『雪国の早春』

646/10000 2021 02 11
毎週木曜日は、◆子どもらに寄せて ① 子どもたちに伝えたいこと ② 私の来し方・思い出の内 今日は ②で、
生まれ故郷の山形の大石田の早春の思い出です。

 春一番は、フキノトウだった。日も当たらない ウロカの塀のそばで 道路より一段高くなったところにフキノトウを見つけたことがある。すり鉢状の穴の底に顔を出していた。フキノトウの熱が雪を融かすのだろうか?常緑樹のヒノキの葉っぱが雪の上に落ちていたかもしれない。ウロカは屋号で三角の下に加だったろうか、大きな屋敷でぐるりと立派な塀で囲われていた。

 冬の終わり近く 日差しが強くなると、川端部落の入り口近くの、“青木の倉庫”の屋根に子どもたちが集まって、何をするでもなく黒い屋根に座って 春近いお日様の光を浴びた。まだ道路は雪で高くなっていて屋根に登れるのだ。

 家と家の間に積もった雪に掘った迷路に近いあなぐら(かまくら)には近づかないようになる。
 家の前は階段になっていて、融けた雪が水になって流れてくるので、階段のヘリに石垣沿いに
ある年のこと最上川の川面全面に、溶けた雪の塊が流れていったことがある。どこから来たのだろうか?二階から眺めた。融雪期には最上川の水位が上がる。やがてその岸辺にツクシやノカンゾウが生えてくる。

 アサヅキ取りに小山に行く。掘る鉄製の道具を見えなくしてべそをかいていたらゑい子姉ちゃんがなだめてくれた。すぐ泣きだしては姉たちがうまいこと慰めてくれた。

 ウロカの隣は空き地になっていて、塀の外に大きなコブシの木から花びらが散ってきて、その花びらで,ふくらますかして遊んだ。スモモの季節には、塀の外からウロカのお手伝いさんに呼び掛けた。❝〇〇さん(なんと呼び掛けたか忘れた))サダンキョ,けでけらっしゃい!!!❞、スモモ,下さい!!!女中さんの姿を2,3度見たことがあったような気がする。でもサダンキョ、くれたかな?

 彼岸になると役場から、春の“清潔”(大掃除)の通知が役場から来る。天気の良い日にお母さんが頬かむりして畳を上げて大掃除をする。囲炉裏の灰は灰通しを通されてリフレッシュする。大掃除が終わると役場の『清潔済』のお札を入り口に貼る。
それにしても子どもたちは手伝いもせず何をしていたんだろう?婿取りでばあちゃん子だった母はチームワークつくりは得手でなかったのかもしれない。
 彼岸にはメリケン粉で団子をつくって仏さまにお供えする。

 早春のメイン・イベントは雛祭りだ。大切に仕舞ってあるお雛様を出してきて雛壇を組み立て飾る。集まってきた人形や瀬戸物のウサギなども雛壇に並ぶ。完全なお揃いものではなかったけれど、お内裏様とお姫様は一番上ののり子姉さんが生まれたときに買ったもので、なかなかいいお顔で、時代が進んでから、この頃のお雛様の顔は・・、このお顔が一番だねと語り合ったものだ。
 雛壇にお供えするのは稲荷寿司と海苔巻き、それに生のニシン、
もう一つこれが三月節句のメインのお菓子、くじら餅である。もち米とうるち米の粉を練って一晩寝かして一日がかりで蒸篭で蒸す。白砂糖味、黒砂糖味、クルミ入り、味噌味もあったかな?上に色とりどりの細かい粒をまぶしたのと多種多様。一か月くらいお菓子はこれだったような気がする。今では年中売っているけれど、お母さんが竈で蒸篭で蒸したくじら餅が食べたい。

 民俗年中行事、自然と空とともに暮らすこと、息子たちに伝えたかったけれど、母一人では無理だった。せめてこうして書いておきます。世代を越えてあらたな年中行事が生まれると胸にイメージしつつ。

気温が上がった帯広の街の舗道で