『私たちが失ったものと今新たにつくり出しつつあるもの~「貝原浩 風下の村原画展」を見て』

724/10000 2021 04 30
毎週金曜日は、◆望む未来を今つくるー政治は身近・気軽に政治
苦手、と言っていられなくなった政治のことあれこれです。
今日は、『貝原浩 風下の村原画展』@鹿追 福原美術館 を見ての感想です。

チェルノブイリ原発事故から35年、3.11 福島原発のメルトダウンから10年経つ。

貝原さんがベラルーシの立ち入り禁止地域を訪れたのは1992年、
❝サマショーロ❞(いうことをきかないわがままな人)と呼ばれる人たちが、
生まれ故郷を離れたくないと、畑を耕し、森でイチゴやキノコを摘み、楽器を鳴らして歌い踊り、結婚式をあげて暮らしていた。
貝原さんの圧倒的な表現力が迫ってくる。
その大地と共にある暮らしは、実に生命力にあふれていて、生まれ故郷を離れたくないというその身体からの声が聞こえてくる。



私達は、『チェルノブイリへのかけ橋・十勝』という団体を立ち上げてベラルーシから子どもたちを呼んで保養してもらった。そのときはまだ日本で同じことが起こるとは、可能性は頭では知っていた、でも実感はなかった。
3.11の後 福島の子どもたちの保養をほんの少し手伝った。福島では外の砂場で、林で遊べない、保養に行くと言えない、などなど胸がぎゅっと縮む。



この展覧会の実行委員の方が2017年に訪れたときにはもはや殆ど住む人はいなかったそうだ。生命力と喜びにあふれた大地とともにある暮らしには、国家権力による統制と管理とは別の次元の、地生えの秩序がある。それが根こそぎ放射能にとってかわられてしまったのだ。

放射能は生命に直接打撃を与える。
高度経済成長政策以来の経済、お金最優先の殺伐とした世の中は、いまや新自由主義とコロナ対策の不足によって殺伐度をアップしている。
根っこは同じものだ。



でも私たちはあきらめていない。諦めることができない。
サマショーロが村に帰ってきたように。


友人知人たちが心のこもった食べ物をつくってくれていて
おかげさまで化学農薬や除草剤を使わない野菜やコメのルートもあるし、
助け合う子育てのグループもできている。
手作りのナチュラルな衣服、装飾品の小さなお店もある。
小さな文化イベントを次々と繰り出すスペースもある。
そう、いのちと暮らしをいとおしみ大切にする小さなコミュニティが
自然発生的にいくつもできている。

そして、大地と海と人々とつながろうとしている。
ベラルーシのサマショーロともつながっている気がする。


貝原浩さんの大作に釘付けになって胸に去来した
私達が失ったもの、私たちが今新たにつくり出しつつあるものについてのメモ書きでした。


子どもたちは、希望そのものですよね。


『鯉のぼりの思い出』

723/10000 2021 04 29
毎週木曜日は、◆子どもらに寄せ手 ① 子どもたちに伝えたいこと ② 私の来し方
のうち、今日は②で、
鯉のぼりの思い出です。



 今年も鯉のぼりを出して玄関に掲げた。
遅くならないうちに、月暦もあるけれど5月5日には やはり出しておかないと落ち着かない。100円ショップで買った二本、だいぶ色がはげてきた。
掲げてふたりの息子の無病息災を祈りお願いする。


この年になると思い出すのは、13歳の夏まで 生まれ育った山形の大石田のことばかりだ。
五月節句が近づくと、出稼ぎ先から父と兄たちが帰ってきて鯉のぼりを立てる。棹は、杉の木の一本丸太だった。上の細い方は しなる。てっぺんに杉の葉を飾る。向かいの最上川の岸の林から取ってきたものだ。

 兄二人は昭和7年と9年の生まれだから 色は少し褪せていたけれど、風格となっていた。
吹き流しはなかったけれど、母が建前のお飾り(父は棟梁だった)の五色の旗を縫い合わせて作った。色鮮やかで鯉のぼりの風格とちょっと不釣り合いではあった。でもわが家にも吹き流しがあるんだ、とうれしかった。

 夕方には鯉のぼりを降ろして朝にまた上げる。

 五月節句が過ぎると、棹を片付けねばならないのだけれど、母はできないので男手が帰ってくるまで待つことになり、杉の葉は赤くなった。いつまでも片付けなくて、と父がぶつぶつ言ってたような気がする。軒下にソガキ(冬に雪から家を守るために家を板で囲って保護する。添垣か?)の板と一緒にしまっておく。

 県庁所在地に引っ越すとき、この杉の木の棹は、なかなか手に入らないからとトラックに積んで山形まで持ってきた。しかし、一回も立つことはなく小さな借家の前の作業所に積んであったのがいつか折れてしまった。

 軒先に、ヨモギと菖蒲をさして、頭には菖蒲を巻き、風呂は菖蒲風呂、
 全部やらなくなったような気がする。菖蒲風呂はやっただろうか?ヨモギと菖蒲を挿す茅葺屋根もない、トタン屋根に挿しただろうか?
 母はなんと感じていたのだろうか?胸の内で言葉になっていたのだろうか?
笹巻つくりも、どうだろう、お母さん山形で作ってくれたかな?生意気盛りだった私の記憶は朧だ。つくっていた気もする、引っ越してすぐに全部やめたのではなかった気がする。私が家を出てから帰ると、しう子が食べたいからと、笹巻をつくってくれた(涙)。もち米を笹に入れて煮てつくる笹巻のスゲでの結び方、一度では覚えられずそのままになっている。

 1日の土曜日に(5月4日に書いています)鹿追迄行ったとき、風が強くて鯉のぼりが絵のように風に泳いでそれは見事だった。でも2軒か3軒くらいで、ほんとに少ない。
 そう 60年前は男の子のいる家にはどこも鯉のぼりが立ったものだった。

 私たちが失ったものを思い、どうしても伝えたいことがある。新にアップデートした形で年中行事を復活させたいという願いが 食養に出会ったころからいつも胸の中にあった。

 100円ショップの鯉のぼりを,手の届く限り高く掲げて、生まれ育った家で天高く泳ぐ鯉のぼりを偲ぶ。子どもたち健やかなれの願いは変わることはないにしても。

  

『話を聴く』

722/10000 2021 04 28
毎週水曜日は、◆読む・書く・話す コミュニケーション全般を含みます。
今日は、相手のお話を聴くときに気をつけていることのメモです。

 前と比べたらだいぶよくなったかなとは思います、
人さまのお話の聴き方です。聴けるようになってきました。
いつのまにか心がけろようになっていることがあります。

1  原則、聞き役にまわる  省エネを心がける
  相手に集中して聴く

2 『YES, BUT 法』で、まず相手を受け入れる
意見、感じ方が違うときは、受け入れてから。
   ガーっと自分の意見をわめきたてるのは、エネルギーの無駄である。
  身内だとついつい、ね。

3  相手が共感してほしいことを感じとるように心がける。
これはとても大事ですね。
  『あなたはこのことを知っているか』とは聞いていないのに
  知識で来られるとサムイ。

4  人格を否定して尊厳を傷つけるのは厳禁である。
  これは話し方ですね。
  これをやられると心の傷はなかなか癒えないものです。
  それでここに入れておきます。
私達、そもそもまちがうものですからね。



話を聴く。

聞き役にまわり、まず相手を受け入れて、共感を示して、人格を傷つけない、
この4つ、心しておくだけでも、だいぶラクじゃないかな、と思います。
あと、どうしてもダメな人からは逃げることも大切ですよね、そうもいかないことも多々あるのですけどね。


  

翔陽中学校のグランド脇のシダレヤナギのキミドリの滝です。

『❝分身手帳❞って何?~❝分身手帳❞その②』

721/10000 2021 04 27
毎週火曜日は、
『❝私だけの一冊をつくろう!❞~しうこばーばの自分史講座』
このブログのメイン・テーマです。

今日は、先週からの続きです。
『しうこばーばの自分史講座』のサブ・メニュー、
❝分身手帳❞ の中身を編集していきましょう。


その前に,❝分身手帳❞ とは何でしょう?
はい、❝分身手帳❞とは、もう一人の自分自身なのです。

この手帳をつくりながら
❝いったい私って誰なの?何者なの?❞と探っていきましょう。

自分自身を建物としたら、その全体図、設計図になります。

自分自身を 樹木だとしたら、❝分身手帳❞をつくることで
真ん中の幹ができていきます。

自分自身の心を庭だとしたら
庭をデザインして、花々、木々を育てていきましょう。
そう、❝心のガーデニング❞ でもあるのです。


難しく考えることはありません。
これまでと今、持っているものから出発しましょう。
この手帳をつくることで なにげにやっていた数々のことが
意味を帯びて、輝いてくるかもしれません。



まず、ノートを準備しましょう。
ルーズリーフ式のですと、
差し替えが自由ですから 編集がしやすいと思います。
もちろん、パソコンでもOK、
フォルダーをつくって 編集していくほうが、やりやすいかもしれませんね。
はじめは、裏白紙、チラシの裏でも十分ですね。



私が先週掲げた項目をたたき台にして、自由に編集しましょう。
必要な項目を加えたり、不要なものは除いたり、順序を変えたり、
心に耳傾けて組み立てていきましょう。
書いた中身もどんどんリニューアルしていきましょう。

項目の1,私の使命 生きる理由
これはちょっと言葉になるまで時間がかかるかもしれません。
4のほしいものリスト、あたりから始めましょうか?

❝分身手帳❞ は、もうひとりの自分自身、
ノートを準備して、
自分自身に耳傾けながら
コツコツ編集していきましょう。

きっと自身の中から湧いてくるものがある
きっと新しい発見がある
今いるこの場所で。

❝分身手帳❞ を手に
withコロナとその後の時代を
幹を太く根を深く張って
心静かに乗り切っていきましょう。

推定樹齢11年のポプラの木の樹皮です。ハグするとあたたかいです。






『夜は九時に寝る』

720/10000 2021 04 26

 毎週月曜日は ,◆小さなビジネスを始める にあたってのあれこれです。
私の小さなビジネスは、『❝私だけの一冊をつくろう!❞~しうこばーばの自分史講座』
私は、この講座の講師とファシリテイターをつとめます。

 26日の分を今日5月1日に書いています。おかげさまでだいぶ復調しましてヤル気も少しづつ出てきました。でもペースは再設定、です。ITネイティブの若い方々のようにバリバリやろうとしても、それこそ❝年寄りの冷や水❞ ですもんね。あわてない、あわてない。
ペースの再設定、
 キモはひとつにしぼって、❝夜9時就寝❞です。


★ 夜9時就寝→朝5時起きる 
朝日を浴びて、スロー・ジョギングとストレッチを一日おきに。
  太極拳(最初の三つだけです)と瞑想を欠かさない
 
 7時ころ~11時 『しうこばーばの自分史講座』の仕事

・ブログUP 明日の分の下書き
 ・内容編集 情宣ーSNS ペーパー 事業設計 ミーティング準備

 ・『しうこばーばの自分史講座』本番 週2回

午前中に最優先の課題をやってしまう


期日を決めて、三日前~前日までにおわす、これに近づけていく

☆ 昼休み

★ 1時前~3時前 事務仕事 スケジューリング パソコン覚える 資料整理 連絡

☆ 3時過ぎ~4時半ころ  
  片付け(引っ越し準備を兼ねてシンプルに整理し直す 冬前までに)
  繕い、編み物 My Little Garden 台所大事

☆ 5時ころ~ 夕飯 フリー・タイム


☆ 6時半ころ~ ダイアリー・タイム  本

★ 9時就寝


★ 6時ころからNO PC ,NOスマホ
★ 日曜日、または週一は休み 編み物 本 スロー・ジョギングなど
      ブログ以外はPC・スマホ断食


以上を原則にして必要に応じて調整する
時間内に一点集中する
休み時間と学ぶ時間を最優先する
呼吸を整える



 おかげさまで復調中です。
ペースを再設定しまして休み時間を心おきなく取って、
九時には寝る、と決まってきました。




木々の新芽が美しい。この春はよく歩いているので目につくんですね。


『息吹を頂く~今日はホリデー』

719/10000 2021 04 25
休みが土曜日から日曜日に変わりました。

春を待ち焦がれた日々も彼方へ。
タンポポに始まり、ツクシ、ヨモギ、と来て、
今、ギョウジャニンニク、今年は何本食べようか、と悩ましいことです。

手前はヨモギの天ぷら、上の手前はツクシの煮つけです。ツクシは小瓶で酢漬けにもしました。6朝のスロー・ジョギングとウオーキングの途中で摘んできます。
長さ1M,つましいギョウジャニンニク畑。種から育てると7年かかるそうです。春の山菜でもパワーはダントツだと思う。去年の醤油漬けがようやく終わりました。

さて、和子さんとこへ髪を切りに行ってリフレッシュ、なんでも手作りの和子さんからの頂きものです。

注目は左上、吐噶喇列島のタケノコのメンマ風です。なんともうまい!ご馳走様です。
こちらは、リンゴジャム入りのケーキです。ほど良い甘さでホームメードな美味しさ、しあわせです。

今週の最後は、朝日に輝くポプラの木です。朝 おはようございますと挨拶してハグします。
日が長くなって 朝日とともにいたくて外に出ます。朝日を浴びると幸せ脳内ホルモンがでるんですって。早起きだと一日が2日に感じられます。そうそう、三文の徳っていいますよね。

『ゆるゆるいこう』

718/10000 2021 04 24
毎週土曜日は、◆ステキにエイジング
今日は、『❝ゆるゆる❞ にスタンス変更のお知らせ』です。

先週の土曜日の分を金曜日に書いています、ゆるいなあ。
生まれて初めてまったりしている自身がおります。

となりますと、まわりも俄然ゆるいモードに変わってきました。

☆『2日~5日まではいつでもOKなので 豊頃駅まで来てくれるのなら迎えに行きます。せっかくなので しう子が行ってみたいところとかあるのなら 帰りはドライブして帯広方面なり 最寄りのJRの駅なりまで 一緒にと思ってますが。今スグ日程決めなくても 天気とか様子見ながら前日でも当日でもいいですので。

これは、豊頃の友達からのメールでの返事です。連休に豊頃のハルニレの木の建物で白濱さん夫婦が展覧会をやるので、それなら豊頃在住の友達に頼もうと連絡したのでした。
なんかほっこりしましたわ。

鍼灸師の森泰文さんが 『グリーンパークでジュガ(身体がリラックスして柔軟になる動き、のようです。やってみたい) やります』、とFACEBOOKに告知しました。→コメント欄に 「何時からですか?」→森さん「書いてなかった。11時からです」
なんかいい感じ、ほっこりしました。こっちのほうが身体にそってるんでないかい。


☆ちょっと面倒なことがおきて専門家に相談に行くことになりました。一緒に行ってくれる方と連絡しあいました。『ゆるゆるでいきましょう』
ちょっと体調不調でトラブルを抱えた私を気遣って下さいました。誰かと一緒に行くのもはじめてです。



★ うふふ、こんな感じでゆるゆるいこう。すぐテンパって頑張らネバと顔が引きつるのも十二分にやったし、よく頑張ってきたね、と自分ををねぎらっています。
これから世界はどんな相を見せてくれるのだろうか?ぼちぼちゆるゆると参りましょう。

ヤナギの木と、コブシ、サクラです。@トテッポ通り


『広島再選挙も勝利!~電話かけしました』

716/10000 2021 04 23
毎週金曜日は、◆望む未来を今つくる~政治は身近・気軽に政治
苦手、と言っていられなくなった政治のことあれこれです。


 
広島再選挙の最終日24日、でんわ勝手連のデンカツに参戦しました。
(23日分を29日に書いています。おかげさまで体調復調中です)
宮口はるこさん当確!と出たときには、やったー感満タンでした。



★ 私がかけることができたのは 55本、85分くらい、宮口はるこ候補支持4、他候補支持約8,留守番電話にメッセージ11本でした。デンカツの電話の統計でも他候補優勢です。
本数それほど多くないし まだまだわからないと思って寝ました。


日曜日25日に投票+開票、北海道2区、長野は予想通り勝利、
大激戦の広島も勝利!でした。
気の弱い私は開票速報など見ることはありません、この日も、宮口さん当確出ました の報に色めき立ち、NHKの速報をしばらくじっと見ていました。
55本だけですけれど、直接かかわっていると生身に感じるのものが違いますね。



★ デンカツ参戦を決めたのは、スレッドを見ながら、デンカツ・メンバーの本気さに打たれたからです。

まずスレッドを見て雰囲気と空気をつかみ、FACEBOOKとTWITTERで宮口はるこ候補情報をゲットして、デンカツマニュアルを見て、電話をかけ始めます。

このスレッドがとってもVIVIDなのです!
電話かけの結果報告(デンカツ本部一手お引き受けの 佐賀のよーちさんがデータを即集計してくれます)、作戦、その微調整、情勢と情報の交換と、これが実にきめ細かいのです。
立憲民主党さんとの橋渡し役の方からは、本部からの感謝、ねぎらい、当選後の宮口議員の動きと 丁寧にメッセージが寄せられます。この真摯さ、キモですよね。よし、頑張ろう、という気になります。
というわけで 私はスレッド頼みで参加しています。


★ 今回感じたことの一つが、人数は多いほど良いけれど、小人数でも大きな意味がある、ということです。
この5年以上、SNSを通じて全国に、本気ネットワークの網の目が張られるようになりつつあります。
今は小人数だけれどこれからまだまだわかりません。

 25日の選挙の三戦全勝で、参議院では改憲勢力が3分の2を割りました。まだまだ予断を許さない状況が続きます。



うれしかった、広島再選挙、宮口はるこさん勝利!
わずか55本の電話かけでも、すこしでも直接かかわっていると
身に湧き上がるものが違いますね。
結局どぶ板、実感です。



でんわ勝手連はこちらです。

https://www.facebook.com/groups/254657482997021

全国どこからでも応援できます!
すき間時間で気軽に
マニュアル完備
 システム完備
3本でもOK!
  参加すれば湧く実感 ❞


わからないことはFACEBOOKのShiuko Arakiのメッセンジャー迄どうぞ。

カエデの新芽です。


『父ちゃんは騒ぐことがなかった』

716/10000 2021 04 22
毎週木曜日は、◆子どもらに寄せて ① 子どもたちに伝えたいこと ② 私の来し方・思い出の内 今日は ②で
息子たちの父ちゃんが❝騒がなかった❞ことについてメモします。


★ 『お前はすぐコーフンする』とよく(回数は多くないけれどウエイトとしての記憶で)
あきれていたものだ。まったくだ。

 政治状況がどうであれ、反原発運動が盛り上がろうが、それで興奮することはなかった。
 辛い誤解、曲解にあっても 少なくとも一時は落ち込んだであろう胸の内ををそのまま出すこともなかった。そんなときは黙って何も言わなかった。説明するのは時間の無駄だったのだ。いきり立ってヒステリックになることはなかった。


 
★ 興奮するのは、素晴らしい野生とともにいるときで、同類の素敵ななかまたちといるときは安らいでいたと思う。
 もちろん100%すばらしい人などでは全然なくて、ハチャメチャでもあった。まあ、ナナオだからしょうがない。カリスマとかグルとか持ち上げられることを嫌い避けていた。



★ 3.11の後、第二次安倍政権~菅政権と続き、特定秘密保護法、安保法制、共謀罪法が強硬採決で成立したことになり、今はオリンピック、コロナで騒々しい。
 ナナオが今この世にいたらなんというだろうか?友達とよくこの話になる。ナナオ、先に天国に行ってよかったわ、とその友達は付け加える。
 外国から帰ってくると、『日本では地球環境への危機感がないねえ。障害のある人が街に少ないねえ』とびっくりしていたものだ。ここまで堕ちることも想定外ではなかったと思う。政治には何も期待していなかったし。



★ 小さいとき身体が弱かったこと~生家の紺屋の倒産~そして成長期はずっと15年戦争の時代だったことに 遅ればせながらハタと思い当たる。
 「戦争に反対なんてできるものじゃなかった」
 あの澄んだ目で何を見て何を感じて、その身を処するようになったのだろうか?生まれつきのキャラクター、天からのギフトはあったにせよ。それにまだ 江戸と明治のよき気風と人間律が薩摩藩では残っていたのかもしれない。


★ 毎日毎日これでもかこれでもかと今の政府の出してくる政策はすさまじい。
 たじろぐことなく、感情的に騒ぐことなく、乗せられて興奮することなく、
 冷徹でありたい、とすぐコーフンする私は、プレインなヘッドをたたくのである。



★ 今更ながら、ナナオの時代と今現在を重ねながら、
騒ぐことのなかった父ちゃんが見てきたものは何だったのか?とつらつら思われる今日この頃である。

冷たい北西の風に洗われる空に、雲には夏の気配が感じられます。

『記録すると』

715/10000 2021 04 21
毎週水曜日は、◆読む・書く・話す
コミュニケーション全般を含みます。
今日は『記録すると元気が出てくる』がテーマです。


なんと2週間も抜けてしまいました。
『自己達成煉瓦積表』がです。
これは毎日出来たことを項目ごとに記録していくものです。
統計ノートを使っています。
『5年日誌』も10日以上抜けてしまいました。

ま、欄は空白のまま、何も書いてないことも記録になります。
思いがけない絶不調に見舞われていたからです。

それで少し調子が出てくると
猛然と記録したい!と思いはじめました。
人生初のこの不調について記録せずば止まじ!
と胸の中から湧き上がってきました。

だらだらと経過と思いを連ねる日記なるものをつけたいと
思ったことはありませんでした。
ところがそれがやりたくなったのです。
これでまたノートが増える。

経過、原因、対処、サポートの欄をつくって
今日の様子を記録します。

ノートにペンで書いていくと
ずっと悩まされている頭痛がすう~っと消えていくこともあります。
意外とあれやこれやできてます、
できるようになってから記録を始めたからですね。

助けてもらっていることがたくさんあることが
目に見えてきて安心します。
❝生気と喜びがダイレクトに甦る❞には
マーカーでアンダーラインを引いて
目立つようにします。

ついつい不調の方にばかり頭と心の目がいってしまう、
それを書くことで防ぐことができます。
目の前に航路が開けていきます。

今回のこのことで
☆ 見えてきたこと、学んだこと、変わりそうなこと
☆ 回復後どうなっていたいか
、も書いておきます。

紙とペンがあれば、
手を使って書くことで
脳も元気になり、心も落ち着きます。
この実感とともに、おかげさまでぼちぼち回復に向かっております。



市役所前の植え込みにて