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毎週木曜日は、◆子供らに寄せて ①子供たちに伝えたいこと ②私の来し方 のうち
今日は①です。
三つ子の魂百迄という。うちの息子たちは保育園に恵まれていたからその分母は安心している。
上の息子は村の小さな保育園で、県道まで保育園バスが迎えに来てくれた。友達が来ていると送り迎えをしてくれたので、バスのお世話のおばさんは色々と変わった人が入れ替わり立ち代わり来るのでびっくりしていたそうだ。そのなかまたちも息子を子ども扱いして見下ろすことはなかったから、小学校に上がる前から「そういう可能性があるよね」など大人と対等に話していた。バスのおばさんもこっちに来てから、「息子の明るい姿に元気をもらって助けられた」とお手紙を下さった。かわいがられてて大切にされていたのだと思う。
下の子はなかなか保育園に慣れず、兄が自転車で送って行って「ダメだ、行かないって」と戻ってきたこともある。三つ目の保育園で一日目から、自分でバイバイしてくれたのでほっとした。自分が大切にされる場所なのかどうか身体全体で感じるのだ。そんなとき母はなんかもうめちゃくちゃな気持ちになったものだ。いまならそんなに急かなくてもいいと悠然としていられるだろう。
兄は子どもが好きで、小さな弟をおんぶして保育園に連れて行くと。「おれの赤ちゃんだ、みんな見ろよ!」と誇りにしていた。弟を保育園に迎えに行っては長いこと子どもたちと遊んでいたものだ。母がヒステリーを起こすと「小さい子に乱暴するな!」ととりなし、むずかる弟の扱いもとても上手でイライラしっぱなしの母と比べ物にならなかった。
弟が二年以上喜んで通った大空保育園は当時さくらさくらんぼ保育園の影響もあり自然育児でのびのびしていた。粘土細工でいろんな複雑なものを楽々とつくるのでびっくりしてうれしかった。給食のおばさんがいたから園ごとにつくっていたと思う。
平成の30年でどんなふうに変わってしまったのだろうか?街中で民間の保育園をよく目にするようになってだいぶ経つ。保母さんはパートなのだろうか。
教育も保育も生きるのと暮らしに欠かせないものであるから公共であるべきものだ。こどもたちのいのちの可能性を十分に尊重する保育がなされているのだろうか?
保育園がのびのびしていたのでその分一生安心していられる。ありがたい。書きながら今の保育界はどうなっているのだろうかと気になって胸が痛くなってきた。こどもたちが大切にされている、これが一番に大切なことだから。

