毎週木曜日は、「子供らに寄せて」 次の世代に伝えたいことを胸から出していきます。今日は、「母から子ども達へ その5」です。
昨日ふと手に取った本は、バルタザール・グラシアンの『成功の哲学ー人生を磨く永遠の知恵』 たいへんに実用的な本である。
私があれこれ呻吟して伝えようとするよりも、この本一冊プレゼントしたほうが早い。
真実を掴んだ、これが真実だと肯いたら、人生はラクになるのだろうか?確かに、自身はラクになる。と同時に、え~~~!なにこれ、という目にあわされるときがある。(たいした事の無い私でさえ)全く関知しないことに突然自分の名前が挙がってくる。
そんな時、そなたたちの父ちゃんは言ったものだ。「喜びなさい。それを受容できる度量があなたにはある、と言っているのだよ」
このところ気になっている父ちゃんの詩がある。ようやく一篇一篇読み始めたけれど、まだ行き当たっていない。・・・天変地異、飢饉、戦争、、、何があっても生き抜いていけよ、といった内容の詩。
太平洋戦争が敗戦で終わったのが1945年、私が生まれたのは1947年、県庁所在地に引っ越したのが1960年=高度経済成長政策が本格化、更年期に気づき人生の転換期に入ったのが1998年=デフレの始まり、東日本大震災と福島原発のメルトスルーが2011年、安保法制がルール違反の採決で成立したことになったのが2015年。相次ぐ大雨、洪水、北海道に4っの台風、頻発する地震、独裁政権の跋扈・・・のほほんとできた(太平洋戦争の責任を取らせようともせずに)、私達の壮年期の昭和時代のほうが、特異な時代だったのではないか? 乱世のほうがあたりまえなのかもしれない。
バルタザル・グラシアンの生きた「17世紀のスペインは、戦争に明け暮れ、国は衰退の兆しを見せ始めていた。社会は腐敗し、民衆の間には道徳的な退廃がはびこっていた。こうした時期に、個人としての人間の生き方を考察し、それにどう対処すべきかを問うたのがグラシアンであった。」(訳者あとがき)
父ちゃんの青少年時代は、飢えとの戦い、治安維持法があり言いたいことも言えず、戦争、戦争の時代だった。もっと話を聞いておくべきだった。
この国が飢えから開放されたのは、高度経済成長以後のことだ。食糧ルートを確保しておくこと。信頼関係を築いておくこと。時給自足も念頭においておくこと。
信頼しあっている友達を大切にすること。最悪の状態を想定して出発すること。本を読み学ぶこと。卓越したものにつとめてふれること。
私はこの国の起死回生について、あくまで『希望』に焦点を合わせている。雑草のごとき息吹きと芽吹きがこの列島のあちこちで生きている。これまでにはなかったステキな表現が沸いて出てきている。
飢え、天変地異、行き違い、蔑視、、、何があっても生き抜いていくこと。はなればなれにならずに 花々に学び 花々の道を よそおい軽く歩いていくこと。

