『山本真吉先生のこと』

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 毎週月曜日は、◆小さなビジネスを始めるにあたってのあれこれです。
私の小さなビジネスは、『しうこばーばの自分史講座~今、未来に向かって』
私はこの講座の講師とファシリテイターをつとめます。

 今日は山本真吉先生のことを書いておきます。
 私がこれから『しうこばーばの自分史講座』をオープンして(ただ今プレ・オープンンの段階です)お客さまと出会うためにマーケティングするとき、マーケティングの原点から動かないものを山本先生から頂いたからです。

 そうなんです。山本先生は、けばいマーケティングとは無縁でした。コロナで加速しているものの一つがオンラインで、SNSにはオンラインでの集客のノウハウの無料広告がじゃんじゃん入ってきます。その一部を後で見るかもと “自分だけ”でシェアしながら、胸の中にはいつも山本先生がいます。

 山本先生は、小樽商科大学を卒業され御父上様の会計事務所勤務を経て独立、経営コンサルタントをなさっておられました。その傍ら漢方をはじめとして医学を独学なさっておられ、無料の公開講座の途中で渡米、American holistic Collage of Nutritionの博士号を取得、博士論文のテーマは『癌治療と栄養素』で英語で書かれて満点、総合栄養療法の隠れ権威でいらっしゃいました。

山本先生との出会いは1998年、当時仕事として取り組んでいた補助食品のことで直面していた問題がテーマのオープン・セミナーが札幌である、との情報に接して、これは!と出かけたのでした。
 そこで最初に見せて下さったのが、血液検査のデータでした。自然食と自然療法を実行するようになって20年以上経っていました、でもデータは初めてで、これだけでも衝撃でした。
 続くお話も、医学の最前線の貴重な内容は満足のいくほどにはアタマに入らなかったけれども、一言でいうと、先生の『人間力』に深く感動して、そのあとほぼ月一回の無料のオープン・セミナーに帯広から8年以上夢中で通いました。
 20年前に無料で頂いた資料は、総合栄養療法のバイブルで必要に応じて開いています。先生にはこの続きを、改訂版を書いて欲しかった。

 “経営コンサルタントとして独立したばかりの頃は仕事がなくて電気が止まったこともあるのよ。”、と奥様に伺いました。“それでも異業種交流会の会食などには出ようとしないの。”
 出会わせて頂いたころは、有名なお菓子屋さんの役員をはじめとしていくつもの大きな会社のお仕事をなさっておられました。
 会社の経営と人の健康は同じ、ご自分の一言で生きもすれば死にもする、と講座の中で物言い穏やかに仰いました。

 睡眠時間3時間、起きているときは殆どパソコンの前、世界中の最新情報に目をこらしつつ、一日100人の健康相談に応じて(長く無料だったのを友人の助言で有料になさったけれども無料でも受けておられた)いるさなか、ある朝突然パソコンの前で亡くなっておられました。3.11の直後には、放射能汚染に対応する栄養素のとり方をいち早く発信されて、その確か一年後2012年の春だったと思います。

 『経営とはお互いに繁栄すること、生死を掛けたものであること、人を、世の中を、国を幸せにすることであり、そのためには学び続けて自身を練磨することが核であり基本中の基本である』
 下手な言葉ですけれど私が山本先生から感じ取ったことです。先生は小樽商科大学在学時図書館の本全巻を読破なさいました。胎の座りように感動して奥様におたずねするとお若いときから変わっていらっしゃらないとのことでした。
 今山本先生がご存命でいらっしゃったら、インターネットの進化、ミトコンドリアの活性化製品の登場とともにどんなにか本領を発揮されたことか、影の内閣の厚生大臣に就任してほしかった。神様は我儘でもあり自分に近いものをそばに置きたいと思うらしい、神様にも困ったものだ、日本がこんなときに。

 山本先生を偲びつつ、自分の幼稚さ加減に呆れております、でも仕方ない、私なりに頑張らなくちゃな。


1998年、山本先生に頂いたバイブルより


=12月21日冬至までの課題=

 1 課題リスト
 2 事業計画書を推敲して相談する  藤本先生 他2人~3人
3 クラウド・ファンディング  学費他
4 SNSの編集  連携について藤本先生に相談

まずはここまで、この4つに集中。
あ、ONE MORE,オフィスの大掃除もやってしまおう。
何としてでも『しうこばーばの自分史講座』でやっていくと覚悟しています。

今日もシンプルに青空が広がっています。