491/10000 2020 09 08
毎週水曜日は、◆読む・書く・話す
ずいぶん範囲が広いですね。コミュニケーション全般を含みます。
今日は、この本の最初の54ページまで、ORIENTATIONの部分をおさらいします。

★ 美術を見るのは好きなのです。
でも、とりあえずまず目が行くのは額の下の解説でレッテルを得ようと試み、
見終わってもその表現は、“よかったわあ、すごかった、すばらしかった” 止まりで、言葉にならないフラストレーションをかかえて、来世の希望の職業の一つは、美術(と音楽)評論家と思わぬこともない・・・
このもやもや感に衝撃の風がさあーっと吹いてきました。この風が大変にさわやかでしかもパワフルなのです。
“13歳で知りたかった” が私のキマリ文句で、13歳にはすぐに反応するのです。
★ 以下『』はこの本からの引用で,()はわたしのつぶやきです。
『私たちは「自分だけのものの見方・考え方」を喪失していることに気づいてすらいない』
(そう、13歳の時、私は自分が何を知りたいのか、その言葉を持っていなかった)
『「アーティストのように考える」とはどういうことなのでしょうか?
①「自分だけのものの見方」で世界を見つめ、
②「自分なりの答えを生み出し」
(そうそう、私はこれがやりたかったのだ!)
③それによって「新たな問い」を生み出す
(おお、ここまでいうか!せめて頭の柔軟性の維持につとめよう)
★ 『「アートという植物」は、タンポポのそれとも違う、不思議な形をしています。』
(おおっ、my favoriteの “植物” できたぞ!)

『空間的にも時間的にもこの植物の大部分を占めるのは、目に見える「表現の花」ではなく、地表に顔を出さない「探求の根」の部分です。
アートにとって本質的なのは、作品が生み出されるまでの過程のほうなのです。』
(13歳からの60年、根の部分をやってきたんだな。なんかうれしくなってきたぞ。)
『「アートという植物」は、地上の流行・批評・環境変化などをまったく気に書けません。それとは無関係のところで「地下世界の冒険」に夢中になっています。』
(明日この世が崩壊しようともリンゴの木を植える、か)
『「真のアーティスト」はアートという植物にとって、花は単なる結果でしかないことを知っている』
(土、種、苗、由来、栽培法、発見、調べる、採取、植え替え、天気-気温・積雪・雨・風、世話、目肥やし足肥やし・・・確かにそうだ。でも世の中では「地下世界の冒険」を語ることはひいてしまう、聞いてくれないしクサい苦労話はしたくないし)
『レオナルド・ダ・ヴィンチがやっていたのは、まさに
「自分の内側にある興味をもとに自分のものの見方で世界をとらえ、自分なりの探求を続ける」というアート思考のプロセスそのものです。』
(そうなんだ・・・)
★ アート思考はすべての人に役立ち得る。-ビジネスだろうと学問だろうと人生だろうと、『自分のものの見方』を持てる人こそが、結果を出したり、幸せを手にしたりしているのではないでしょうか?
(わ、勇気づけられちゃうな!)
しかも、『アート思考を取り戻すのは決して難しいことではありません。
「新たなことを学ぶ」のではなく、「13歳」の分岐点に戻り、子どものころを思い出すだけだげでいいのです。
あらゆる些細なものごとを、新鮮な目で見つめ、「自分の興味・好奇心・疑問」に従ってためらいなく行動し、「自分なりの答え」を見つけ出そうとしていたはずです』
(外側の権威とその承認と評価を求めて右往左往するんでなくて、うん、うん、これだよな)
★ 『「VUCAワールド」な現代社会では、
(ん!? VUCAワールド? 変動Volatility不確実Uncirtainty複雑Complexity曖昧Anbiguity あらゆる変化の幅も早さも方向もバラバラで世界の見通しがきかなくなった、ってか。ふむふむ)
世界が変化するたびに、その都度「新たな正解」を見つけていくのは。もはや不可能ですし、無意味でもあるのです。』
(ううむ、もやもやするものがあるけれど、この視点はひとつのキモだな。私もノンセンス好きだしな)
★ 『「正解を見つける力」から「答えを作る力」へ』
『教科としての「美術」の本来の目的は、「自分なりの答え(=雲)を“つくる”能力を育むことなのです」

(無常が常、インスタレーション、抽象作品、アール・ブリュット・・・あれこれ連想されるな。これって、発想の転換、だよな。びくびくしなくてもよい、っていうか)
『子どもにとっても大人にとっても、今まさに最優先で学ぶべき教科は、ほかでもなく「美術」であると私は確信しています。』
(何がEXCELLENTか要再考だな。下手な政治活動ではなくて、さまざまなアート活動こそがこの世の全崩壊に拮抗しているのでは?と感じてもいるし)
この後、20世紀の作品をとりあげて、ワークショップ形式で進行します。
(わくわくするなあ)

