『年季を活かすとは?その①』

1011 2022 2月12日
毎週土曜日は、◆ステキにエイジング
まだまだ ビギナーババの私の
エイジング・ライブです。



★ ところで、トシをとることに
メリットってあると思いますか?


70代の真ん中でパートをやめて
あたらしい仕事を
曲がりなりにもはじめて
今年は二年目、

75歳なりのガンバリって
どんなんだろうか?
 とか

若い人とと同じようにできない分
  IT作業のスピード、ITの新しいことを覚える
  新しい複雑なことを覚える
  今手に持っていたものがなくなる、などなど
年季でカヴァーできないないものかとか
思案中です、ビギナー・ババですけどね。


で、老化についての本の一冊目は
神谷美恵子先生の『心の旅』でした。
神谷先生とは、1969年
生きがいについて』以来なのです。
先生は65歳で亡くなられています。
比べるのも失礼ですが
自分の人生と何と違うものかと
言葉が出ません。

この本の最後、『人生の秋』から
ピンと来ることを抜き書きします。
孫引きもあります。



◆『自分の人生周期を代替不能のものとして
まさにそうあるべきものであった
として受け入れて、「老いつつある自分」を
全体的に受容できた人には、
「知恵」という徳または力があらわれる

その知恵とは、
死に直面しても人生そのものに
執着のない関心を持つことである。
これのそなわった人間は
心身の衰えにもかかわらず、
自己の経験の統合を保ちつづけ、
あらゆる世代の欲求にこたえて

これを伝えるが、しかも
あらゆる知識の相対性を意識し続けていて
知的能力とともに
責任をもってあきらめる能力
あわせ持つならば、
人間の諸問題を全体的に眺めることが
できるひとたちがいる。』(エリクソン)


私の反応です。
<年寄りの知恵、ということだな。
全体的に眺めて
・欲求にこたえて、か、
押し付けたり出しゃばったりしないんだな、
しかも・自分の知っていることは絶対ではなく
他にもっといい考え、やり方があるかもしれない
心に余裕をもっている、ふむふむ。
若い時は、これしかない!と
すぐアタマに来てつっぱるからなあ>




◆次の世代への伝達について

『どのようなことを
生きがいにしてきたにせよ
すべては時とともに
その様相と意義が変わっていく
ものだ。
自分の後からくる世代によって
すべてがひきつがれ、乗り越えられ
変貌させられて行く。
その変貌の方向も必ずしも
「進歩」とは決まっていない。』



<毎週木曜日に、『子供らに寄せて』
テーマに書いている。でも
そうそう気張らなくてもいいってことだな、
なんかほっとしたな。>



『自分の一生の意味の判断は
人間よりも大きなものの手に委ねよう。
こういう広やかな気持ちになれば、
自分の過去を意味づけようとして、
やきもきすることも必要でなくなる。
若い人たちの人生に対して
参考になるものが自分にまだあるなら、
よろこんで提供するが、
彼らの自主性をなるべく尊重し、
自分は自分で、生命のある限り、
自分にできること、なすべきことを
新しい生き方の中でやって行こう、

という境地になるだろう。』



<ふむふむ。数日前
塾の同期のメンバーさんから
私の自己棚卸にコメントを頂いた。
❝もっと楽に、やろうとすることを
減らしてもいいのでは❞という
意味のことを言って頂いた、
あの棚卸はえらい気張っていたようだ。
書いているときは心から思っていたけれど。
その気張りも、
そこから抜けるためだったのかも。
ひとつぼおっと気を抜いてやる
という新境地に変わるかも・・・>

神谷先生のご本と
塾の同期メンバーさんからのコメントと
シンクロしていて
なんかほっとしております。
思うように進んでいない塾の課題が
進みそうな気がして来ました。

❝年季を活かすのだ❞とか
気張らなくていい気がしてきました。

ふむ、これこそ
年季のメリットかも。


トシと取らないと分からないこともあるし
トシを取ってもわからないこともあるんですよね。

今日はここまで、
来週も、神谷先生のご本を読みながら
思案します。

エイジングのメリットのひとつは
そうそう気張らんでヨイ
気張りすぎていたかな、と
気づけたことでした。