1116/10000 3月25日(土) 2023
◆シリーズ 3/14~24山形・宮城報告その⑩
生まれ故郷の、山形県北村山郡大石田町の役場と図書館をたずねて
昭和30年ごろの資料を見せて頂きました。
大石田町役場産業振興課様
大石田町図書館様
先日は突然お邪魔致しまして失礼致しました。
沢山の資料をご用意下さり本当ににありがとうございました。
川端で毎年の洪水で最初に床上浸水する家が我が家で、堤防が築かれることになり
昭和35年に立ち退き山形市に引っ越しました。私は昭和22年生まれで
庄司喜與太元町長と同級になります。この年になりますと思い出すのは、生まれ故郷の大石田のことばかりです。
おかげさまで、このあと山形市の姉宅にてきょうだい3人でもっぱら大石田時代の話で夜遅くまで大盛り上がりでした。

『写真で見る大石田のあゆみ』(昭和61年刊)には垂涎の写真が何枚もあり目を見張りました。
・2階に避難して水の上がり具合を見ながら大人たちが、比べていた大正2年の水上がり
・2階まで積もった川端の冬
・メインストリート本町の冬 などなど
・藁靴での雪踏み
『水船 昭和30年代のふるさと 次年子の暮らし』
このたび初めて 次年子 まで連れて行ってもらい、うまい蕎麦を頂いてきました。 次年子 といえば秘境でとても遠いところでしたので自動車でこんなに簡単に来ていいのかと感じたりしました。
『みちのく西川子供歳時記』
楽しいイラスト本。大石田ではありませんが、遊びはほぼ共通していて懐かしく思い出しました。
町内神社の由来と祭りの様子』平成6年刊
老人クラブの方々の貴重なお仕事。川端の金毘羅神社のページを何回も繰り返し読み、祭りがさかんだった子供のころを思い出しておりました。
中でもこの冊子には驚きました。
『最上川水運の大石田河岸の集落と職人』平成7年刊 by高橋恒夫氏
一軒一軒精密な図で表示されておりました。じっくりと拝見したいものです。

実は、私は今、
高度経済成長以前の世の中を知るものとして、子供たち、孫たちに何か伝えるべきものがあるのではないかと、自分史を振りかえりつつ冊子を作ろうとしております。
貴重な資料を数々見せて頂きまして、忘れていたものがふつふつとよみがえってきて、当時の息遣いがよみがえってきたことでした。
再びおたずねすることがあろうかと思います。
その節にはまた何卒よろしくお願い申し上げます。
この度は本当にありがとうございました。
故郷大石田の実りある発展をお祈り申しつつ失礼いたします。
こちらは姉(昭和12年生)の手書きの川端の家地図でございます。

