【対話が可能となるには?】

1440/10000  月歴7月30日 太陽歴 9月21日(日) 
6:35  曇 13度


スロージョギングで9㌔
ちょっとこれから自転車を取りに行ってきます。
バスにしようかなと迷ったのですが
昔取った杵柄、15年前週5日10㌔走っていた記憶が蘇って
スロージョギングと歩きで行くことになりました。
距離は9㌔とちょっと、帰りは自転車、帰宅は10時半かな、
昨日隣町で集まりがあって、行きは勇躍自転車で1時間、
帰りは雨で会場でお隣になった方に送って頂いたのでした。
帰ってその集まりの報告を致します。
では行ってきます。

帰りまして、風呂ーご飯ー昼寝から起きました。
ではごくシンプルに報告致します。

昨日の集まりは
『80年の戦後から今を考えるー対話の会』
出たテーマはてんこ盛り、
“じっくりと腰据えて話を出し合うこんな機会が欲しかった”と
終わってから友達と思いをわかちあいました。
発言する人も、その言葉がそれぞれ本音に経験が裏打ちされていて
気をそらすことなく耳を傾けました。それに
会場は笑いがいっぱい、
シリアスになりそうな話なのにキリキリカリカリになるシーンもなく、
これは呼びかけ人のロメロ・イサミ氏
(政治学 一般教養何でも来い!帯広畜産大学准教授)
のキャラの波動によるところが大きいかもしれません。

対話が可能となるには?
出たテーマは、てんこもり。その中から一つだけ、
始めからメインテーマだった
対話を可能となるには?について日頃思われていることを
ざっとまとめてみましょう。

対話がなされている場、ってないですよね。
国会から家庭まで、見たことありますか?
わが家も話し合いがないのが嫌で嫌でたまらなかった、
しかし、いざ自分が家庭をもつとなると、
できたのは生家のコピーだったりして。
パートの現場では、目も当てられないシーンに
何度も直面しました。環境が管理強制評価待ち、しか無いのが
ほとんどの実情ではないかな、
今度の集まりに参加した方々は、このことに問題意識をもち
かなりハイレベル、というか、
本人たちにしてみれば当たり前というか
確かな言葉を紡いでおられました。

さて、私も切実な二ーズとして日頃思われているのは
① Respect Others (←会場で繰り返し登場)
  相手、他者の尊厳を尊重すること
それはどういうことか?
1 A 一致している点
  B 意見、感じ方が違う点
   C どちらとも言えない点を 分ける

2 Bがあっても、
   人格、存在を否定したり仲間はずれにしたり
 分断工作をしない

3 今言葉にできている他に
まだ言葉になっていないことがあるのでは、と
  思いやる
 1,2,3とも、お互いに、です。

② 但し、
  心理的安全性だけでは間に合わないことがある
  非暴力では間に合わないこともあるのではないか?
(思案続行中。非暴力行動については要学び
 戦争は絶対反対)
  

③ いずれにせよ、
  トレーニングの場が必要
  場がなくて慣れていないんですよね、
   生理的にダメが顔にでてしまったり。

私が言葉にできるのはこんなところです。


とても印象に残ったのが
“ 対話を重ねても
『ゴールがない 結論がでない ちょっとわかる』”(中川さん)
このことばに、これだっ!て反応するものがあったのです。
昨日のような集まりを、定期的に繰り返すことで
深まり、見えてきて、アイディアが湧き、
行動になりカタチになっていく
このクニもここまで来たからには、気は前へ、しかし
今日明日望む形が手にできる可能性はどうだろう?
思いは胸にいっぱい、でも非力もの同士、
コツコツ定期的に、学びと交流、対話の場がほしいです。
以前まとめた「プラットフォームを作ろう!」のアウトラインを
あらためてまとめて見ようと思われた次第です。

◆真夜中の嵐
けっこうな雨風、稲光がしたので窓を開けたら
暫く立ってゴロゴロと音がしました。被害はないか?
しまった、赤紫蘇の葉をベランダで干して粉にしていたのが
水浸しです。これは夜中の一時半、眠れなくなって
新しくつくり始めた『分身手帳』に
私の人生を決めた勇気の言葉を書き写したりしてました。