『辛いときに笑えるか?~その2』

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毎週水曜日は、◆読む・書く・話す
コミュニケーション全般を含みます


すごく辛いとき、
人前で、どんな表情をしたらよいか、
困ったことはありませんか?

水曜日のテーマとして、このことをずっと考えていました。
前々回の続きです。

月一回参加しているファシリテーション・ワークショップでのことです。
そう、なぜここでなごやかな笑いが出るのかわからなかったのでした。
私「コロナの影響もあって、鬱、躁鬱、自殺願望の子どもたちが増えている。
このワークショップは、地獄を背景として浮かぶ天国のようだ。」
この発言がなごやかな笑いにつつまれたことがわからなかったのです。


私の投稿にご返事を頂きました。
ドキドキして、直視して拝見するまでの間に時間がありました。

♡ Masakoさんより
「地獄のような話が多い中、このワークは天国のようだ…と言う、しうこさんの表現の妙に感心したというか、深く同意したので笑ったように思います。」

♡ Fujikoさんはわざわざ、反応が遅い私のメッセンジャーにメッセージを下さいました。
「私は、しうこさんの発言をお聞きし、この社会を地獄と表現され、このワークショップをそんな社会の中で安心できる場所と言われたことに共感しました。だから笑みが浮かんだと思います。」


そうか、こういうことだったのか、とずいぶん時間をかけて
得心している私です。
地獄はさておき、だったのですね。

白か黒かと決めて結論づけてしまわずに
そこはかとないこと、まだ言葉にならないことを
ともに思案し続ける場があることに、何とも言えない安心感があります。




私、すごく考え込んでしまってました。
① このなごやかな笑いは、どういうことなの?

② 天国のようなこのワークショップの場でさえ
「黙ってようかな、和を乱すこともないし」とか忖度が習い性になっていて、
違う感じ方、意見を口に出して言うのにかなりのエネルギーを要したことについて。今後どうしようか? びくびくせず、いきり立つこともなく、淡々と口に話せるようになれるだろうか?

③ では、地獄をどう表現すればいいのだろうか?
 深刻に生真面目に、それは必要なことではある、
でもなあ、そればっかりではなあ。


次回は、ちょうどよかった!この7日大盛会だった村本大輔さんのスタンダップ・コメディについて書きますね。③ のひとつの答えとしてです。
村本さんは、辛さを当事者として体験してのち,笑いにして表現してしまう、
そのタフネスは、まさにファシリテーション ! という感じです。


なんかまとまりませんね、途中ですけど、今日はこの辺で。
思案が続いて頭がまとまらずこの毎日更新のブログ遅れてます。








カシワの木が紅葉してきました。