『お盆と敗戦の月を送る』

278/10000 2020 08 27
毎週木曜日は、◆子供らに寄せて ① 子供たちに伝えたいこと ② 私の来し方 のうち
今日は②で、8月の終わりに戦争のないこの国、戦争のない世界を祈ります。

 コロナ、政局、経済情勢、少子高齢化etc.と情報がかまびすしい。
 情報を無視するわけにはいかないけれど、右往左往しない、びくびくしないことだと自身を律することにつとめている。

 イノチの連続の危機が身体の真ん中に入ると、喜び、笑い、悲しみ、苦労、怒り、戸惑い、疲れ、ぼうっとなるなどなど生きてあることが危機を背景にくっきりとしてき始める。シリアスにならないように気を付けようと心する。

 『戦争後の人生は余生です』と、木村師、八光流武術と施術の神業達人だった、は仰っておられた。
 『この国の滅亡を回避するために』と、出会ったかれこれ50年前にすでに、わが師は仰っておられた。一番危ないのはアメリカと日本だと。今や日本の方が危なく見える。
私は肯くことはできたけれど果たしてどこまでわかっていただったろうか?
 子供たちの父ちゃんは、『年寄の昔話にしか聞こえないでしょ?』と戦争時の話をすることは、こちらから聞かない限り殆どなかった。こちらも聞く力を持っていなかった。戦争の時代の渦中にあったその絶望のほどに思いを寄せてみようとする。

 2015年夏以来慌てて、“ 戦争NO!”の声を上げ始めて5年、この冬から疲れが出てアクションの方は一休み状態だった。コロナも加わり考える時間ができて、拙いながらひとつまとめることができてその分心が落ち着いた。注目しているのは若い人たちの斬新でまことに素直で柔軟な発想と行動だ。そうしていると次々とアンテナにかかってくる。
  
 いのちの継続を何としてもあきらめることができない。これは生物の本能だ。
 今黄泉の国から私たちを見守ってくれている(と信じている)先立ちの言葉と存在をこれほどしみじみつくづくと思われる、お盆と太平洋戦争敗戦の8月はなかった。(この続きは金曜日に書きます)

満開のブルー・ウイング。紫に近い今年、来年はミネラルをもっとあげよう。花の色が冴えるはず。