『母は息子たちののおしめを手で洗った』

毎週木曜日は、◆子供らに寄せて

今日は母の来し方を振り返り、文明の行く末に思いを巡らします。

★ コロナ後の地球はどうなる?

 文明はどうなる?資本主義はどうなる?

 変化はなるべくソフト・ランディングでと願っているけれど、そうもいかないかもしれない。

 一方、私にはそれほど根本的な違いはないとも思える。

★ “飢饉、飢え、戦争、疫病・・・なにがあろうと生き抜いていけよ”

  確かそんなフレーズの入った詩が、父ちゃんの詩集にあったと思うのだけれど

  なかなか出てこない。

  家業の破産、飢え、丁稚奉公、憲兵、戦争、徴兵、敗戦、敗戦後の混乱と活気・・・

  父ちゃんがその渦中にあって肌身で感じてその眼で見ていたものに思いを馳せる。

★  私は二人の息子のおしめを99.9%手で洗った。何も自慢することではない。

  私達の前の世代にはそれしかなくあたりまえのことだった。

  家の下の川で、夏は快適、冬は薪ストーブで沸かしたバケツ一杯のお湯で氷を割って汲んだ水をぬるくして。

   そうこうするうちに、地母神に与えられたのは、

  『生きることは、身をもって、うみ、はぐくみ、わかちあうこと』

  という悟りだった。何を与えられるかと うろちょろ消費に没頭するのではなく。

★ 慌てることはない。高度経済成長真っ盛りの1960年代後半、

 私達は優秀な先輩に『「期待される人間像」はここがおかしい』と教えてもらい

 ベトナム反戦と学園闘争の時期をくぐり、学生課に就職依頼票を出さずに大学を卒業した。

 出会ったなかまたちで、食から始まり衣、住と暮らし方の見直しが。多くの友達が過疎地に入植して、自然の中で自然とひとつになった生き方を実践、模索した。皆、金はなかった、なさ過ぎたかも。私も山の中で月2万円とちょっとで生き延びた。いまならもっと賢いやり方で若い人々はやるだろう。

★ まずは、皆でコロナを生き延びよう。

  ●医療従事者の方々に最大の敬意と感謝を。介護、供給、交通他休めない仕事に従事する方々に敬意と感謝を。

  ●政府に文句と要望を、回数多く。政治家、行政に声を届ける。

   次の選挙で現政権を倒す準備を始めよう。

  ●食糧ルートを確保すること  ●助けあえる家族、なかまを大切にしよう

  ●この間に、未来をつくる準備をしておこう。

   ・私達の望む未来像を描こう+・それを実現するための設計図を引いてみよう。なるようにしかならないものだとしても。 

★ 飢饉、飢え、戦争、争い、行き違い、理不尽、腐敗政治、疫病・・・

  なにがあろうと行き抜いて行こう。

  地方、自然、食糧自給、コミュニティ、弱いものを思いやる優しい心根あたりがキーワードになるだろう。