『明治の女性たち』

毎週火曜日は、◆自分史をつくろう、今、未来に向かって
このブログのメイン・テーマです。

今日は、島本久恵刀自の『明治の女性たち』について書きます。

★ 奥付けを見ると、初版は昭和41年、1966年、かれこれ55年ぶりに私はこの本を手にしています。

 島本久恵刀自は1893年のお生まれでこのご本のあとがきをお書きになったのが1966年、その時私と同じ73歳でいらしたことになります。較べるのも憚られることですけれど、私はこの先も刀自と呼ばれることはなさそうです。

 この本は、出会って以来いつも私の身体の中にありました。私の人生を決めた本の一つです。ずっと手元にほしいと願っていました。『しうこばーばの自分史講座』が私のメインの課題と決まってついに手に入ることになりました。息子からのプレゼントです。

 自分史講座のために、伝記・自叙伝など100冊読むと決めています。その筆頭に来るのがこの本です。

★ この本は、島本さんが、幕末から明治、大正、昭和にかけて活躍した女性にインタビューし、お話を伺ってお書きになりました。女性に選挙権のなかった時代に、凛として自身の生き方を貫いた素晴らしい女性たちです。
 登場する主な女性は、東京女子医科大学を創設した吉岡弥生、女優の東山千栄子、新宿中村屋を創業した相馬黒光、歌人の與謝野晶子、自由学園を創設した羽仁もと子、などなど錚々たる方々です。

★ 『明治』とはいかなる時代であったのか、そのもっとも素晴しい面を、苦闘に次ぐ苦闘を重ねて体現した女性たちです。「昭和のいまの物と人をもってはくらべもつかない若々しさ瑞々しさで、」です。令和のいまではいかがなものでしょうか?というだけ野暮でしょうか?

 島本さんの筆致は、毅然として、二番手の毀誉褒貶に揺るぐことなく、その人の真実に迫るべく、真実には骨太、仔細には配慮繊細です。その両性具有な書き方は私のお手本となりました。

「老いの身とはいえ吉田妙は、心憎いほど女のなよびを離れ切っていた。・・・対座のあいだ余事が一つもまじらないのは、年の高い人の威だけのものではないようであった。」

★ 「それでは、深い印象でいまも目にある、その忍耐が無量の重さで示されていた刀自のおもかげは、下の下にも語らぬものをおししずめていて定まったもので、・・・」(『森有禮夫人のこと』)

 このページを再び目にして胸がいっぱいになりました。以来私の生き方の通奏低音の一つとなったからです。他者と接する際にもです。

★ あとがきには、これから私が自分史講座で皆さんと接するときの姿勢のお手本が示されていました。

 「そう考えてくると、仕事を中にした場合の人と人の責任のおもさ、誠実を尽くしてようやくそこに探りあたる一点があり、もしお互いがちょっとでも気をはずして話のはこびを弾みにまかせたり、自分の好みにひきつけるとか書くのにらくな方向を取るとか、何にしても仕事の苦しさに負ける弱さがどちらかに出たなら、求める真実はその瞬間に失われてしう。・・・つらい仕事というほかない。」
 「ただ、私は人間が好きであった。人間のすることや考えることや、それが備えている欠陥や、あやまりや、またその一念の不可解や、愛情や、要するに人間のすべてが好きで、だから、つらくてもつらくても、好きなものから離れなかった、そういえるのではなかったかと思う。」

TAKE IT EASY,リラックスも大事、リラックスだけでなく一つのスジを通すのも大事です。

★ 55年ぶりに島本久恵著『明治の女性たち』を手にしてひとつ安心立命を得ているいる私です。