにストレスに,泣くに泣けない堂々巡りの日々~
⇒ 季節は秋に、おかげさまで夏負け状態からほぼ回復、
進めることができそう、新しい態勢は
   『 何をさておいても
    朝イチ3分
   『清水平便り』ファースト! 』

THA’TS ALL!
推敲、進めます。意気込みよりも仕組み、ですね。

焦点はあくまで希望に
夏負け疲労回復に効いたのは
何と言ってもゴロゴロ好きなだけ寝る
これしかできない、これ!でしたわ。加えて
梅干し、梅肉エキスこんにゃく湿布(再開しました)
自然療法の基本のキ、でした。
アーシングも◎、でも10度となるとムリはできません。
こちら北海道でも来夏はクーラー、と算段し始めました。

今日の午後は往復20㌔
サイクリングで出かけようかな
それとも天のチカラに包まれて
家で編み物かな(迷)


本州はたいへんな猛暑、酷暑でした、それでも季節は進む
気候変動、GAZAへの地上侵攻、この国の食糧危機~しかし
焦点はあくまで希望に、勇気を出して知恵をしぼりあって
静かに生き抜いていけますように。


さっちゃんとご家族の皆さまが
祝福につつまれていますように。
🍀 PEACE BE WITH YOU 🍀
Always with YOU
🍀 さっちゃんのご回復を予祝していますよ 🍀


【わが身をねぎらいいたわって】

1436/10000  月歴7月26日 太陽歴 9月17日(水) 
       7:59 曇り 17度

今朝は5時半起き
⇒ スロージョギング兼アーシング、約2㌔、
その後My Little Garden(MLG)に寄って
ゴーヤとキュウリの支柱を倒して片付けてきました。

今朝は今日子ちゃんに手紙を書きましょう。
今日子ちゃんはバリバリの不動産取引の専門家、
キャリア30年、難題案件が得意ときています。
それがなんと、この夏、酷暑の東京で
1 電動自転車で転倒、骨折から始まって
2 腰、しびれ症&脊柱管狭窄症の手術
 炎天下コルセットが外せない
3 続いて先週には左目網膜剥離の手術
失明の可能性もあったそうな。



今日子ちゃん

頑張って頑張って頑張って
今日子ちゃんの活躍を支えてきてくれた
お身体にごくろうさんしてあげてね。
わが身をねぎらう、このこと
私もおぼえたてです。
今日子ちゃんは私よりずっとお若いし
パソコンもOKだから
まだまだバリバリ行けそうだけれど
この際、ダウンシフティング、
“ 休みも仕事の内 ”
わが身をねぎらって天のエネルギーに浸る時空を
セットして、
あたまをからっぽにしてボーっとしてみては
どうかしら?
この夏のあれやこれやは、神様の思し召しかも。

上から目線で大きな事は言えない、
食養・自然療法53年め、ではあるけれど
100%いつも元気できたわけでもなく、
この一年ほどは思うように仕事を進めることができず
“ あ、そっか、自分にMUSTモードで
プレッシャーかけすぎてたんだ!”と
ようやく腑に落ちかけているところですもん。

今日子ちゃんは お客さまに生徒さんが
お待ちになっているから〆切までにMUSTで、
「少しづつ」とは行かないと思うけれど
「きょうもよくやった!」と
ご自身にありがとう
してあげてね。

こちらこんにゃく湿布再開2日目、効いてます。
おかげさまで この夏の夏負けモードから脱却できそう。
では、『清水平便り』の推敲にチェンジしますね、
いつも応援ありがとう。

ありがとうとハグして
自身をいたわりねぎらってあげましょうね、
お互いさま。
生きているだけでたいしたもんよね。
では、エール交換で。
くれぐれもご無理なきよう、
ご自愛のほどよろしくお願い申します。

 今日子ちゃんから意気軒昂なお返事を
を頂いてホッと一安心です。
 “ステキな老後”にしましょうね。



     

【Full Immersionとボチボチと】


1432/10000  月歴7月22日 太陽歴 9月13日(土) 
       6:54 晴 17度

今日は土曜日、スコットランドの田舎に暮らす
さっちゃんへの定期通信の日です。

《 土曜通信 》

おはよう、さっちゃん
ごきげんいかが?
さっちゃんとご家族の皆さまが
祝福につつまれていますように。

一日が始まる
一日置きのスロージョギング兼アーシング、
朝露が少し冷たくなって、いつまでできるかなと
先を計算しながら、
まもなく秋分、
夜明けが一番遅いのは1月始め、
3月になれば雪も溶けて日も長くなり
夏至が来て、1年が巡る~

朝ご飯は、白米2合+胚芽押麦と煎り玄米半合づつ
水加減が少なくてコメが口にあたったので
料理酒を適量回して弱火で蒸らして
仏壇にお供えする前に人間が食べてしまった、
遺影の方々にウインク。

どのページを開いてもシンクロニシティ
さっちゃんにはこんな本がありますか。
私にとってのナンバーワンは
Sarah Ban Breathnachの
“ SIMPLE ABUNDANCE
~A DAYBOOK of COMFORT and JOY ”

(読んでいるのは日本語版ですよ)

「ハイ、待っていましたよ、私はここですよ。」と
本屋さんの本棚から声がした本の一冊です。
2003 Sep.14と日付があります。


◆真の成功とは

そうそう、それで今朝の9月13日のページを開くと、
『世間的成功と経済的自立を目指すのは、
決して悪いことではありません。
私はこの瞑想録を書くことでそれを求めています。
しかし 『シンプルな豊かさ』により、 真の成功とは
自分の正しい考えに基づいて 生きることであり、
まばゆい フラッシュの光を浴びることではないと教わりました 。
そして真の成功は誰も奪えないのです』

Just Shynchronicity!
私の内から湧いてきて動かぬものを
外に出して言葉にして一つのカタチにすること

これが今の私の最優先なんです。
そして経済的自立を達成すること、
経済的自立とは、“ 自分にとっての真実が
他者とわかちあえるものであるか
ひとり合点にすぎないのではないか、
このことの可視化 ”であり、
後でついてくるものであると得心して。

『お金から始めたら何もできません』
これが息子たちの父ちゃんの揺るがぬスタンスでした。
常に気になっていたこの言葉をつらつらと腑に落としつつ
マーケティングにも目を配っています。
八百屋体験のおかげで
売る=暮らしが豊かになるものをお届けして分かち合う
となると身体がムクムクと反応するんです。
(億劫で面倒、先延ばしも同じくらいあるのだ😉)

Full Immersionとボチボチと
そんなこんな、目に見えるカタチをこの手にしたくなってきて
Kindle出版にむけて『清水平便り』をセンターピンにセットして
Full Immersion一点集中態勢を作っていました、
おかげさまで目処がつきかけているところです。
意気込むほどにできなくなったりで
(急いてはことを仕損じる)
ボチボチとFull Immersionと行ったり来たりでございます。

ジャーナル好調!
ブログ再開毎日更新開始以来今日で14日め、
パソコンの前に座ると
今日は何がでてくるかなと自動的にワクワク。
留守にしていた間もひとりふたりと切れずに
訪れて下さっていた方がいて
1週目30人⇒2週目131人!
エンタメしたくなっちゃいます。

START AGAIN LIVE
きっと今がいちばんおもしろいとき
出来事、気付き、ヒラメキをWorkflowyにメモして
書いて置かなければもったいない
限られた時間が、無心の境地(ビギナーですよ)に
溶けていきます。

“土曜の朝はホリデー気分”
めでたくここに戻って来ました。
昨日の朝は、スケジュール帳は見ないで
身体の赴くままに100%ゴロゴロ、
午後には、アイディアと言葉が
穏やかにクッキリと浮き上がってきました。
100%ゴロゴロできるようになったことが
いちばんの進歩かな。

🍀 PEACE be with YOU 🍀
   Always with YOU
さっちゃんのご快癒を予祝しております。
🍀 さっちゃんとご家族の皆さまが
祝福につつまれていますように。🍀

     need no reply😉





『子どもらに寄せて』

1119/10000  3月28日(火) 2023
◆シリーズ 3/14~24山形・宮城報告その⑬
本シリーズも今日で最終回
今回の旅をすっかりお膳立てしてくれたタマキさんへの手紙で
ひとまず終了と致します。

タマキさんへ その②

あらたな刺激の機会をありがとうございました。
フレッシュ深堀りの旅でした。
ところ変われば気候も風景も人も気配もみな変わりますね、あたりまえか。
この2年は半径500メートル、その前10年は半径1000メートルで、駅の近くで暮らしていたのですから気分はお上りさんしておりましたわ。

月山、葉山の雄姿、鳥海山はてっぺんだけ、朝日連峰も仙台に向かうバスの中からその輝きを垣間見ることができました。月山は2回、葉山、鳥海山は1回登っています。朝日,飯豊は一人ではムリなので仰ぎみるにとどまりました。そしてなによりも母なる最上川でした。

最上川の大橋を渡って秘境次年子まで一走りで。
すごくうまいお蕎麦屋さんの
シンプルな前菜、こちらもうまい。

時々持ち場を離れるのは、いいもんですね、欠かせないな、次はちょっと旅慣れた感じで、と
植物型家付き猫は遠くにまなざしを向けるのでした。この春は今の古い借家から移動しそうな気配もしていて、2年前から引っ越し準備のため鉢上げしている植物を軒先に並べています。本州にベースがあるのも悪くないですね。

おかげさまで、リフレッシュ+ひとつ深堀り、
自分のやりたいことを確かめて強化され、
冬からサジェッションされていたプロジェクトにお力添えも
タマキさんはじめお会いした方々からそれぞれ頂くことができました。

子どもたち孫たち、後世に私たちから伝えるべきものとは何か?
子どもたちが前を向いてよそおい軽く歩いて行けるように。

冨澤部落の馬頭観音様に奉納?された巨大草鞋?
(ぼけました、ごめんなさい)



中世に戻る気配濃厚な今と近未来、
乗り切って縦横無尽に逞しくやっていく人々
暴力的な力にやられてしまう人々
暴力的な力をなんとも感じずなすがままにされてしまう人々
その間を行ったり来たりする人々
ひとりの人間の中に同居してもいます。


願わくは、どうかソフトランディンングで
子どもたちも、この世時間の短い私たちも、坦々とやっていけますように。
そんな大げさな老婆心を必要としていない穏やかなチカラに出会わせてもらいながら
この列島に棲む私たちのまっとうな誇りってなんだろうと
つらつら思われることでした。




預かっている課題は冊子の制作、
夏至までに第一稿を上げる、とスケジューリングしてみました。
仮題は『子どもらに寄せて』
その① 『ひとり孫姫のたみちゃんへ』
その② 『昭和30年の暮らしから』
どんな時代でも変わらないものはあるはず、
高度経済成長以前の世の中を多少なりとも知っている私たちから後世に参考になればと。
連絡し合いましょう。ご多忙のところおそれいります。

早春の宮城、山形、ツバキ、ウメ、モモ、レンギョウ、サンシュユの花々
あれから半月以上、すでに山も畑も春の緑におおわれていることでしょう。
タマキさんファミリーとなかまたちが平安のうちにありますように。
        またお会いできる日まで    しう子より   4/7



年季入ってます。お多福さん@銀山温泉

『膝は伸ばさなくていいんですって』

1115/10000  3月24日(金) 2023
◆シリーズ 3/14~24山形・宮城報告その⑨
今日は、マリちゃんに女同士の手紙です
マリちゃんは、この間滞在させてもらった温泉宿太陽山荘のママさんです。

マリちゃんへ

ほんとうにありがとうございました。
こんなにリラックスしまくったのは、生まれて初めて!でした。
ぼおっとして九日間がいつの間にか過ぎてしまいました。

大好きな煮物中心の、誰かと一緒に頂くご飯!
もう、すごい贅沢、一人暮らしになって15年かな、
その前から息子と一緒にご飯を食べることもなくなっていたし、
気のおけない友達とうまいご飯をいっしょに頂く、
人生最高の贅沢です、マジ。



山荘でめずらしかったこと
① 家庭的なこまごまとした会話
② 女の子同士のこまごまとした会話
こういうミーティング、おしゃべりしたことないなあ・・
うちは息子二人で、父ちゃんは、ま、家にいないのが普通だったし、
ものめずらしくてしげしげとその場にいさせていただきました。

満開! ゴールデン・クロッカス


それはさておき、老化とのおつきあい、お互いさま。
手持ちの、膝、老眼、ダイエット情報を交換しましょう。

① 膝は伸ばさなくていいんですって!
駅まで歩いたら膝を痛めてしまったとのこと、
私も特に左ひざがダメで常にサポーターしてます。正座ができなくなってからかれこれ15年、
膝は最大の関心事です。

帰ってすぐYouTubeに入って来たのが,甲野善紀師の動画でした。
元気の学校 甲野善紀⇒検索 お願いします、よろしかったらどうぞ。
で、早速実習してみました。
ラクちん!です。

本通り挟んで向かいのスーパーに買い物に行くときとか、困っていたのがウソみたい。
膝を延ばして体幹を意識してよい姿勢で・・・⇒ 疲れる、肩が張る、胸部圧迫感、
それが全部すーっと消えました。
家の中でも膝を緩めた歩き、動作だとなんかおっとりしてきてせかせかしなくなります。
腕も振らないんですって。


② 老眼
 齊藤瞳さん 老眼・視力回復・飛蚊症 のための手のひらセラピー ⇒検索
こちらは去年の暮れに流れてきた動画で簡単だったのですぐはじめて3か月、お、これはよさそうだったのですけれど、パソコンに長く向かっているとやはり疲れる、遠くを見ることが少ないなあ。
youtubeにはほかにもいろいろあって相性のいいのを続けるといいかも、です。



③ ダイエット
  47キロ~72キロを行ったり来たり 、ダイエットのキャリア(っていうのか?)55年、
今56キロで、ベストだった52キロまでは戻そうとしている私の
『ごちそうさまダイアリーfor DIET』、kindleにはもう上げていて(パートナーがやってくれた)発売できるようにちょっとスピード・アップしますね。連休前目標で。


コツは三つ
① 暮らしにリズムを
   一つだけ決めましょう 9時には寝る(大谷選手)とか
② 定期的にエクササイズを

   一日10分でOK 今の自分になじむものから
③ 摂取カロリーを把握
   まごわやさしい和食中心でカロリーブック片手に
+あと二つは
④ 記録する
⓹ なぜダイエットしたいのでしょう?
  自分にもホスピタリティ


よい習慣をつけるには、この項目もありますよ・

販売準備がんばります。
今日は予告編でした。
ひとりでパソコンに向かっていると固まって詰んでしまいがち、
リアルのあの人にためなら、頭が動き出します。


最上町では、ウメと桃の花が満開。あるいは散り始めている頃でしょうか?
春はうれしい、爛漫の春の日々、
ご家族の皆さま、お友達皆々 平安とともにありますように。   4/5 記

マリちゃん、もう一度お誕生日おめでとうございました

『畑、聞き書き、おすすめしちゃうな』

1114/10000  3月23日(木) 2023
◆シリーズ 3/14~24山形・宮城報告その⑧
今日は、タマキさんの秘書役の芽生さんに宛てて手紙を書きます。

めいさん
お世話になりました。ありがとうございました。
九五郎味噌、山形の姉と帯広の息子とで分けました。
味噌も、生命力のあるものは、やっぱり違うんですよね。
今回の旅は、おかげさまでいくつもの生命力の現場にあわせてもらい
希望を目の当たりにすることができました。
とても印象に残っているのは、その穏やかさで
それはこの国のひとつの希望の種ではないかと思われました。
この穏やかさが侵食されないように生命力をアップしていきたいですね。
すでにできることが限られているシニアと違って
めいさんはこれから何でもできますね。

佐藤家の畑のお手伝い、いいですねえ!
土に触れると触れないとでは全然違いますよね。私も街中で日当たりイマイチの小さな
ガーデンを自然体でずっとやっています。今は、肥料はコメのとぎ汁と台所の洗い水、それに光合成菌、これも自分で培養しています。果菜には米ぬか少々、といったところです。無肥料栽培、仲間内ではけっこうポピュラーになっています。ビッグ・ファミリー・ファームさんも確かそうだと思います。まあ、できるところからめいさんのペースでどうぞ。
 この国の食料・食糧問題は深刻ですから、栽培技術を身に着けて食糧ルートを確保しておくことは危機管理の第一歩ですよね。

農家の女の子のイラスト(将来の夢) | かわいいフリー素材集 ...
畑は、うれしい、たのしい




親孝行したいときには親はなし、を地で行くこの私、親の葬式にも行くことできませんでした。還暦過ぎたころふっと胸から湧き上がってきたんです、
『お父さんとお母さん、胸の内に、外に出せなかったもの、言葉にならなかったものをどれだけ抱えていたんだろうか?』と。今なら親の話を聞くことができるでしょう、ワカカッタときにはとてもとても。

芽生さん
もしご両親、ご親族の方からお話を聞くなら
(ここは、自分史探検サポーターの荒木しう子の登場です)
① 雑談のなかでちらと何気に尋ねるとかして、
  聞いたことを翌日までに書きとめる  上手下手は気にしない
② ちょっとたまったら印刷してみてもらう、さりげなく
③ 聞きたいことをメモしておいて、ここぞというときにQする準備をしておく
④ たまったらファイルに綴じてプレゼントする
⓹ 年表と系図を作ってあげる

そうなると、聞かれる方は
① 生きてきたその当時
② 聞かれて話す
③ 聞かれる準備を心の中でする
④ 話したことが文字になって可視化される
⓹ もっと思い出すことがある
⑥ 新たに意味を発見する、
  新たな意味が向こうからやってくる
などなど、何倍も生きることになります。
聞かれることで、生きてきた自分に自信と誇りが持てるようにもなるでしょう。

お年寄りの手を取る女性のイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや


どうかしら、めいさん、
ブログでこれからのあれやこれやの記録をUPしていきませんか?

以上、わたしからのありがとうと、提案でした。
老婆心を発揮してしゃべり過ぎたかも。
もしピンとくるもの、参考になること、やってみようかなと
思うものがひつでもあったらうれしいです、
いっしょにやりましょう。

さあ、季節がスピードアップして進んでいきます、
めいさんにとって 充実+まったりのシーズンになりますように、


あ、もうひとつ、
佐藤家の年中行事をたずねて、できたら一緒にできるところはやらせてもらって
そのノートを作りませんか?
実は私、45年前に母から聞き書きしたのですが、度重なる引っ越しで紛失してしまいました。
農文協刊の『山形の食事』、それと冨田さんの和暦の冊子も参考になりますよ。
結城登美雄さん ご飯は①普段のご飯 ②祭りのご飯 ③祭祀のご飯 と三種に分かれる。
(ちょっと記憶があやふやです。『いのちをつなぐ宮城の食と農』で確かめてね。)
それぞれの献立もおもしろい。私は今一人暮らしなのでつくづく実感されるのは、この三種のご飯はいずれも家族~コミュニティあってこそのもので、ひとりではやっても心もとない、サマにならない、このことです。
久之助お爺さん、節子お婆さんのいらっしゃる佐藤家は宝庫ですよ。



⤵ 早春の摘み草  フキノトウ、タンポポ、ナズナ、冬の毒を出してくれます 4/4

『私たちはよみがえることができる』

1111/10000  3月20日(月) 2023
◆シリーズ 3/14~2 山形・宮城報告その
今日は、宮城県石巻市の牡鹿半島の南側の付け根の蛤浜の
『浜の暮らしのはまぐり堂』さんに宛てて手紙を書きます。

蛤浜は世帯数が九つのの小さな漁村でした。東日本大震災と大津波で3世帯人口7人に激減、4人にひとりが60代以上、
蛤浜出身の亀山貴一さんは、愛する蛤浜の暮らしを時代の要請を見据えつつ後世に伝えようと、水産高校教師を辞めて復興と事業に取り組みます。

亀山貴一様
  理子様 
菅原尚子様


先日は、押切さんについて行って寄らせて頂きまして ありがとうございました。
ちいさなめんこい蛤浜、ここで代々 海、山、土とともに暮らしを続けてきた人々、そして
3.11、その後の復興のシーンを想像しようと試みました。
ご本拝読いたしましてふうーっと大きく息をしました。
① 復興への思いと決断
② 事業計画と調整の過程 現場での奮闘と微調整
③ VIVIDなネットワーク  思い 技術 資金
私たちの20代.30代と全然違う、比べても詮無いことですけれど、
感嘆の連続です。
ご苦労さまでございます。

きちんと事業計画を立てて思いを可視化
貴一さんのご本より
貴一さんのご本です。頂きました。

階段を登って高台へ、
『浜の暮らしのはまぐり堂』さんの第一印象は、あまりにも素晴らしく
私は魅了されて息を飲みました。
あこがれの縁側、障子、そしてその透明感!
蛤浜代々の歴史と、3.11の後の12年の結晶をまのあたりにした感じがしました。
材を担いで坂を上った人々の生命力、
再生に力を注いだ思いと技術、マネジメント、
ほの暗さ、趣向を凝らした飾り物、心の余裕などなど 偲ぼうと試みました。


尚子様
石巻発 プリコロール・プロジェクトのこと、押切さんに聞きました。
一歩も二歩も先を行く企画で、手先そう起用でもない私は追いついていません。
お手作りの技術をお持ちの尚子さんは、きっとあれこれアイディアが湧いていらっしゃることでしょう。❝主婦の手づくり❞から一つランクアップしたグッズと 住まいを共にできたらと想像するとワクワクしますよね。


理子様
お名刺にびっくり!『ネイティブ・ジャパニーズ探求家』!おお、来ましたねっ。
実は私はネイティブ・ヤポネシアンNative Japonesianと勝手に呼んでいます。北海道から沖縄までの列島に棲む、地生え、海生え、心映えの人々のことです。
私たちのまっとうな誇りってなんだろうか?とつらつら思われています。
今回結城登美雄さんに50年ぶりに会えてこのあたりにごっついチカラを貰うことができました。結城さんの『何としても伝えたいものがある』、はまぐり堂さんの蛤浜LOVEと相通じていますよね。

ついでに、ヤポネシア・ヒットソング『ヤポネシア・フリーウエイ』なる内田ボブの歌もあるんですよ。(すでにご存じでしたらごめんなさい。ご興味ありましたら検索お願いします。リンクが貼れません・汗)



3.11から満12年、被災の様子はテレビでしか知らず、復興の現場も知らないで一足飛びに初めての被災地、幸運にもはまぐり堂さんを訪ねることができました。
伝統的な暮らしを受け継ぎつつ、地殻変動、気候変動、社会変動とつきあいながら微調整を重ねて答えをどのように創っていくのか、そのプロセスの躍動に目を見張り、
『私たちはよみがえることができる』、このことを目の当たりにすることができました。

残された時間を(ばばとしてまだビギナーですけど)、子供たち孫たち、後世に伝えるべきことを伝えることを一つの柱にして過ごそうと意気込むものの、 作業のスピードはトシなりで、アップデートする力もお若い方々にはとてもかないません。私なりにすること、できることをしぼろうとしております。そんなわけで皆様の編集会議にも耳をそばだてておりました。
もし北海道十勝地方にいらっしゃることがありましたら、新得の協働学舎さんほかご紹介いたします。


ネイティブ・ヤポネシアン・ネットワークの息吹きが
この列島をきっとよみがえらせることができる、この思いを強くしました。

石巻~蛤浜の日々、おだやかでありますように。
                   感謝を込めて


⤵蛤浜全景 前出 貴一さんのご本より

『新しいチカラが湧いてくる』

1109/10000  3月18日(水) 2023
◆シリーズ 3/14~24山形・宮城報告その③
今日は、ユキちゃんへの手紙です。
ユキちゃんは福井県生まれ。カナダ体験25年、現在家族とともにノバスコシャのカントリー・サイド在住。畑を作り 麹を立てて味噌つくりのワークショップをやる一方で、もう一つの本業『決断コーチ』として世界各地のクライアントさんとセッションを重ねています。私もその一人で去年の1月からお世話になっています。ユキちゃんのFACEBOOKはこちらです。どうぞ! ⇒ https://www.facebook.com/yuki.inoue.202
ブログはこちらです。どうぞ!⇒ http://inoue20.com/

= ユキちゃんへの手紙 =

 ご無沙汰。あっという間に半月。
 3年ぶりに持ち場を離れて、おかげさまで
『よく頑張ったな、この2年』そう思えました。
 頭コチコチ 胸はドキドキ、約束したことができない、先延ばしが続く日が過ぎていく・・・このパニック・ゾーンから抜けることができそうです。蓮の花は泥水の中に咲くとか。乾いてコチコチだった泥に水が入ってきた感じです。
 さすがに旅疲れで3日、4日と過ぎた後、おかげさまで新しいチカラが湧いてくるのを感じています。旅の疲れ取りと冬の毒出しだけでなくこの二年ため込んでいた垢出しもできたような気がします。

 靄が晴れてきて見えてきたことは、ことさらあたらしいものはなく
目の前の作業リストは、出かける前と殆ど変わりませんが、クッキリとしてきました。

⓪ 宮城・山形報告をブログで =当日投稿に追いつく  ~4/7(金)午前中
  ブログは私にとって 朝起きたら顔を洗うようなものです。
  このあとに続く作業のウオーミング・アップにもなるし。
 
最優先は、こちらです。熟成期間すでに半年以上。
① 『ごちそうさまダイアリーfor DIET』(仮題)販売開始 ~ 4/21~27午後⇒午前中
   ・FACEBOOK LIVEのスクリプト
   ・テキスト作成
   ・ステップメール100本作成
ここまでをまず片付ける。

旅先でクライアントさんと出会えて、
何がダイエットをさせなくしているのかもリサーチする機会がありました。
他の人のためならがんばれる、これ、真理な気がする。

② 冊子執筆 『子供らに寄せて』        ~6/21 
  1 子供たちに伝えたいこと
  2 高度経済成長前の世の中から

③ ほがらかばばぢからクラブお茶会       5月半ば~
  テーマ 『私だけの一冊のノートをつくろう』 
       項目ごとのテキスト作成
       自分史講座の初級テキストもこちらで  
      名刺 カード チラシ DM 制作

④ 事業計画書を書く 出直し、です。
 

パソコンのマニュアルを読む女性のイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや
パワーポイントに挑戦中

この一年以上いつも頭から動かなかった私のテーマが
今回の東北行きを通じてよりはっきりとしてきました。

・肩書
(まだ仮称)
    ほがらかばばぢからクラブ主宰
    ほがらかシニアプロデューサー 自分史探検サポーター
キャッチコピー(まだまだ要推敲)
    いてくれるだけでほっとするシニアになれたら!
    上手下手抜きで、パソコンできなくても大丈夫、
    自分が主人公の『私だけの一冊のノート』をつくりましょう。
    ❝宝物は自分の中にあったのね❞ ごきげんで天寿をまっとうしましょう
    
・自己紹介  
いるだけでほっとするばあちゃんじいちゃん、私たちシニアが
ささえます現役世代まもりますお子たちを!
あたたかなあかりをひとつふたつとふやして穏やかでお子たちが安心してスクスク育つ世の中のいしづえを手で積んで参ります。

13歳まで高度経済成長政策以前の世の中で育ち
20代で『食養』に出会い人生が一変、自然療法を体得、沖縄から北海道までをヒッチハイクで縦断
30代は信州の山の中の一軒家で電気ガス水道ナシの暮らしを8年半、二人の息子を育てる、北海道に移住。無農薬の素晴らしい八百屋をひっぱるが経営に無知で潰す。
50代更年期、慢性疲労に慢性赤字の八百屋をかかえてどん底に。
何としても人生を変えようと研鑽を積む。
60代講座開講準備、話し方教室、作文教室、コミュニケーションの講座に参加
74歳で講座開始、一年目は57回開催。
私たちシニアが、なるべく元気で現役世代をささえお子たちをまもる存在として
こどもたちが安心してスクスク育つ世の中のいしづえとして天寿をまっとうすることの実現に情熱を燃やしております。


今日はこんなところかな、
❝ほがらかシニアクラブ❞の趣旨、では具体的になにをやるのか?
どんな目に見えるメリットがあるのか、

シンプルにことばにしてみますね。

ユキちゃんと出会って、まもなく1年半、
うちの息子たちの父ちゃんと誕生日が同じで、なんと娘さんのお名前も
私の孫姫と同じでした。
振り返れば、呻いて固まっていたのは私で
数々のミラクルが向こうから、ハ~イ、こんにちは!とやってきてくれてました。
ま、人生油断は禁物、これからです。
私の座右銘『うむ・はぐくむ・わかちあう』を胸に、
ときどきは消費に埋没しながら、
コツコツ坦々でやっていけますように。作業を進めて
毎週木曜日朝には❝やったぜ!報告❞ができますように。


オキナグサ、山形の姉の菜園にて

    

『私たちが伝えるべきこと 結城登美雄さんへの手紙』

1108/10000 3月17日(金)2023
◆シリーズ 3/14~24 山形・宮城行報告その②
今日は、結城登美雄さんへの手紙 です。
結城さんは、地元学の創始者のひとりでその第一人者であり、東北を中心に全国の農漁村を回り地元の受け継がれてきた生業の文化を今とこれからに生かすいくつものプロジェクトを成功させ、結城さんと私たちが次の世代に伝えるべきものを伝え続けています。結城さんと私は山形大学の同期で、心から誇りに思っています。結城さんは満州生まれ、私より二つほど先輩になります。


結城登美雄様 美枝子様

お時間作って下さり本当にありがとうございました。
お会いできて本当によかったです。私たちが次の世代につたえるべきものがある、
このことをじっくりとごっつく示して頂きました。

私たちがこのあとに伝えるべきこととは何でしょう。
お話を伺いご本を拝読して私なりに今言葉になることは、

一つに、消費脳から生産脳へと舵を切り直すこと
二つに、『じかに身をもっての感受性』のよみがえり
三つめは、一言でいうと『畏れ多い』、この生命カンを取り戻すこと
それぞれ、手もと足もとから
     どこにいても今すぐできることがある
     ハタと自身で気づくこと
このことを、私なりの表現でできることはないかと、呻いております。
自分たちの後続の子どもたち、孫たち、その後の世代が大丈夫であるようにと気になるようになったのは、一つ年齢のこともあるでしょう。トシをとると脳内ホルモンがそのように変化するとか。もう一つはこのままでは『国も破れて山河もなし』の近未来がみえる現況への危機感です。

結城さんの足で歩かれた自分ごととしての聞き取りの数には圧倒されます。結城さんの前では何をいっても口幅ったい、この事実は否めません。それを承知で私の自分史を振り返りますと、いくつか結城さんと共通のものがあると感じます。

・豪雪地大石田のメインストリートに初めてブルトーザーが入って来たときの違和感と屈辱感
 とは何だったのか?
・『ざいごくさい』=在郷くさい は劣っていることでコンプレックスを持つのが当然と思っていました。
・山の畑。大石田の今宿のはずれの山の中に戦時中の開墾?畑がありました。大八車に肥桶,かます、鍬を積んでお母さんが近所のおばさんと一緒に通って、イモ、豆、サツマイモ、ゴマなど作っていました。昼休みには握り飯にお菜、水は傍らの林の中に掘った泉から汲んできました。家の前の南側にお天道様の光をあびているゴマの木にうようよと巨大なゴマ虫が蠢いていました。
・『イナムシカンカラカン』、夏に農家の子供たちが柳?の枝を持ってメイン・ストリートを練り歩き、❝今年はイネに悪い虫がつかないように❞と唱え歌いながら豊年満作を祈り願う、それが「農薬」でした。
・ 最上川の水上がりで毎年一番最初に床上浸水するのが我が家。堤防工事のため立ち退いて県庁所在地に引っ越したのが1960年、高度経済成長真っ盛りとなったころでした。
 一学年100人2クラスから、400人8クラスの学校へ。その生きることの影の薄さに呼吸困難に、後で『疎外』という言葉を知ることになります。女子は、自分のことを、オレからワタシに変える練習をしていました。山形市で人並みにスーパーマーケット経済に巻き込まれた10年を過ごし、お母さんのつくるお菜は全部茶色だ、ざいごクサいと文句をたれていました。

・ 優秀な先輩が『期待される人間像』の読み合わせをやってくれましたが感度がイマイチ鈍い私でした 。ベトナム反戦と大学闘争の時代、山大のキャンパスに連日繰り広げられるジグザグデモを、学生会館の前から見下ろしながら、これはいったい何なんだ?と考え続てきました。(遅まきながら、そのジグソー・パズルのピースがピタッとはまったのは2015年秋、臍を嚙みました。)
 これはいったいなんなんだ?封鎖がとかれた大学に戻らず蔵王山系の山小屋に居続けていると、結城さんたちが心配して迎えに来てくれました。(ありがとうございました)まあ、あのころは、暗中模索と言ってもサマにならず親の心配はいかばかりかなど今ごろ言っても始まりません。普通の就職をする気がなくなって、なんとか卒業にこぎつけてワンシーズン天童の果樹農家に出面に行って
・1971年11月末リュックひとつで東京に出て、『食養』に出会って、食は生きることの基本と目覚めて人生が一変したのが1972年、以来自然食玄米食自然療法50年。もともと大石田では、お母さんがゲンノショウコ、ドクダミ、オトギリソウに梅肉エキス、富山の薬でなおしてくれて、医者にいったことなくそれが当たり前の時代でした。
・断食にはまっていた時、結城さんにたのんで左沢の田代?のご実家にお世話になりました。
・1974年、数百人のなかまとともにまるごとひとつのいのちで生きる生き方を求めて沖縄の読谷村から北海道の知床半島まで主にヒッチハイクで列島を縦断、
(昔語りをしてもしょうがないですね、しかも過酷な自然の中で生きるために必死の人々とは已む無い必死さのレベルがそもそも違います)

・30代信州の山の中の一軒家で電気ガス水道ナシの8年半の暮らしの中で二人の息子を育てました。
すでに過疎となった入山部落の入り口の蛇行する入山川の内側に立つ百姓さんの元屋敷でした。すでに村人が入山を下りてから10年当時残っていたのは2軒、そのうちの一軒池田さんは文字通りの百姓で、木曽の山仕事仕込みの大きな手鋸で直径3尺の木を見事に水平に切って見せてくれました。池田さんともう一軒日向のおばさんにはほんとうによくしてもらいました。GIVE&GIVE、文字通りおかげさまでそこで暮らすことができました。。
ままごとでしたけれど、稗、黍、高黍、粟、小豆、大豆、えごま、となんでも作り、覚束ない手つきで、池田さんたちに教えてもらい、農文協刊のバイブル片手に、麹、味噌、醤油、どぶろくとなんでもつくりました。
生坂村の何かの記念に全戸配布された村の航空写真、山襞に埋もれて生きていた人々、今の言葉ではエコロジカルではあろう、しかし、『生きることで精いっぱいだった』『お前たちは本当の貧乏を知らない』と土地の人にいわれました。
そこ清水平の地母神に与えられたのは、三つの言葉、『うむ・はぐくむ・わかちあう』でした。

今回の山形行では、押切さんにお願いして大石田の役場に寄ってもらい、図書館のスタッフさんが用意して下さった昭和30年代の資料を10冊ほどめくることができました。
『写真で見る大石田町史』には生まれ故郷の川端の冬、最上川の洪水の写真もあり、ヤッターと快哉、更に鉄道開通以前の大石田の街並みの一軒一軒の調査の冊子には驚きました。きっともう一度訪れることになると思います。

何も知らず生意気盛りだったころには歯牙にもかけなかったことがあれこれと気になりだし、自分が出現した時空の歴史はどうなっていたのかと姉、弟と一緒に荒木家のファミリー・ヒストリー秘話で一晩盛り上がりました。


文字通りの百姓だった池田の爺さん、明治39年生まれの父(建築大工)、明治43年生まれの母(お嬢様育ちの婿取り)の世代と比べたらなんと生命力のダウンした私、国も敗れて山河もなしの危機にさらされて衰退にひた走るかに見えるこの列島で、それでも何かを子供たち、孫たち、その次の未来の世代に伝えたい、子供たちを信じて。経験も浅く非力な自分に何かできることはあるだろうか?いまその言葉をさがしています。

『この国がこの50年に失ったものを取り戻すには千年かかるだろう』10年前尊敬する先生がオープン・セミナーでふともらした一言です。太平洋戦争を身をもって知る世代に続いて、私たち高度経済成長以前の世の中を知る世代があの世に引っ越します。いつの時代にも変わらないものはあるはず、これをアップデートしたカタチで今様によみがえらせる試みをせめて見守ることのできるおばばでいられたらと願っています。

今度の東北行きでは、何人もの『大丈夫な』頼もしい人々、いくつものシーンに出会わせてもらいました。それは、never give upな人々というよりも、雑草のごとく❝自然発生❞してくるいのちの息吹とも見えます。『この列島の資源は放っておいたらどこにでも雑草が生えること』(藤井平司さん)なのですから。
中でも結城さんにリアルで会えたことはこの先のシニア人生のごっつい骨となってくれるとビビッときています。
どうか御身御大切に(お互いさま)、再会にかさねて感謝します。

関根さん、女同士で盛り上がる機会がありますように、再会のときを胸に、トシなりにですけど がんばりますね。



⤵ 結城登美雄さんの著書のひとつです。統計、数字もバッチリ。(押切さん蔵書)
私には生まれ故郷山形の大石田の 記憶と当時の人々の生命力がよみがえります。


『あわてないで 心配しないで大丈夫』

1105/10000 3月16日(木)2023
今日は、
◆シリーズ 3/15~24 山形・宮城行報告 その① 
 タマキさんへの手紙 です。



 タマキさま

太陽山荘は、なんか空気のようでした。
温泉暖房で24時間ほかほか、お手洗いは至近距離どこにでも、
待っていればご飯、献立は大好きな煮物中心、
そしてとても静か。私は静けさに強いのです。
気分はマリーアントワネット(が地味好きならば)。

いいんだろうか、こんな贅沢させてもらって? いいのだ。
いいのか悪いのかとかそんなせこい世界は雲の彼方へ。
自分史上最高のリラックス・デイズ、
この空気とのチューニングにやや戸惑いつつも
あ~そうかあ、あわてていたみたい、あせっていたみたい
もっとぼんやりタイムが必要なのだったのかのかもなあ、と
ふわ~っと思われたことでした。

パソコンをよいしょと背負って帰りはちゃんと電源アダプターも忘れずに
移動は準備含めるとまる一日がかり、帰ってさすがに三日ほど寝てました。
昨日の午後は、朝の春の雪道、片道45分往復を歩いて用足し、夕方から
まりちゃん推薦の『愛の不時着』を遅くまで見て、
人情の機微に我がハートが反応して心が動き出し、
今朝は快晴、新しいチカラが湧いているのを感じることができました。


『どうして信頼できなかったんだろう』
これは1974年知床半島で運動神経の鈍い私が墜落事故を起こしたときに
息子たちの父ちゃんがつぶやいていた言葉、
この言葉はずっと私の胸にとどまっていました。

二年前パート修行をやめてから私の人生は新たなるステージの
小さなステップを一段、二段、三段と登ってきて、今回の旅は踊り場です。
タマキさん、すべてのお膳立てありがとう。
なんか空気みたい。そうこれが私のやりたいことだから。
すでに100%以上やっている人が目の前にいるのだから、
非力、微力な私が思いだけで意気込むこともないな、と
心が鎮まりました。私なりに小さなステップでやっていこうと。


『焦ったら負けです』
これは、ホビット村のフリースクールで八光流の指圧を教えてくれた木村先生がふっと漏らした言葉です。木村先生は本当に神業名人で何度も助けて頂いた、無料で。
明日29日でパートやめて2年、売りあげを早く上げて早く義理を果たして早くいちばんやりたいことをやろうとすっごいあわててあせっていたんだな、よくがんばったわ、いじらしいと自分をいたわってあげたい。それでなくても私は促成栽培されないヒトなのですからね。促成栽培されない、これは私の強みだ、と最近思うようになってます。

惑わされてもよい、惑ってもよい、スキップできない、ジャンプできない私。
ほっとしました。私自身が、うん、これだわ、と楽にできるところから一歩一歩、
得意の地道でやってゆけばよいんだ、と思えました。

毎日更新のブログ、10日以上抜けた分を、山形・石巻行のレポートで埋めるべく
段取り組んで書き始めました。満100歳まで24年、書くことで最低3倍は生きることができる。Wordに向かうと背筋から喜ばしいものが湧いてくる。うわーっと課題を山盛りにひろげて何も手につかない先延ばしの日々よ、さようなら、になりそうです。

説明過剰な気もするけど、この続き第2部はレポートの最後でまた。
タマキさんと太陽山荘のこと、いつも思っています。


⤵ 露天風呂です。夜10時ころには、西南西に冬の大三角形、沈むオリオン。