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毎週火曜日は、◆自分史をつくろう、今、未来に向かって
このブログのメイン・テーマです。
★ 最近『自分史活用推進協議会』さんが、FACEBOOKに動画をUPして下さるようになりました。これも見ねば、多様な視点を忘れないためです。協議会さんの『自分史活用アドバイザー』の通信教育も始まりました。これも私の課題のひとつで、来年の6月までの受講が目標です。
どの本を手にとっても、誰にあってもおひとりおひとりの『自分史』の視点から見ている自分がいます。どのように生きてきたのだろうか?いまどのように生きていらっしゃるのだろうか?と耳を傾けています。こうして『 あることの尊厳』 に敬意を抱くようになり始めました。
★さてふと手に取ったのは、積読本の一冊、メイ・サートンの『総決算のとき』です。主人公のローラは60歳で余命半年の肺癌を宣告されます。家族、職場、友人たち、隣人たちとどのように自分の人生を総決算するか、がローラを中心に、語られていきます。ローラの病気を機にあらわになるそれぞれが抱えている問題、過去のあのことこのこと、行き違いと変わらぬ友情、信頼。ローラへの気遣いとローラの希望との調整もひとつの重要なテーマです。
“ 肺癌か、治る可能性もいまなら十分にあるんだけどな
ローラのファミリーってずいぶんとハイクラスだな、私には無縁
人間関係のあれやこれや、か、ちょっと苦手だな ”
と引き気味に読み始めたのです。ところが人の心の機微の部分ににはボールペンで線が引かれる箇所が増えてきました。
一般庶民のわが荒木一家ははるかにバサバサ、シンプルだなとは思いつつ、人間感情の心のひだに鈍感になってはいけません。
・自分ではどうすることもできないこのプロセスに、ただ身を委ねる以外にないのだ。意志の入り込む余地などどこにもない。
(私の反応→不治の病で亡くなった友達に最後に会った時のことを忘れない。私は黙っていることしかできなかった。)
・ローラを手助けするために来てくれることになったメアリー・オブライエンなら必要な仕事だけをこなし、それ以上の口出しはしないだろう。それにこちらの病状について話したときも、ひるんだり黙ってしま足りしなかった。・・・ローラは彼女が病名を尋ねなかったことに感謝した。
(オブライエンさん、無駄のないよさそうな方、この人ならローラも気遣い要らずでリラックスできるだろう)
・「何も結論は出なかったわね」
「いえ、お話しできただけでとても気が楽になりました。家に帰って、ゆっくり考えてみます」
「気持ちが動揺したら、いつでも電話してくれてかまわないのよ」
(結論を焦らない、役立とうと焦らない。そういえば、だいぶ前に電話をくれたあの人は元気にやっているだろうか、電話してみようか)
・「死者は生きているものを助ける」・・・その人間が過去に存在したという、ただそのことによって。
(私の人生を決めた先生方、父母姉、今も私をまもってくれている。懐かしい。)
・ 死を目の前にして、永遠の現在を百パーセント生ききる瞬間を、できるだけ長く、できるだけ多くもつこと。
(生きていることをあたりまえとしか思えず言いたい放題やりたい放題だったころを思い出す。私も残された時間を数えるようになってきた)
・「実はね、あなたに何かしてあげられることはないかって考えてたのよ。私がそっちに行って何か読んであげるっていうのはどうかしら?お昼すぎに一時間ぐらい。時間はいつでもあなたの都合に合わせるわ」
(ローラの存在を尊重しながらの申し出。私もそうされたい、そうしたい)
・・・と読み進め、こうして抜き書きしているうちに始めに抱いた先入観が薄れて、ローラとローラをめぐる人々に寄り添うようになった自分がいます。
『しうこばーばの自分史講座』をやるときにはおひとりおひとりの心に寄り添えたらと願っています。私の方式で型にはめようとしたりは勿論しないし、いつも未来にむかって元気いっぱいでなくていいんですもの。

