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毎週金曜日は、◆望む未来を今つくるー政治は身近・気軽に政治
苦手、といっていられなくなった政治のことあれこれです。
今日は、鶴見俊輔さんのご本『言い残しておくこと』(2009)からの抜き書きメモです。鶴見さんは私達が今直面している課題をつとに洞察なさっておられます。では、
① 私にとって大事なのは、you are wrongの宗派に対して同調しないことがひとつですね。それに対して私の立場は、基本的に、I am wrongなんです。
② 明治元年から明治38年(1905年)までは相当の自制心が、新政府の功労者たちに働いていた。ところが日露戦争に勝ったとたんにそのたがが外れ・・・指導者側も国民も抑止力を失った。そのときから昭和の種が蒔かれたんですね。・・・それからの長い衰退は、これからも続く。その中で、自分個人はどうして生きられるのかという問題がずっとあるんです。(2004)
③ (明治維新以後から今に至るまで)つくる力とつくられた力、つくる人とつくられた人とはちがう。
④ そもそもベ平連というのは、まちがい主義なんです。まちがいからエネルギーを得てどんどん進めていく、まちがえることによって、その都度先へ進む、・・・こういう運動の形というのは、日本では明治以降の百数十年間おこらなかった。それまで日本にあった反権力の運動というのは、ほとんどが・・・あくまでも自分たちが正しいと思っているから、まちがいがエネルギーになるということがない。
⑤ 私にとっても、あの状態の中で、(太平洋戦争が始まって日本に返され徴兵されて)なぜ国家権力を巻き返すような運動を組織することができなかったのかということは、いまでも基本的な問題なのです。
(1960年の)安保の強行採決に抗議するという行為は、戦争中の反戦運動が国家権力に対してトータルに対決したのとくらべれば、やはりもっと部分的な問題になってきていると思うのです。(1967年)
⑥ ベトナム戦争にいやけがさしてアメリカ軍をすてた脱走兵をかくまうという一見ラジカルな行動にしても、・・・その9割までは脱走兵援助で知られるべ平連などと無関係な日本の人々によってなされているのだ。(1968年)
⑦ 無党派の集結という似たような仕方で参加している人にたちによって、(これまでの行動の遺産を)範疇的に積み上げてゆくことがどの程度可能かという問題についていえば、私には人間にはそういうことはむずかしい、というので絶望している面があるのです。
積み上げようと努力してゆけば、それが積み上げられなくとも、ある程度の痕跡は残るであろうというふうな、いわば度合いの思想というところにいつも落ちつくんですよ。(1967年)
⑧ あの長い戦争の中で、70代、80代の老人の何人かは、戦時10代の私をとらえていた恐怖感にとらえられてはいなかった。それぞれ、日本の国の形のさだまらぬうちに生を受け、この国をつくりかえるために生涯努力した。
⑨ 歴史のなかに自分のやったことがきちんと入っている知識人が何人かいる、そういうふうには歴史を見ないのが天下の大勢ですよ。
⑩ 「抵抗運動、つまりゲリラは、同じ手を二度つかえない」(武谷三男さん)繰り返すことはできない。まったく新しい手を考えなきゃいけない。同じ手をやることはできないんですね。どんなに小さい運動であっても、そのなかに工夫があって、まったく新しい手がそのなかにあるんじゃないと続けられない。どうも、日本の戦後60数年の権力反対運動は、それとは違っていますね。(2007年)

★ 2015年夏安保法制以来追われつつ私なりに頑張ってきて、年齢もあり息切れがして週一のほぼ一人スタンディングも2月から休んで、コロナのおかげもあってあれこれ思案が続いています。
鶴見さんの言葉には、新しい知識に目が開かれつつ、おおいに共振が湧きます。日本では、権力反対運動は、これまでの行動に敬意を表した上で、まったく新しい表現が待たれていて、まだ始ったばかりで、これからだというのが私の思いです。
2015年以降、これまでになかった創造的なアクションに注目しています。面白くて笑えてこれぞ庶民の底力と手を打つ表現も次々と出現していて、真摯にコツコツ地味に継続している同志も全国にいます。数はたしかにマイノリティではあるけれども、まだまだめげるには早過ぎます。
時間、体力、脳力に加えてIT力とセンスにも限界があるので言うだけの人になるのを警戒しながら、戦争だけはイヤ!個人の尊厳の蹂躙もイヤ!国家権力に税金を無駄遣いされるのはイヤ、文化が低劣に堕するのはイヤという思いだけは一人前で、あくまで希望にフォーカスしようとしています。

