毎週木曜日は、◆子供らに寄せて
今日は、息子たちに、元気でいてね、とひそかにメッセージします。
☆ パソコがでっかくなりました。ありがとう。舎弟殿との画面共有も復活してもらったので大助かりです。

母の日のプレゼントに、欲張りにももう一つ、
・籾殻燻炭大袋1 ・赤玉土中2 ・赤玉土小2 お願いします。自転車だとあぶないトシになりましたのでよろしくお願いします。

☆ 自宅テレワーク、お疲れさん。地震も頻発、備蓄は大丈夫ですか?水、、コンロ、ガス、食糧、バッテリー、それに欠かせなのが携帯トイレ。安全靴、救急セット、書類袋・・・キャンプ用のテントも。冬用暖房セット(電気を使わない)も。
帯広では何とかなるべ、と油断しがちだけれど、備蓄はしています。
☆ ここぞ老母心の発揮どころと、抑え気味と心して、メッセージすると、静かな答えが返って来るので気抜けしたり、安心したり、騒ぎすぎかと首を縮めたりです。
☆ ご先祖様を振り返りますと
曽祖父ちゃんは、鉄道開通とともに駅毎に運送会社の事務所を開いて最上川の河口の酒田迄行った。昭和20年に50歳で胃癌で亡くなったあと、石代ばあちゃんは竹の籠に干物の海産物を入れて大石田まで売りに来て生計をしのいだ。
大工の爺ちゃんは棟梁もしていた。腕一本でどうやって仕事を取って来ていたのだろうか?と今は尊敬のまなざしを向けるのである。『世間というものは生き馬の目を抜く』と呟いていたことをよく思い出して胸に止めている。
父ちゃんはあの通りの人、今日びあんな人には会えません。一冊づつ詩集を読みながら、おお、なかなかええこと書いてあるわ、と感心することしきりな今日この頃。みいちゃんにもプレゼントしなくちゃ、と心してます。
ご先祖様を供養するとともに(毎朝蝋燭つけて線香あげて、玄米ご飯もお供えしています。ようやくそんな心のゆとりができました)。お助け、ご加護をお願いしています。もともと生まれつき信心深いんです。
☆ 母ちゃんは、ま、お金のことは下手くそだったけれど、ふたりのおしめを川で手で洗って育てたことをその代わりとしてもらえたら、など思わないこともないけれどご無理なきよう。家にいる間は食べ物も気を付けて育てたし病院にも殆どかかったことがないしね。体質は出来上がっているよ。
☆ 父ちゃんの詩に、‘飢饉、飢え、日照り、冷害、戦争、疫病、天災、何があっても生き抜いていけよ’といったフレーズが入っているのがあったと思うのだけれど、まだ再見できていない。年端のいかぬうちは、文学的な表現かぐらいにしか読めずふふんとやり過ごしていたけれど、3.11以後それがリアルに迫ってくる。たび重なる地震、大雨、洪水、今コロナが襲来している。
☆ 『明日世界が終るとしてもリンゴの木を植える』
食糧ルートを確保しておくこと、信頼しあっている友達を大切に。引き続きこのまま元気でやっていてね。

