『面白くてためになった本庄豊先生のお話』

647/10000 2021 02 12
毎週金曜日は、◆望む未来を今つくるー政治は身近・気軽に政治
苦手、といっていられなくなった政治のことあれこです。

今日は、昨日11日に行われた、本庄豊先生のお話の報告を簡単に致します。演題は
『「明治150年」に学んではいけないこと~幸徳秋水・山本宣治・戦争孤児・戦後史、そして私たち~』主催は「平和を守り、思想・良心の自由を勝ち取る市民の会」さんで、「紀元節の復活と天皇の元首化に反対し思想・良心の自由を守る2.11十勝集会」です。

 本庄先生はZOOMで京都からです。手作りで木でなんでもササっと作っていらっしゃるご様子が映し出され楽しい雰囲気につつまれながらのお話で、この手の集会にありがちな堅苦しい難しい感じがなくて、気楽に伺うことができました。くすっと笑ってしまうエピソードが随所に織り込まれていました。


 私が面白くてためになったのは次の3点です。

① 歴史を知ることが、本当に大切だと実感しました。知らないことが多すぎます。今更受験勉強のせいにするわけにはいきません。名詞は頭の片隅にあっても、詳しい内容、その思想、詳細、その意味とほとんど知らないでいる。基礎知識がなかったら、なんとなくおかしいとは感じても言葉にして表明することができません。
 本庄先生はそれを、普段楽しんでいらっしゃる日常生活モードでお話下さいました。戦争孤児のことでは、十勝が舞台の「なつぞら」の時代背景なのだと知りました。(見ていないんです)

② 幸徳秋水、山本宣治、ほとんど名前しか知りませんでした。太平洋戦争前の社会運動について知らねばと思いました。この二人だけでも、学識、発想、行動力、人間的な魅力、と相当なものです。山宣の話を聴きながらバーニー・サンダースのことが思い浮かびました。
 鶴見俊輔さんが、『戦前の政治運動には、国家に根底から対峙するものがあった。戦後の運動にはそれがない』という意味のことを言っておられることがひらめきました。閃いただけですけれど、興味深いです。
悪名高い特高は、戦争責任を取ることなく戦後もそのまま移行、山宣の暗殺を指示した特高のトップは戦後もそれを引き継ぐ役職のトップであったそうで、資料も散逸か廃棄か殆ど残っていないそうです。

裾野を広げるために
 ・丁寧に話を聴き取ることが大事、膝突き合わせて話し合うことはが必要
・「靖国」も「天皇制」も一枚岩ではない。バサッと一刀両断にはできない
  (保守と革新も同様だと思った)
 ・山宣の演説にバンクーバーかサンフランシスコでは300人が集まった。このようなパフォーマンス力も必要
 ・戦後の民主運動には、歌あり、演劇あり、文化があった。今の運動にそれがあるか?
 ・高校生の壁新聞 カラフルでこれなら読みたくなる (スマホを向けた時には画面が変わっていた)
 ・宇治市の市長選での市民連合の表現 善戦
etc.

本庄先生は穏やかな表現で、歴史事実に加えて お話の端々に 私たちのこれからの行動の課題とヒントをいくつも話されました。私も少しはできることあるかもと伸びやかな気持ちになりました。 若い人が少ないのは、残念!でした。もったいないなあ、こんなに面白いのに。
きっとビビッと来ると思うんだけどな。
 終わってから老若女3人でお茶をしました。生き方、この国の政治状況、それぞれの今の課題etc.でした。本庄先生効果で中身の濃い話になりました。やっぱりじかに会えるのはいいですね。
主催の皆様、ありがとうございました。

  
  
 

こちらがレジュメです。
ローマの休日に隠れているのは、❝リョーマの休日❞の高知県の明治~坂本龍馬観光ポスターです。
右上が本庄先生です。こんな風に楽しくお話して下さいました。