464/10000 2020 08 13
毎週木曜日は、◆子供らに寄せて ① 子供たちに伝えたいこと ② 私の来し方 のうち
今日は、②で、子供の頃のお盆の思い出です。盆と正月、それと9月15日の金平神社のお祭りは本当に特別な三大年中行事でした。
☆ 盆前にお墓掃除に行って来いと母に言われる。一度か二度、やんちゃな弟と行ったことがある。利明君はもちろん掃除なんかしないでふざけている。林の中で蚊とぶよの強力な攻撃の中、喧嘩しながら草をむしり草を刈る。骨入れの重いコンクリートの蓋をおそるおそる開けてみる。
今では駐車場のため木が切られて広々と明るくなっているけれど、ご先祖様方眩しすぎるのではなかろうか?現世人にも霊界との交流には過剰照明感が否めない。
☆ 盆にはまず大掃除をする、母が、です。質素な畳の上に行事用のうすべりが引かれて盆の香りが漂う。
盆灯篭を出して、仏壇にお飾りをする。棒を渡して何を掛けていただろうか?季節の何かではある。酒田のばあちゃんのところではそうめんをキレイにかけていて所変われば、と見ていた年がある。
お供えのメイン・ディッシュは、大きな蓮の葉っぱに柳の枝の皮をむいた箸を井桁に組み、その上にご馳走をのせる。おはぎ(納豆、きなこ、ごま、小豆あん)をはじめとして、その日の献立をまずご先祖様に召し上がって頂く。季節の野菜、果物も仏壇前に揃う。
盆灯篭は燃えやすいので火に気を付ける。
父の実家、富並から長兄さんがお盆の挨拶に見える。お土産が仏壇に供えられる。覚えているのは、大きな夕顔、夕顔を見るたびに思い出す。
お墓詣りのために遠い親戚の下駄やさんでぽんぽん下駄を買ってもらう。本当に大きなことだった。母のやりくりがしのばれる。下駄やさんの店のわきには下駄の大きさに切った材料が高く積んであって塔になっている。
きれいな着物を着せてもらい帯を締めて真新しい下駄を履いて、手には小さな盆提灯を下げて父に連れられてお墓詣りに行く。荒木家はいつも他家より遅くなるのだった。小学校一年の時に着た初めて記憶に残っているメリンス生地の着物はその後母の腰巻になったのをもらってきて今でも捨てずに持っている。
お盆が過ぎると、お供えの蓮の葉のお膳を最上川に流す。
☆ 川開きと花火大会も盆の頃だった。お昼に町中の住職様が特別の法衣で舟に乗り込み水難の供養をして無事を祈る。朝仕事で父と二人の兄が、最上川の岸に桟敷をつくる。隣近所の桟敷も並ぶ。親戚一同が集まって花火を見る。スイカを食べたりした気もする。私は花火の音が恐くて家と桟敷のあいだをびくびくしながら行ったり来たりした。
そういえば同時開催で灯篭大会もあった。子供たちの工作の小さな灯篭が流れていき、町内会ごとに大人は大掛かりな灯篭を出して若い衆が川に入って引いていく。
☆ 私の二人の息子の原風景はどんなものだろうか?生活に追われるのみで伝えるべきもの、伝えたいことが伝えられなかった、といつも思っている。こういった生活文化は孤軍奮闘で伝えることはは難しく、風土に根差した家族と、地域共同体あってこそと実感する。
1960年、県庁所在地に引っ越す前の私の原風景が懐かしくてたまらないトシになっている。

