【ダメはだめではない】

1479/10000  月歴9月10日   太陽暦10月30日(木)       
       5:30  -2度 快晴 
       日高山脈にも雪、写真を撮りました。

朝イチで寝間着のまま今日は、ジャーナリングを1時間、
枕元にやってくる気づき、ヒラメキ、発生を手書きでメモ、
ついでに私の天命=ミッションを
『分身手帳』に清書してみたらスラスラとまとまりました。
朝はいいですね、昨日のオツカレ午後とは大違いです。
夏負けの疲れから2ヶ月、ま、トシもありますわね。
 
     🍁    🍁     🍁
            

今日は、
最優先課題をサッサとやってしまうには~その⑤です。
①編み物②MUSTからの解放③〆切④休み~ときまして
今日は、(とジャーナリングのメモを探す、)
ダメはだめでない、
ダメは改善のための材料、という最近の気づきをお話しましょう。

スケジューリング・ノート『自己達成日録』の
今日の課題リストを見ながら
終わったら赤ボールペンで派手にチェックを入れます。

只今の最優先課題、Kindle出版一冊目の
『清水平便り』
の箱には、

✅️最後の部分をまとめ直す 約45分
 たったこれだけのことに随分と日数を要した
 とにかくできた
△kindle出版の勝手を検索して掴む
 これはきのうやったから、ま、いっか
△目次に一行プラスする
これは明日に持ち込み 時間とエネルギー切れ
✅️段取りと進捗状況確認 約5分
 使えた時間は50分、◎時間と仕事量がつかめた
 ◎昼休み3時間できたし
 ✘短いと過酷な評価はしない、それほどできる人間でなくていい
 取り掛かった時間は12:50、
 やっぱり7:30迄持っていきたいと数字でやる気UP!

で『清水平便り』、今日は
△①目次に一行プラスする 60~90分
△GoogleDocumentを開いてもらえるようにして
 ②復習して覚えて  10分
 目次の部分のURLを作って
△③UPする前に読んでもらう数人のメッセンジャーに送る 45分
△取り掛かる時間は10:45分、
 このブログをおわして一服して、と。

課題リストの箱には、他にも
・まるごとととのう自分史の作業・まなび
・帳簿・連絡・片付け・休み~とズラッと並んでおります。
出来たのは半分、休みの箱は、瞑想・歩き・編み物と75%OK、
体調と相談しながら意気込みで盛りすぎないことだな、と
すなおにこっくりできるようになったもんだ、と
静かな気分です。

     🍁    🍁    🍁

今年の秋は、カボチャ団子と芋団子の秋
息子の嫁さんのお母さんネットワークの
甘いかぼちゃと芋それぞれマッシュにして、
カボチャか芋3に片栗粉1に+塩少々、
(3対1は、村田ナホ先生直伝です)
こねてコロッケのように丸めて焼いて
片栗粉のあんをかけて頂きます。
(前にも書いたような気がします
まだブームが続いております)
このあんが上手く作れないので
たいていそのまま焼き立てで。
夜寝る前に食べたくなって食べてしまう、
そろそろやめ時なのですけれど・・・


【新しいチカラが湧いてくる】

1467/10000  月歴8月27日  太陽暦10月18日(土)

毎週土曜日は、スコットランドの田舎に暮らす
さっちゃんへの定期通信の日です。

《 土曜通信 》

おはよう
さっちゃん
ごきげんいかが?
さっちゃんとご家族の皆さまが
祝福につつまれていますように。

《 土曜通信25/10/18 》

今日は曇り、気温は9度、暖かい。
“ 晴れたら冷える ”冬の気配が日に日に強くなっています
近くの遊歩道沿いの桜の木の紅葉が赤く列をなしています。
銀杏の実が落ち始めました。
くるみは今年少なかったようです、
拾わないで終わりそう。
栗は花がたわわだったのだけれど
気づいたときには実のないいがが落ちているだけでした。

MLG(My Little Garden)は、今月中に秋仕舞い、
アサガオとミニトマトの支柱を抜いて片付けます。
昨日は一本のシシトウを抜いて
大きな実は残して葉っぱを佃煮にしました。
地味めな菊の花が2種類満開です。
来季、畳2枚分くらい面積が増えるので
いまからたのしみです。


    🍁    🍁    🍁

書き進めてきた『清水平の縁側で』
WorkFlowyからGoogle documentに移して
(私にとっては初めての大仕事!です)
構成を整えようとしています。
200枚以上になりそう。
やる気UP!で『まるごと自分史で自信フツフツ』(仮称)も
2冊同時にKindleにUPしちゃうかとか
又欲を出しそうになって、あかんあかん、
まずは『清水平』をやりきって、と自分を抑えて抑えて。


◆仕事は大量◆前途は多難(思いどおりにはならない)
◆時間の収支は常に赤字、だから
一時に一事、2番目に大事なことは捨てて
◆時間との競争無用、ゆっくりと
78歳の自分なりのペースで進もう。

これが “ ATART AGAIN ”のやりかた
1年半呻き続けた後
目に見えるカタチがほしくなってきました。

ユキちゃんと出会わせて頂いて
まもなくまる4年
ここまで来ましたよ。おかげさまで、 
なにか新しいチカラにつつまれているのを感じています。
この新しいチカラはひとりじめするには余るので
ユキちゃんのところまで飛ばしておりますよ😉

どうなるやら確約はできませんけれど
2番目に大事なことは捨てて一時に一事、
A あたりまえのことを
B ばかみたいに
C ちゃんとやる
D どこまでも
これならできるかな。
態勢をつくっています。

そして
できなかった私ができるようになったプロセスを
言葉にしてまとめて行こうとしています。
(まだできてないことは言わないで置いたほうがいいわね)


    🍁    🍁    🍁

ユキちゃん
人生の折り返し地点、50年分、
ごゆっくりまったり御身休めてあげてくださいな。

ユキちゃんと出会ってまもなく
授業に追いついていけなくてパニック沼にはまって
アタマはカチカチに。時は過ぎてやがて おかげさまで、
“ 土曜の朝はホリデー気分 ”復活で
今朝はいつものFM聴きながら 今朝は
ケープジャケットを編み進めつくろいものもできました。
編み物と繕いもの、いい瞑想になるんですよね。
意気込んだらあかん、と自分を微笑ましく思いながら
人生との付き合い方が変わりつつあります。


・マーケティングのリサーチでの気付きと発見,
・収益化以前の欠かせないことetc.
またの機会に。

(なんかくどくどと同じこと繰り返しているんじゃないかしら、
年寄の繰り言兼促成栽培できないものでもあるんですよね、やれやれ)

  🍁     🍁    🍁

    PEACE be with YOU
    ALWAYS uith YOU
秋の日々  穏やかに🍁

 

【『清水平便り』に一点集中すべし!】

1462/10000  月歴8月22日  太陽暦10月13日(月)
      5:00 曇 8度  

今朝は熟睡モードで目が覚めたら3時
布団の中で瞑想して起きたら4時
朝のルーティン・ワークの間に洗濯もして4:55、
朝イチ、布団の中で瞑想していたときに浮かんできたことを
朝イチの日録、今の言葉で言うとジャーナリングしまして
5:30、なかなかいい調子です。晴れてきています。
“ あんまり自分にあれここれもと要求するのやめよう、
半分に減らしてもいいんじゃない ”
そんな声が聞こえた朝です。

連休なんですね、では今日は
《小さな喜び🍀幸せ上手》で参りましょうか。


《 小さな喜び🍀幸せ上手

🍀カボチャ団子の日々が続く
 上手にできるようになった 米の減りが少ない
🍀沢山の栗、🥔、玉ねぎ
 夏に骨折した友だちに送る箱詰めをした
 遅くなったけれどお見舞いを兼ねて
🍀ケープを編み始めた
この夏腕と肩が老化のスピードをアップ
 冷やせないな、肩の保護にも
(残った毛糸で帽子が編めるといいな)
🍀この毛糸といっしょにプレゼントしてもらった
 ベストが2枚、これも肩があったかくて
 ありがとうありがとう
🍀お金の管理がおもしろくなってきた
 師匠におもしろいエクセル・シートを教えて頂いたのだ
 これでターニング・ポイントから新しく出発できる
🍀「大丈夫かい、この国の政治」、だけれど、
 何が起こるかわからない、まだまだこれからだ、
 あきらめは禁物
🍀明けの明星、オリオン座、冬の大三角形に加えて
 双子座のポルックスを知って覚えようと
 ポルックス、ポルックスと繰り返している
🍀My Little Garden(MLB),来年スイカ用に
 畳二枚くらい広げてもらえた
🍀広がったところに、ピュアホワイトのアナベルが一株
 渋めのキミドリに変わっ乾燥“ 花 ”を玄関に飾った
🍀マリコさんとこのガレージセールに持っていく
 タネとアロエ、千代田の錦を準備した
 オール100円 全部売れたら4000円
 経費を引いて3000円は上がり框さんに寄付
🍀只今最優先の『清水平便り』の推敲
 今朝読み直し(何度となく繰り返している)たら
 なかなか良く書けていて(!)、自分が書いたものに
 励まされた。今週こそ進めますように、
 +早く終わりますように(祈)
 ここに一点集中すべし!
🍀10月に入って切り戻したニチニチソウ、
 切り戻した枝から次々と花が!
 本体、もしかして冬越しするかも?

そんなこんな最優先の『清水平便り』の遅れを氣にしつつ
ヨチヨチ一歩一歩進んでおります。

秋が進んでいきます。猛暑の夏を忘れそう。
穏やかな日々でありますように。







【書くこと、書いておくことの意味】

1421/10000  月歴7月11日  太陽歴 8月5日(火)小雨  22度 7:15

 🍀スロージョギングに出ようとしていたら駐車場が濡れていて小雨が止んでいません。
ならば、としばらくスルーになっていたストレッチと瞑想を、気分ゆっくりでできました。
鈴木亮司さんの「体芯力」のお話を伺ってから、なんかリラックス、“エクササイズは頑張って鍛えねば”ではなくて、リラックスするため、と知っていたけれどできていなかったな、とわが身を振り返り、なんかリラックスモードに替わりつつあります。
 思い切ってニチニチソウを切り戻しました。あと1ヶ月、どれだけほきて(繁茂して)くれるかな。片付けた土から思いがけずひとりで生えてきてくれたのです。

 🍀只今の最優先『清水平便り』の草稿作りの進捗状況は、昨日、大仕事ひとつやり切って、ヤったぜ感を味わい、今日は残りの加筆部分のメドをつけようとしています。
 その大仕事とは、特別付録のなかまのかせだほう(故人)が編集してくれた『かじかがえる春秋』の書き起こしと修正でした。丶を入れ、「」をつけ、。を入れて、漢字になおし、ひらがなに戻し、やっているうちに、メンドクサイが面白くなってくる、ChatGTP、有料契約する日が来そう、でもまだなんとか間に合うし、とか去来しつつやり遂げました。この地味な仕事にじわっと醍醐味感が湧いてくるのです。

『清水平便り』 は、私の人生を決めた清水平の記録で、自分の原点の確認にプラス、現在とこれからにどんな意味があるのか、書くことでそれを探ろうとしています。
『かじかがえる 春秋』の作業をしながら、「書くこと、書いておくことの意味」を 再確認しています。

🍀その後、「イマ・未来・過去 まるごと自分史を作ろう」のチラシの文章案を書きました。これについては後程また。 『清水平便り』 は、私の自分史の出発点でもあります。

こんな感じで「しうこば~ばと縁側で」よもやま話、気楽に書いて行こうとしております。

◆ ♡地味で平凡、でもこのままじゃダメ、でも何をどうしたらいいのかわからない・・・♡
半歩先を行ってる私とお話しませんか?
ご希望でしたら、以下のメールアドレスまでどうぞ♡

magi.shiuko@gmail.com

 

『囲炉裏を囲んで 火のこと①~「清水平便り」から』

1392/10000  月暦4月16日 太陽暦5/23(木)

 30代の8年半、信州の山の中の一軒家、清水平で電気ガス水道ナシのくらしの中で二人の息子を育てました。そこの地母神に与えられた三つの言葉「うむ・はぐくむ・わかちあう」が私の生きる軸として揺るがぬものとなりました。

 水の次は、「火」のことをお話しましょう。
 今、火を焚くことがありますか?、キャンプの時くらいでしょうか。火を焚いてはいけないことになってるんですよね。街中で薪を積んでいるお宅がけっこうあって 備えているストーブも立派、「薪ストーブ 及び煙突の安全設置技能資格制度」もあります。帯広に来たばかりの頃は薪ストーブ、石炭ストーブを炊いたことがよみがえってきました。灯油をできる限り使うまいとしたのです、あれからかれこれ40年、変わりましたね。

 清水平では火の中心は、囲炉裏でした。家の中に火を焚くところがあったのです。土間があって囲炉裏があって、それが普通でした。私は64年前まで、入山部落は人去って10年、池田さん宅も伝統のつくりでした。
 囲炉裏の後ろに薪置き場があり、焚き付けに火をつけて燃やします。
 薪も焚きつけも山から頂いてきて、プラスチックはもちろん紙も燃やさないようにしていました。それは、灰を畑に撒いたこと、山菜のあく抜きは灰で、それに、信州名物の本おやきは囲炉裏の灰に埋めて焼くのが本格的だったからでもあったのですが、そもそも山にないものを混ぜない、火は山からの恵みを損なわない、とても自然ないとなみでした。
 村の中学生がここに集まって、私たちがなぜここで暮らしているのかを聞く集まりをしたとき、孫たちのためにとおじいさんが持たせてくれたおやきは、地粉のパワー溢れる実にごっついもので、ベーキングパウダーも重曹も卵も使わない手作りで、それでおやきのなんたるかを知ったわけです。今なら「売れない」でしょうね、文字通り歯が立たないだろうと思います。
 おやきは池田さんが囲炉裏で焼き方を見せてくれました。熱い灰がオーブンになると知りました。
 
 不必要に火を大きくしないのも心得です。もったいないですからね。
 囲炉裏を囲んでいろんな話が出ました。
 村の池田さんと郵便配達さんが、それぞれまったく違うことをお互いに話していました。
 ナナオ(息子たちの父ちゃん)はネイティブ・スピーカーのヘイゼルに英語での詩の朗読のチェックをしてもらっていました。
西表を引き上げてきた内田ボブに「歌ってみろ」と言われて歌ったら、「突き抜けるものがない」、とダメ出しされました。(その通りでしたわ)
上の息子は粉ミルクアレルギーだったので途中から玄米ミルクに替えて、毎日囲炉裏端ですり鉢で玄米を摺り囲炉裏の火で沸かして飲ませました。野口英世のことが頭にあって、ハイハイしはじめると息子が囲炉裏に落ちてやけどしないようにキリキリしてましたね。

 
 

『火を囲んで座っているだけで、いつもなら話さないことを友人どころか知らない人にまで話してしまうマジックです。パチパチという木の爆ぜる音を一緒に聞いているだけでも「同じ世界」で「一つになる」。
 共通前提がないと本音で話せない日本人にとって、火の共通体験は強力なアイスブレイキング機能(初対面の緊張をほぐす機能)を果たします。キャンプ(清水平)で一緒に料理し、火や食について先史に遡り、地球全体に想像力を拡げて語り合えば、それが子供たち(私たち)を「社会への閉ざされ」の外に解放します。』
(宮台真司、藤井聡『神なき時代の日本蘇生プラン』ビジネス社、2022)

 囲炉裏の熱と煙が家屋を乾燥させ保護していました。土間と囲炉裏、それと縁側のある家に住みたい、人とのつきあい方がきっと変わります。鍵のついたドアでしっかり警戒排除するようになりましたね。すでに清水平にいたとき托鉢のお坊さんに、部落に入ると有線で警戒情報が流されると聞いててショックでした。土間、縁側、囲炉裏、内ならず外ならず、そんな「場」がなつかしい。



⤵ こちらは帯広、中央公園のいつもの場所、二本のカシワの木の新緑、タンポポは綿毛になりました。

『水のこと~「清水平便り」から』

1391/10000  月暦4月15日 太陽暦5/22(水)

「毎日更新」がまたまた空いてしまいました。不規則になるとやっぱりペースが乱れますね。
毎日更新の方がすっくとします。なるべく空かないようにリズムを作ろうと思います。

 さてこの空白期間に Kindle出版に向けての第一作「清水平便り」に着手する手はずが整いました。将来目次になる項目を整理して、1週間に5日1日5枚、として7月の土用までに250ページ、と計算してみました。この課題を最優先にセットしましてリズミカルに行くようにと心しております。
まずは、一番大切な「水」のことを思い出しながら書きました。

テマリカンボクの小型のもの@帯広



 清水平は水は不便でした。。
 沢の水、川の水、湧き水、とあり、ウエイトがいちばんおおきかったのは天水でした。
飲み水、料理用の水として使いました。天水を受ける大きな甕がそのままになっていて
それを使わせてもらいました。洗い物は川で、風呂の水は川から汲みました。
 今なら不便きわまりない、ですよね、しかし私たちの前の世代のおばさん方はこれが当たり前で、これしかなかった、珍しいことではなかったのです。身体を使って生きていた、身体を使わなければ暮らしが成り立たなかったのでした。

 雨が降ってくるとまず屋根の埃が雨に洗われるのを待って、天水甕の蓋を開けて雨を受けます。どれぐらい入っただろうか、料理とお茶にしか使わないのでかなりもちました。甕からバケツに汲んで台所で大切に使いました。
 清水平を起点とする稜線の上に分校跡があり、その建物の地下に大きな天水槽がありました。人が去って10年以上過ぎておりすでに雑木に覆われており 残された教科書などが散乱していました。子どもたちが山の中を歩いて通い、生坂村と入山部落の人々が子供たちのために天水槽を造るシーンが目に浮かびます。重機がまだ一般的ではなくそもそも入れない地形であり、スコップで手堀りだったと思います。
  今住んでいる街中のご近所で物置に天水用の樋をつけて天水を受けてガーデニングに使っているお宅があります。天水はもっと活用できると思います。

◆沢水
天水がなくなると、清水平を降りてバケツを手に近くの沢水を取りに行きました。清水平の東南にそびえる「岩殿山脈」から出ている沢水です。この水は澄んでいておいしかった。
今なら一輪車にポリタンくらいの頭は働くかもしれません。
 借りている元屋敷の南隣にすでに崩れた家があり、その南端に水場があったことがわかり、枯れ草を掃除して水を汲みました。でも水量も少なくあまりおいしい水ではなかった、一辺が75㎝くらいだったでしょうか。

◆洗い物
 清水平をぐるっと取り巻く入山川が、洗い物、洗濯、風呂の水でした。洗い物の水は20リットルのバケツを両手に持って坂を上り降りして家の前に運んだものです。30代でした。今なら川迄の坂を手ぶらで下るのも一仕事です。夏には洗い物を川迄運んで洗いました。冬にはお湯を沸かして水をぬるくして食器を洗い、洗濯物は沸かしたお湯をバケツに入れて下に運び、貴重なお湯で川の水をあたためて洗いました。真冬には川面が凍り、その氷を割って水を盥に汲みました。
 「おしん」か、ですよね。でも辛いとも思わなかったし、おもしろいとも思わなかった、でもあれこれ、どうすればやりやすいか工夫しました、したつもりです。
 今こうして氷を割っておしめを洗っているのはどういうことなのか、とは、意識の上に登っていたわけではないけれど、言葉にはなっていなかったけれど、いつも胸の中にありました。
 というわけで、うちの二人の息子のおむつは99%川で手洗いでした。息子たちがこのことを誇りに思うか、恥と思うかは自由です、その意味を考える考えないかも。

◆風呂
 息子たちが赤ちゃんのときは、もちろん毎日風呂に入れました。風呂用の水をくみ上げ、沸かして、盥に移して、水で適温にしました。
 風呂は、冬は一日仕事でした。檜の風呂桶に川から水を汲んで入れるのが一仕事、薪でわかすのに結構時間がかかって、風呂に入るのも、風呂屋がなく風呂桶があるだけでしたから寒かったはず、でも覚えていない、その後お湯があるうちに洗濯を済ませて、洗濯物を家まで運んで、干すころには日が影っています。その間上の息子はダダもこねず風呂のまわりで遊んでいました。母のそばを離れずいっしょにいてくれることに感じるものがありました。
 風呂桶はあとで川べりから家の前に移しました。

◆水の力
 今よみがえってきたのは、水が、流して整えてくれて、スッキリ爽やかになったものだった、このことです。疲れたとき、去らぬ思いがあるとき、川で流れ水で手で洗っているうちにすーっと頭が軽くなり心身がスッキリとなるのでした。水とつきあってひとつになるのでした。浄め、ですね。

  面白いかおもしろくないか、辛いか辛くないか、そんなことを考えたこともなかったような気がします。荒れ性の手が冬はずっと荒れていたにせよ。そして日々繰り返しているうちに、向こうから、清水平の谷の大気の中からひびいてくるものがあり、それが私の一生の生きる軸として動かないものになったのです。

 今ならどうするか、こんな不便なままで放っておくのか、このことはまた後程。