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毎週木曜日は、◆子どもらに寄せて ① 子どもたちに伝えたいこと ② 私の来し方・思い出の内 今日は ②で,度重なる引っ越しのたびに親切な隣人がいて下さったことを書きます。
☆ 今住んでいる借家のお隣は一人暮らしのお爺さんだった。何かと親切にして頂いた。クンシランの鉢を下さり、去年初めて花をつけた。うれしかった。葉は,教えて頂いたように光の当たる方向を一定にしなかったので開いてしまったけれど。今年は鉢替えかな。
今は息子さんご夫婦で春になるとチューリップの大きな花束を頂く。
同じ棟のお隣さんは、自転車を直してくれたりライトも自動的につくのに替えてくれた。お菓子やら花やらよく持ってきて下さる。
花友達のおばあちゃんもできた。My Little Gardenを愛でて下さり苗を何種類も分けて下さった。通りに面したガラス窓越しに 色とりどりの丹精込めた花の鉢が並んでいる。去年あたりからお外でお会いすることがなくなった。お花が元気だからおばあちゃんも元気だといいな。
美容院もあった。きさくに付き合わせて頂いた。お引越しなさって何年だろう。
ここも10年になって、あれこれ変化があったんだな、とふと思う。
☆ ここに引っ越すときはもう大変だった。息子がトラックをレンタルしてやってきたけれど時間制限があった。隣の借家のおばあさんが大車輪で手伝ってくれた。不用の本を何度も町内会の資源庫に運び、ガラスを磨いて下さった。助かりました。
☆ 大空団地から引っ越すときは、Mさんのお父さんとTさんに手伝ってもらった。今はあんな大きな引っ越しはとてもじゃないができません。
☆ 東京の駅国立、市国分寺に住んだときは、アパートが大家さんの敷地内にあって、となりに大家さんのやっている風呂屋があった。大家さんは大地主だったのだ。広い庭があってタイサンボクの木が大きな白い花をつけた。道路沿いにケヤキの大木が並んでいたのが私がいるうちに伐られて悲しかった。武蔵野の雑木林と花々が懐かしい。
☆ 忘れることのできない日向のおばさん。信州の清水平にいたときほんとうに親切にして頂いた。ギブアンドテイクなしだった。
下の息子が生まれた時手縫いで亀の子を縫って下さった。なんで捨ててしまったのだろう。
北海道に来るとき頂いた手作りの木目込み人形も。
亡くなるまで毎年、野沢菜漬け、干し柿、キビ餅、梅漬けを送って下さった。いつか松本に行ったときお参りをしなければならない。御恩返しが不十分だ。
日向のおばさんを思うとき、おばさんに頂いたお心に『生かされている』のだとしみじみとする。
目の前のことに気を取られて普段意識に登ることがほとんどないけれど、振り返る時間を持つとわが来し方が映画のようにも見えて、けっこうドラマチックではないかと感心して感謝より先に自分をねぎらったりするのである。

