『どぶ板にありがとう!』

毎週金曜日は、🔷望む未来を今つくるー政治は身近・気軽に政治

苦手と言っていられなくなった、政治のことあれこれです。

今日は、『どぶ板にありがとう!』がテーマです。

☆おしどりマコさんが帯広でお話して下さったとき、

その内容とマコさんの気迫溢れる姿勢もさることながら、

一番、グッと来たのが、

パートナーのケンさんに、ステージのうえでも、いちいち、「ありがとう」をなさることでした。

こういう方なら信じられる、と心が満たされました。

☆ 今、この27日山本太郎さん帯広 をもりあげようと、

なかまたちといっしょに

ポスター貼り、チラシ配りなど情宣をしています。

☆ そのチラシ、それぞれ3バージョンも出現しています。

私も作りました。その原版がこちらです。

・ワープロー印刷ー推敲 を何回か重ね、

プロじゃないから、これでま、いっかと妥協して、

・太郎さんの写真入りのポスターを縮小コピーして

・はりあわせて、完成ということにして、

・公共の施設迄印刷に、ところが不具合が生じて

・別の公共施設に、

ところが、ここの印刷機は古くて太郎さんの写真がキレイに出ない。

・ここは決断力を発揮して、まいっかということにして、

1000枚分刷って、

・A 5に裁断したのは、ドラムにひっかかるので諦めて帰ってきました。

・次はA5版に裁断して、

アピール度がアップするように折って、ポストに入りやすいようにして、

チラシの出来上がりです。

・次は、なかまたちに呼びかけて、

時間をなるべく合わせて、

一軒一軒ポスティングしていきます。

・ 太郎さんの街宣の場所の駅の北側の住宅地に、です。

枚数は1000枚です。

一人でなら10時間、二人なら5時間・・・1時間で終了です。

呼びかけは明日にしましょう。

☆ 時間、金、人、支配の長い歴史、と圧倒的に見える力に、

最低限、潰され切ってしまわぬようにする、それも思いの点で同じ土俵に立たずに、

☆ それには、どぶ板を一枚一枚踏むことが基本のキのようです。

赤ちゃんを育てるときオムツを取りかえるようなものでしょうか?

☆ いつも思うのが、『ベトコン=南ベトナム民族解放戦線はアメリカ軍に勝った』という歴史の事実です。(そう単純な話ではないとしても)

☆ “どぶ板フェス”とか、どうでしょう?

わいわい手分けして、やったね!とハイタッチ!!

そして、なかまたちの手と足と頭と思いやりに

“ありがとう”しあって。

充実感で笑顔が広がりますよね。

日曜日までに読み上げたい。立憲主義と選挙での勝利の標榜だけでは、何が足りないのか?それが有効となるための「場づくり」をどうするか?

☆ 

『石代おばあさんのこと』

毎週木曜日は、🔷子供らに寄せて

今日は、ファミリー・ヒストリーのうち、『石代おばあさんのこと』を語りましょう。

☆ 石代おばあさんは、私達の母のお母さんです。

穏やかで丈夫な人でした。

酒田に住んでいたので、「酒田のばんつあ」と呼ばれていました。

☆ 鉄道の開通に伴い、ばんつあの夫、私達のじいちゃんは、運送会社の丸通の事務所を駅毎に開設して最上川を遡り、河口の酒田に住み着いたのです。

大石田に残して来たエツ子(私達のお母さん)を思って、大石田の方を向いて涙したものだ、と静かな声で当時を偲んでいました。

☆ 家族に八つ当たりしまくっていた二十歳前後、酒田のばんつあが来るとほっとしたものです。

小さい子どもが泣いていると、

小さい子を泣かせるんじゃない、と言って(酒田弁で)さっとおんぶしていました。

☆ ばんつあと歩いていて、ばんつあがこけそうになったとき、サポートしようとしなかったアホな自分を、今も苦く思い出します。

食堂でハヤシライスを頼んだら、肉を丁寧に除いていました。

しまった、と、なにやってんの、とが混ざって傍観していた自分が情けない。

二十歳前後のなまいき盛りでした。ばんつあ、ごめんなさい。

☆ はじめての記憶は、

竹で編んだ四角い籠を背負って行商に来たシーンです。

夫のおじいさんは丸通に勤めてけっこういい暮らしだったのが、

昭和20年 胃癌で50才で亡くなってしまいました。

一番上の娘(私達のお母さん)は結婚して子どもが5人いました。

母の下の小さな弟と妹を抱えて、

酒田で海産乾物を仕入れて、大石田まで売りに来ていたのです。

大石田の家の土間、竹の籠、ばんつあの前掛け、質素な着物・・・甦ります。

☆ 生まれは、芦沢で一度生家に寄ったことがあります。

緑深々の農村でした。

☆ 酒田のばんつあ と言えば、健康の代名詞で、80過ぎても出羽三山の階段をすたすた だったそうです。

ずっと元気で、最後の二年ほど、ボケが入ったそうですが、96才で亡くなりました。

そうそう、酒田の家に行くと、家に鍵をかけませんでした。

酒田の港にあがった、とれたての蟹を舟から直で買って来て、いいだけ食べさせてくれました。

ばんつあ、じいちゃん、お母さん、お父さん、てい子姉ちゃん、みんな穏やかにやってますように。

子どもの頃 家に植えてあった花を植えたくなりますね、還暦過ぎくらいから。

『日本語に不自由しています』

毎週水曜日のてテーマは、🔷読む・書く・話す です。

今日は、『私は日本語に不自由している』という話を聞いて下さいませ。

★ブログを毎日書いて わかったのは、

「じぶんは日本語に不自由している」ということです。

・まずは、『 』と「 」と(  )と“  ”と‘  ’の使い分けが どうも不確かで困っています。

・これではぶっきらぼうで自分中心で 読む人に共感してもらえるのかと、疑問がわくこと多々です。

・アップしてから、間違いがあると、しまった! と恥ずかしい思いでいっぱいになります。

・奇異な、ひとりよがりの表現は、避けよう。さらっと平明にしてシンプルな表現をこころがけようとしています。

・苦手分野では、単語そのものが出て来ない、日本語に不自由しているんです。

★ アップ→ワードに貼って印刷→ファイル→推敲 

このところ実行できてません、再開しなくちゃ。

この工程が完遂されてはじめて更新完了!と言う気になって

自己達成に大いなる満足感をゲットするわけです。

推敲作業は、快感です。

・一言でいいますと、勝手な自分だけの表現になっていないか、

伝わる表現になっているか、

が一番気になっております

★ 札幌の『作文教室ゆう』さまの藤本研一先生は、毎日、即お役立ちのノウハウをアップして下さいます。

いちいちうなずくことばかりで、大変にありがたく感謝しております。

文の書き方にもシステムがあるんですね!

★ 今日は、売り切れないうちにとコンビニ迄走りました。

この2冊です。

微に入り細にわたって詳述して下さってます。

「ことの成否は微調整にあり」ですものね。

文が恣意的になっていないか、この本でチェックして、書こうとしております。

★もう一冊は、今日のおまけです。

“わ、シンクロ!”と飛び付いて買いました。

コンビニって、けっこうお役立ち本、ありますよね。

これからチェックして来週報告予定です。

↓ この部分強調しましてもう一度アップします。

『来し方を振り返って自分史を書こう』

毎週火曜日は、🔷自分史をつくろうー今、未来に向かって

このブログのメイン・テーマです。

今日は、『来し方を振り返って自分史を書こう』です。

自分の過去を記録する時のことについて、です。

★ “自分史講座って、自分の過去を書くんでしょう?”

と思うのが普通ですよね。

ところが、私の講座では、

1 今に集中する

2 未来をイメージして航海地図をつくる

3 航海する時の心構えをセットする

4 過去を記録する

5 子供たち、孫たち、未来の次世代に伝えたいことを書く

の5つが、主な項目なのです。

★ では、今日は、過去を振り返るときの項目を挙げてみますね。

・時系列に、学歴、職歴、住んだ場所

・主な出来事 大きな出来事

・ラッキーだったこと

・大切な人々との出会い

・得意なこと、大好きなことについて

・辛かったこと        

無理はしないで、言葉にならないことは胸の中にそのままにしておきましょう。

このことがあってかえってよかった、と思えるなら、

その学びを書いておきましょう。

今日思いつくのは、こんなところです。

★体裁は全く自由です。

メモ、絵に言葉をそえる、アルバムにする、

もちろん縷々綴るのもありです。

心のおもむくままに、すこしづつ

ひとりひとりのスタイルで

自分史を眺めて、

外に出して表現して見ませんか?

自分の人生が、少なくとも2倍にはなることを保証します。

今、毎朝見とれているルッコラの花です。小さな花をうまく撮れるようになりたいです。

“箱棚と本棚が欲しい!!”

毎週月曜日は、🔷小さなビジネスを始める に当たってのあれこれです。

その小さなビジネスとは、

『しうこバーバの自分史講座』というものです。

ブログを始めて、毎日更新して今日は133日目、

日に日につのる、

“箱棚欲しい!

↑こんな感じのです。

資料と紙の山をスッキリファイルして、即座に取り出せる!!ようにします。

次は“本棚欲しい!!”

ここに引っ越して9年目、段ボールに入った本が殆んどそのままになっています。

それをもう一度整理して分類して並べて、必要なときには、サッと取り出す、快感!です。

ブログを書き始めてこのニーズが高まっているんです。

ここに引っ越したのは、3.11の直後で、パニック状態で、

荷物多すぎたのもあるけど、捨てなくていいもの迄、くりりん(ゴミセンター)に持っていってしまいました。

↑これも捨てなければよかった。

再び資料に埋もれる日が来るとは想像出来ませんでした。

環境問題も、我が財布の事情もあり、新品は無理なんです。

・このブログを見ている 十勝の方で、お心当たりのある方 いらっしゃいましたら、

Facebok のShiuko Araki のメッセンジャー迄 ご一報頂けませんか?

くりりん(ゴミセンター)に持って行くなら、こちらまでどうか。

高価では買えませんけど、私の手作りのお昼ご飯でもいかがでしょう?

・リサイクルストアもできるだけみてみる

・事務所用品専門のリサイクルストアもあったはず

一時帯広界隈のリサイクルストアを毎週まわって集めたもので暮らしています。

・パート先の壁に、求む!! のポスターを晴らせてもらおうかな

求めよ、さらば与えられん

なんか書いているうちに

TAKE IT EASYな気になってきました。

お心当たりのある方、

HELP ME !

よろしくお願いしま~す。

ヘブンリーブルー、今朝は30でした。毎朝の喜びです。

“ゼッタイに摂るもんか、だった補助食品のことその②”

毎週日曜日は、🔷素敵にエイジング

今日は、『補助食品のことーその②』です。

“ゼッタイに摂るもんか、

アヤシイ、イカガワシイ、エクスペンシヴ”

・・・だった私が、補助食品を摂り始めてかれこれ25年になります。

始めは義理で

→一週間で鬱の症状が消えた❗

→貪るように資料を読んだ

→札幌の山本博士に出会い、月1~2、8年以上、札幌迄通った

山本博士は、総合栄養療法holistic nutrition の隠れ権威でいらしたのです。

(山本博士のことは、一回特集しますね。『子供らに寄せて』で)

では、今日は、ベース・サプリメントのチェック・ポイントをどうぞ。

ベース・サプリメントは、60兆の細胞をより完全につくるための サプリメントです。

では、

① 人体にとって、ふだんの食生活では不足する 必要成分が可能な限り網羅されていますか?

② 配合されている成分が、相関的に働き、相乗効果が出るような量・成分構成になっていますか?

③ 成分のひとつひとつが、自然なもので、かつ良質ですか?

(地球環境の汚染は侮ることが出来ないレベルになっています)

④ 各成分が、人体に最も吸収されやすい形態になっていますか?

例えば、ミネラルは、自然なままでは、吸収率は10%前後に過ぎません。

➄ 常に成分の内容・量がチェックされ、最新の研究成果にあわせて改良されていますか?

⑥ 成分配合量が、普通の健康人の必要最小限の量に配慮されていますか?摂取する多くの人々が 摂取量を問題にせず摂取できますか?

はい、といったところです。

いかがでしょう?

もうひとつ、キモ があります。

『その人が一番いいと思っているのが、その人にとって一番いいのですよ』

これも山本にに教えて頂いたことです。とても大切に思っています。

↓ この本も参考にしています。

ライフスタイル、心構えも含めて わかりやすくてためになります。

“豊富な収穫あり”

🔶土曜の朝は ホリデー気分

毎週土曜日の朝は、“weekend sunshine ”と“世界の快適音楽セレクション”を聞きながら、

気分だけでもまったり過ごすことにしています。

かかっているだけでも安心なのです。

今週は豊富な収穫が、収穫といってはいけませんね、頂き物です。

その①がこちら。

お願いしていたトマトに、こんなに沢山のオマケがついていました。

翌朝ウキウキ目が覚めて、・・・できました。

ニンジンの葉っぱの切り味噌、大根葉はキムチに、山東菜と油揚、ほうれん草は生姜醤油で。

皮が薄くて甘いミニトマト、すぐ食べてしまいました。

どうもご馳走さまございます。

その②は、ヤマメ だそうです。

大きいのは二年ものなんですって。

十勝の川で釣り立て‼️です。

翌朝ワクワク目が覚めて、新鮮度落ちるなよ、と祈りつつ油を買いに走り、できました、

教えてもらって唐揚げにしました。骨も頭も全然気になりません。もりもり 箸が止まりません。

本当にご馳走様でございます。また是非よろしくお願いします。

マドレーヌの型を買いました。あるはずなのにみつからず? ニンジンケーキを焼くつもりです。

朝イチでヘブンリーブルーの数を数えています。色が冴えて濃くなってきました。

新ニンニクが手に入ったら バジルソースを作ります 

今目を見はって読んでます。明日の日曜日に集中して一読終了せんとす。

こちらは、来週の土曜日にまつってハンカチに。この27日山本太郎さん帯広 でれいわピンクのリサーチしてきました。

“60~65才以上ではできないことがある”

毎週金曜日は、🔶政治は身近・気軽に政治

苦手 と言っていられなくなった 政治のことあれこれです。

今日は、“60~65才以上ではできないことがある” ということについてです。

★香港では、『中国に引き渡されるのは人権侵害だ』と、香港人の四人に一人がデモに参加。

少なからぬ犠牲を出して、ついにその法案をひとまず撤回させた。

この運動の中心となったのは、若者たちで、支えるために中高年もデモをした。

★ひるがえって この国では

若い人たち、どうなんだろうか?

★60年安保、ベトナム戦争反対運動、学園闘争、70年安保闘争にしっかり学び

この国の権力者たちは、

平和教育、人権教育を、粛々と潰してきた。

★それで、今の若者たちの殆んどが、憲法9条を知らず、基本的人権なんて聞いたこともなく、

同調圧力と忖度 が普通であり空気らしい。

★私も大きなことは言えない。あかん、これでは!と身にしみて思い出したのは、つい最近のことに過ぎない。

★毎週チラシを配るとき、若いひとの全国共通科白は、“いいです、大丈夫です”

要らぬおせっかいは迷惑よ、ということか?

中高年ははるかに受け取ってくれる人が多い。

★“出がらし内閣”は、戦争する国に変えるべくその総仕上げとして 壊憲に本気、支持率は50%を越えるらしい。

★私達戦後民主主義の空気を吸って育った世代は、危機感ヒシヒシ、本気でもがいている。

★★子供たち、孫達は大丈夫か!!

太平洋戦争前の空気のなかで生きていかなければならないなんて!

苦手だな、自分の場じゃないと思うのに、からだの方で動いてしまう。

★これまでやってきたのと、なにか別のやりかた、表現がほしい!必要だな、でもできない!

以上 長々と前置きでした。で、

★何か別のやりかた、表現はないものか、とアンテナを立ててます。

◎ 選挙を冷静に分析している はるさん。20代。

◎ 民主教育の資料集めを始めた座間宮さん  40代?

◎ 『平成精神史』の片山さん 50代

◎ 『未来への大分岐』編者の斎藤さん、1987生

◎ 『檻のなかのライオン』の はんどうさん(11月再び帯広に)

◎ “選挙は投票だ”の藤原さん(10月再び帯広に)

◎ ママの会を始めた西郷南海子さん

◎ レイプを公表し裁判に訴えている伊藤詩織さん

◎ 明るく楽しいポスター の数々

◎ これならすぐわかる! 漫画、風刺絵、動画 の数々

★そして、れいわ新選組と山本太郎さん 40代

今月の北海道ツアーで帯広にも来るので、なかまたちで手分けして迎えてアシストする態勢をつくっているところです。

◎ ドレスコードは、ピンクにして演出、盛り上げましょうよ! お母さん 40代

トシヨリは、黒子宣言、

若い人たちがどんなふうに盛り上げてくれるんだろうか、と楽しみにしながら、

なんかあったら、サポートの心積もりは万全です。

この列島の起死回生に向けて、

あくまで希望にフォーカス!です。

小間物屋さんで れいわピンク リサーチ

『9月15日は金平様のお祭りの日』

毎週木曜日は、🔷子供らに寄せて

今日は、金平様のお祭りとのことを話しますね。

毎年9月15日は、金平様のお祭りの日だった。旧暦ではなかったと思う。

金平様は、金平神社のこと、金比羅と書くけれど、生まれ故郷ではこう書いていた。

山形の内陸部、大石田町川端22軒の神社は金平様だった。

川端の川はもちろん最上川で、川端は、酒田からの水運の船着き場だったのだ。

金平様は水運の神様なのである。

私が生まれるずっと前に、水運は鉄道に変わった。

祖父は運送会社の丸通に勤めていて、鉄道とともに駅ごとに営業所を開設して、最上川の河口の酒田に住み着いた。

祭りは川端部落打って一丸となって遂行された。

大工の父の弟子の健三郎さんも部落の若いものといっしょに御輿を担いだ。てきやの店も並んだ。

なんか自分の部落のお祭り、はではでしいことが子供心に気恥ずかしかった。

土俵も造られ男の子は相撲大会に出場して賞品をもらった。

町中をまわって“花”を集める役は上級生だったのだろうか?

私はやった覚えがない。

祭りの部落の子は早退けだったような気もするけれど、はっきり覚えていない。

親戚が来ていたと思うけれど記憶がない。

夜は桟敷がかけられ出し物が上演された。

出し物は、旅の一座から民謡グループに、そして二番煎じの映画にと変遷していった。

そして高度経済成長政策が本格化する1960年、一学期を終えて夏休みの後に荒木一家は県庁所在地に引っ越した。

母は山形に引っ越してからも、9月15日には大石田の川端に出かけた。

『お母さん、引っ越したかったんだろうか?』

この冬山形で姉弟が集まったときそんな話になった。

生まれ育った川端、婿取りの母の胸の内を、今頃になって思いやる。

金平様は川端部落の中心で、寄り合い、

毎月の婦人部のお祈り(なんと言うのだったかな?)と無尽(母の代理で出でて当たったことがある)、

子供のための行事、浪曲に合わせた幻燈会もあった。

子供たちは境内で遊んだ。鬼ごっこ、縄跳び、陣取り、マリつき、かくれんぼ、ままごと・・

12月の御齋火、おさいと、火祭りは境内のすぐ下で、生の松の木もくべられた。この木の匂い、強くしかも清々しい、が甦る。

伝統の地生えの祭り、体験してほしいな。

金平様に寄って応援をお願いしました。信州の清水平から北海道に来る途中。1985秋。

『書いてこそ終わる』

毎週水曜日は、🔷読む・書く・話す

今日は、『書いてこそ終わる』です。

★今、所属ミニ団体の郵便振替口座を取る作業をしています。

これが、大変!

審査を通るには、活動が実在していることを示す記録が必要で、

それを揃えなければなりません。

規約、活動記録、議事録の証明、役員の証明です。

うわ、めんどう!と一瞬 定番の反応をしてしまいました。

待てよ、議事録は取ってあるし、

規約もあるし、

所在地の証明は、規約に付け加えればいいのか?

活動記録、作っておいてよかった、最新分を付け足せばよい。

★これは、めんどう、というよりも、

当然やっておくべきことで、

不備の点を整備して、完全なものにするためのチャンス としよう。

社会的に認められるには欠かせないことであるし、

何よりも こちらの自信になる。

★『ハッキリと認識することが大事である。

何となく では弱い』

このこと、師に終わって いつも心しているんです。

自分のの言葉で相手に伝わる迄の作業をすること。

★この活動記録を、溜めてしまって、過去を遡って作ったとき、

スレッドをスクロールし、資料を時系列で整理して・・・

やっているうちに、なんと感動に変わって行きました。

“こんなに頑張ってやって来たんだ!!

すごいじゃない!!”

★やりっ放しで流していると、

ついついやってないことのほうに目がいってしまって、

自分で自分のパワーをダウンさせていたりしがちなんですよね。

★そうなんです、

・書くことで、自分のやったことが ハッキリと形をもつことになります。

・後で読み返すと、自分に勇気とやる気をプレゼントしてくれます。

★書くことで、2~3倍生きることになりますね。

日記、育児日記、大きな出来事、身のまわりの小さな出来事などなど

記録のノートを貯めていきましょう。

今日は 『書いてこそ終わる』でした。

ブルーウェーブを鉢替えしました。安心してぐいぐい伸びてくれるででしょう。