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毎週木曜日は、◆子供らに寄せて ① 子供たちに伝えたいこと ② 私の来し方
のうち ②で、卒論書きの奮闘の様子を書きます。
★ 大学5年目、卒論を残すのみ、選んだテーマは、『伊藤野枝の生活者』だった。
なぜ伊藤野枝か?それは、全集が一巻しかなかったからである。それに古文をろくに読めなかったので読める明治以降の文献を選ぶより他なかった。専攻は日本史でした。
なぜ生活者か?それは、7人きょうだいの内私だけが大学まで進み他の6人はほぼ中学で学歴をおえていて、申し訳なくてコンプレックスにもなっていたからである。余計なことを考えず黙々と生き抜いている父兄姉たちの姿ってどういうことなのだろうか?と胸に抱えてうつむいてもいたのだ。
★ 伊藤野枝の全集一巻に、関連資料は5つくらいだったろうか、そのうち覚えているのは、
松田道雄さんの『恋愛なんかやめておけ』一冊である。このなかで松田さんが、野枝の生活者を見る目が実にまっとうであると仰っていて、これを読んだのが直接のきっかけでこのテーマに決めたのだった。
史料が手元になくうまく言葉にならない。今の私の言葉でいうと『生活者は劣っている下層ではなくこの人たちこそは世の中をかたちづくり支えているのだ』と野枝は感受していた。
まわりの目を気にすることなく猛進して次々と子供を産んで人生を駆け抜けた野枝のこの感受は意外で、自分のニーズへのひとつの答えであった。
★ 迫る締切とにらっめこ、最後は時計を見ながら、字の間違いを原稿用紙に切り貼りしながら集中した。どんな質問にも答えることができた。私の勉学と集中の貴重な原体験である。
提出して80点を頂いた。卒業してからも長い間、“ 卒論の締切が迫っている! ”と冷や汗をかいて目が覚めた。あ、もう卒業しているんだ、と胸を撫で下ろした。
★ 放送大学かどこかで今度こそ本当に勉強がしたい、といつも胸の中にある。
もし論文を書くなら、極力周到に準備してプランを立てて時間を先取りしてコツコツかける可能性が今はある。当時はそんなノウハウなどどこにもなかった。やみくもにやるしかなかった(私の場合です)。
大学の5年間、ほんとうにもったいなかった。今ならここぞとばかり図書館に詰めて勉学に勤しむだろう。いまからでも仕方がない。できる限り素養を積んでと心している、激変する時代なんするものぞ。
野枝が大杉栄、橘宗一少年と共に虐殺されてこの16日で100年になる。遅ればせながら今年は胸に迫る。

