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毎週金曜日は、◆望む未来を今つくるー政治は身近・気軽に政治
苦手、と言っていられなくなった政治のことあれこれです。
今日は先週に引き続き、鶴見俊輔さんのこの言葉について考えます。
『 私にとって大事なのは、you are wrongの宗派に対して同調しないことがひとつですね。それに対して私の立場は、基本的に、I am wrongなんです。』
★ 現政権のありさまは刻々と凄まじさを増す一方で、こんな空気の中で子どもたち孫たちが生きていかねばならないとしたら、と爺婆どもの嘆きと危機感はは半端なものではありません。この状況の中でつらつら考えてばかりいるのも如何なものかと思いつつも、NO!と声を実際に上げる人々がこの期に及んでもなおマイノリティなのはどういうことなのか?と頭がひとりでに動きます。
確かに私も心身を休めつつ (おかげさまでだいぶ回復、つぎは時間の捻出が必要) 次の手をひねり出そうと呻いてもいます。現政権の意識的無意識的な情報戦略、追随するマスメディアの退廃、公教育の破壊ががっつり功を奏してもいるでしょう。しかし、大阪では“都構想案”が住民投票で否決されました。現地には行かなかった、でもSNSからでも、どぶ板の必死な熱気は十分に伝わってきました。やればできるんだ!大阪の人々は、維新が悪いと天に向かって吠えるだけでなく地を這っての口コミ大作戦、背水の陣だったのです。
★ さて『私の立場は、基本的に、I am wrong』とはいったいどういうことなのか?私なりに考えてみました。
・相手のせいにしない
こちらの力が相手よりも不足しているから負けると認識している
相手を凌ぐチカラをつけるにはどうすればいいか、を考える
相手の土俵に立つのではない方法で。
・自分は間違っているかもしれない、知っていることよりも知らないことの方が圧倒的に多いと知っている。だから相手を劣っていると馬鹿にしない、言葉使いに相手の尊厳を尊重する
当然、排斥しない、分断しようとしない
常に未知を知って学ぼうという姿勢
・だからこれまでの常識を超えた発想、アイディア、融通性、感受性、センスを生み出す必要がある
・相手が死を迫ってくるときには、当然拒否を示す。尊厳、魂の死を含む。
★ NO!と声を上げる人々が、3.11以降でさえも~この期に及んで、なぜマイノリティなのか?
この国ではまだそのための場がつくられていないことがひとつの要因だと思います。
私達は殆ど、ざっと思いつくだけでも、以下のようなことを知り考え考えあう機会を持つことがなかったのです。
・私達はなぜ生きるのか
・私とは何か 他者とはなにか
・社会、世の中とは何か
・政治とはなにか 権力とは何か
・人権、個人の尊厳の尊重とはなにか
・マスメディア、SNSの情報選択をどのようにするか
・この国の歴史を知る
外国に対してやった悪いこと 外国の貢献したこと
国家権力と一般庶民との関係の歴史
・私達の誇りとは何か、国として、地域として、個人として対外的に誇ることが出来ることとは何か。必要ならばそれをどうつくるか
★ 自然療法では、病気にならないように身体をつくり、つまり健康のための場をつくっておいて、病気になったら対症療法、手当をします。
今この国は満身創痍、桶のタガが飛び散った状態です。対症療法を急ぐとともに、
哲学・倫理・社会・政治・歴史・コミュニケーションを、10歳の子どもが一回きいてびびっとわかる表現で話し合える学びあえるそんな機会をつくっていきましょう。
そんなのんきなことをやっている場合でない、と慌てないで腹を据えていきましょう、と自分にに言い聞かせています。
そのとき、鶴見さんの “I am wrong” は、ひとつのキーポイントになるに違いない、と思っています。
世界で最も穏やかにくらしているというデンマークの人々が共有している言葉を来週再掲しますね。
























