『愛されたことがある、とは その①』

492/10000 2020 09 10
毎週木曜日は、◆子どもらによせて ① 子どもたちに伝えたいこと ② 私の来し方を振り返る の内、今日は ②で 

私をまもってくれている人々をリスト・アップします。愛する、愛される、とは私にはなにかピタッと来ない言葉です。他に表現はないのでしょうか?

① 一番目に来るのは、やっぱり荒木家の人々です。この年になると懐かしさが先に立つように変わりますね。若いときは嫌な面ばっかりに目が行って早く出よう、としていたのに。

父と母、私には、何があってもこどもをまもろうとしてくれたように思える。他のきょうだいはわからないけれど。やりたいように我が道をゆく末娘をどんなにか心配していただろう。でも一言もいわなかった。母は今でも天国から心配しているのがわかる。
 私が生まれたとき母は乳が十分に出なかったので山羊を飼って姉たちが山羊の世話をした。私をおんぶして最上川でおしめを洗っている父のイメージ像が私の中におぼろにある。今度姉に聞いてみよう。
 男兄弟も可愛がってくれたし(それだけではないけれど)3人の姉にはほんとに可愛がられたな。一番上の姉には今でもお世話になりまくっている。

② 渋谷のA先生。この世でお会いしたたった一人のコワい方です。アホで未熟で雑で幼稚な私を透視して私の可能性でおつきあいなさって下さった。ものすごく苦しんだときのお手紙、まだ直視できない。絶対に追いつくことのできないおひとりです。出会ったのは1973年の秋、埼玉の飯能で 注文したご本を手に取った時以来です。


③ 清水平にいたとき、ギブ&テイクなしに、どこの馬の骨かわからない私たちに良くして下さった日向のおばさんと池田の爺さん。


懐かしい人々、もの思いにふけってしまいます。一回では終わりそうにないので、続きます。

 

ナナカマドの実の色は2種類あるようです。こちらはオレンジ色の方です。